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異世界二重奏は高らかに  作者: 羽良糸ユウリ
第二章:フォートレス家に危機が迫っているようです
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取り戻した平穏のお話。

友情とは、かくも素晴らしき。

 あれから数日経ったが始めから何も起こっていなかったようにピタリと異常事態は収まった。結局、バドゥクスが何を目的に門番を殺したりマリアを拉致するという行動を行っていたのかは分からず仕舞いで、ハーメルンに操られていた、出世欲に目が眩んだ、ストレスからやけになっていたなど色々な解釈が飛び交ったが、グラキエス本人による一連の事件の会見のようなものが行われた時に、ハーメルンに無自覚の内に操られていたという意見が一番有力であったためそれが公式見解となっているが、真相は闇の中である。


 また、マリアはアリアが言っていたように近くの廃墟で拉致され、魔物たちによってその廃墟は壊されたということになっているのだが今回の事件の真相がこれではないと気が付いている人物はきっと何人かいることだろう。だがそれはそれでいいのかも知れない、全員が鏡合わせのように納得するよりは目の前の真実を疑ってかかった方が案外いい事だってある気がする。


 ともあれこれにてフォートレス家に突如として降りかかった悲劇は一旦幕を下ろした、謎だらけではあるが余計に部外者である響たちが詮索を入れて掻き乱すよりはこちらの方が良かったのだろう。


 これで響たちのフォートレス家住み込み任務は終わり、後日ギルドから報酬が支払われることになった、ただこの報酬は元を辿ればフォートレス家からの報酬であるためどちらかと言えば住み込みで働いたバイト代みたいなものに近い。

 響たちは自分の荷物をまとめマリアとセリアそして家主のグラキエスにニュゼナやフィラデリアにツェドナーといった使用人の方々に門の外まで見送られて帰ることになった。


 「じゃあ、長い間お世話になりました」


 総括して一番学年が上のアリアが真面目にお礼の言葉を述べるとグラキエスが「いやいや」と言って言葉を返す。


 「むしろ世話になったのはこちらの方だ。今後とも、マリアとセリアをよろしく頼む」


 と言ってグラキエスはマリアとセリアの頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫で始める、マリアは実の娘だから当然だがセリアはあくまで付き人である、それでもマリアと同じように扱うということはセリアもフォートレス家に受け入れられている証拠なのだと皆は理解した。


 響たちはみんな一言ずつ言っていき、使用人の方たちにもお礼を言っていた。


 「じゃあマリアさん、また学校で」


 「あの……ヒビキさん……」


 急にもじもじしだすマリアに何かあったのかと思う響だがセリアがマリアの背中をポンと押す。それが引き金になったのかマリアが大きく息を吸い込む。


 「その……さん付けで呼ぶのは止めませんこと……?」


 「え?」


 「こ、今回のことで一緒にいる時間も増えたことですし、その、あの、さん付けで呼ばれたり敬語を使われるのはなんというか、他人行儀な気がして……」


 「あ、そういえばそうですね……」


 「出来ればアズサさんたちと同じように話していただければ……と思っているのですが……」


 思えば響自身、初めて出会った時に初対面ということとお嬢様相手ということが合わさってその場は何となく敬語を使っていたが、それからそれをやめるタイミングが掴めずに今の今までずっと年上相手のように敬語を使いさん付けで呼んでいた。


 ならばこの誘いに乗らない手はない、折角マリアが気にかけてくれて提案してくれたのならそれを断る理由は響にはない。


 「あの! もし嫌でしたら構いませんので……!」


 「いや、折角だからそうさせてもらうよ。マリア」


 「………」


 「あ、もしかして変だったか……?」


 「いえ! そんな! むしろ、その、嬉しいです、わ」


 お互いに何故か恥ずかしくなる。名前で呼ぶことってこんなにハードル高かったっけと響は内心不安になる、響はここで一つ思ったことがあったが今言っていいものなのかと一瞬躊躇う、だが、もう勢いに任せる他ないと半ば強引にその考えに承諾の判を押す。


 「あのさ、俺からも一つだけお願いしていいかな?」


 「な、なんでしょうか」


 「マリアさ……じゃなくて、マリアもさん付けやめないか?」


 「………」


 再び俯いて黙りこくってしまうマリア、何かまずいことでも言ったのだろうかと響が不安になっているとマリアが口を小さく開き声を漏らすがあまりにも小さいその言葉は響には上手く聞き取れず咄嗟に聞き返してしまった。すると今度は先ほどよりも声のボリュームを上げるがまだ足りない。再度響が聞き返すと顔をバット上げてずいっと響に近づける。


