魔王軍幹部のお話。
魔王軍、その一角現れり
謎の仮面の人物が嵐のように過ぎ去り静まり返った地下牢で響はスナイパーライフルを下ろしアリアは魔方陣を引っ込めていた。依然としてマリアは気絶中であったため一応警戒しながら響はスナイパーライフル片手にマリアの元へと駆け寄り担ぎ上げてアリアと合流した、アリアはこの地下牢の地図を見ながら何やら考え事をしていたようだった。
「アリア先輩、どうしました?」
「いや、どうやってあのキメラをここに持ってきたのかなと思ってね。地図を見る限り完全な密室だ、とてもじゃないがあの窓から入ってきたとは考えられないし、ましてや屋敷内に侵入させて隠し扉から入ったなんて普通に考えてあり得ない」
「バドゥクス少尉が死んで何も分からなくなりましたね。一体何の目的でこんなことをしたのか……」
「考えてても仕方ないね、とりあえず戻ろう。まだ周囲の魔物たちの件が片付いていない、アズサちゃんたちの手助けもしないと」
「そうですね……っと、マリアさんどうします?」
「その状態じゃあ目を覚ました時が可愛そうだしねぇ……ヒビキ君、ここから出たら先に魔物戦に行ってきてくれ。僕はマリア嬢を着替えさせて起こしてから向かうよ」
「分かりました、じゃあ行きましょう」
響はマリアを担ぎ直してアリアとともに隠し扉をもう一度崩して地下牢の部屋から屋敷の廊下へと出た。マリアをアリアに渡して響は窓をガラリと開けて外へと