 「宜しいんですの?」


 「はい?」


 「私が、名前を呼び捨てにして……」


 「いいに決まってるよ、むしろそうして欲しいから言ったんだから」


 そう言うとマリアは今度は自信に満ちたような顔でこう言った。


 「では失礼して、ゴホン……ヒ……」


 「ヒ?」


 「ヒビキ!!」


 顔を赤らめながらそう叫ぶ名門貴族のお嬢様マリア、それに対して響は優しく笑いながら「はい」と答える、それを聞いたマリアは次々に他のメンバーの名前を呼ぶ。


 「アズサ!」


 「は~い! マリアちゃん!」


 「セイヤ!」


 「はいはい、マリア」


 「ミスズ!」


 「はい! マリアちゃん」


 「リナリア……はどっちの方がいいんですの?」


 「呼び捨てでいい。マリア」


 「ではアリア先輩!」


 「僕だけ何も変わってない気がするけどねぇ、マリア」


 名前を呼んで返事をされるたびに年相応の嬉しそうな顔をするマリア、それを見ているセリアが薄っすらと涙を浮かべてその光景を見ていた。そこへ響が「セリアさんも、呼び捨てにして呼んでください!」と言うもんだからセリアも戸惑ってしまう、その発言をアシストするかのようにマリアが「ほら! セリアもですわよ!」と元気一杯に言ってこられてはセリアも断ることは出来ない。


 「じゃあ私は君付けでいいですか? ヒビキ君?」


 「もちろんです」


 「私にも敬語は使わないでくださいヒビキ君」


 「ああ、忘れてた……てかセリアも使ってるだろ」


 「私はあくまでお嬢様の付き人ですから」


 「では命令ですわセリア、呼んで差し上げなさい」


 「……分かりました」


 「ついでに、私のこともお嬢様と堅苦しく呼ばなくてもよろしいんですわよ?」


 「それはダメです! そんな恐れ多い!」


 ぶんぶんと首を横に振ってそれだけは出来ないと訴えるセリアを何とか説得しようとマリアが試みるが昭和の頑固おやじのように絶対に譲ろうとはしない、「せめて様付けならなんとか……」というセリアの主張と「それでは余計に堅苦しいじゃないですの!」というマリアの主張がお互い一歩も引けを取らずに競り合っていたが、この場じゃ終わらないということで持ち越しとなった。


 じゃあねー、と言ってマリア達フォートレス家の人たちに見送られながら響たちはそれぞれの家に帰り着く。響が家に着くと奥からドタドタと何やら騒がしい音が聞こえてきて何かあったのかと思っているとカレンがエプロンを付けて両手にフライを持ってやって来た。おかえりと言って響の手をぐいと引っ張りキッチンへと強制連行する、そしてそこにはカレンが作ったものだと思しき真っ黒い名状しがたい料理のようなものが無造作に皿に盛られていた。カレンが一口食べてみてくれと言うので前回のハンバーグのように見た目があれなだけかと思いつつ食べてみたが一口が限界だった。油断した、ダークマターだった。


 響が慌ててトイレへ駆け込みショックを受けるカレン、そんなにまずかったのだろうかと自分でも不思議に思いながら食べた瞬間、カレンは響と同じ行動をとった。エミルはその一連の行動を見ていつもと変わらずのほほんとしていたが決してその料理に手を付けようとはしなかった。

 この後任務から帰ってきたクラリアに有無を言わさずに食べさせたところ外に出ていった、改めて家に入ってきたクラリアは病を患った病人のようにげっそりとしていた。


 その後普通に夕食を食べながら今回のフォートレス家での出来事を地下牢のことを隠しながら楽し気に話していた。

 夕食を食べ終えた響はいつものように、それでいた久々に自室のベッドに勢いよくダイブした。ベッドの枕に顔をうずめながらここ最近のことを思い出す、思い出せば色々あったがそれでも楽しかったというのが響の本音。確かに使用人として働いていたときは大変ではあったが次第に使用人の人たちと打ち解けてきたし、様々なことを学べた。何よりもみんなが心からマリアとセリアを大切にしていることが分かったことが一番の収穫だと響は思う。


 今日は疲れた、さっさと風呂に入って歯磨きして寝よう。響はそう決めながら柔らかなベッドの感触に体を預けてフォートレス家の余韻に浸っていた。

これにてフォートレス家、危機編の大筋は終了! 次回からはフォートレス家、危機編のエンドロールと次の新編への導入を書いてから新編という流れになるかと思います。

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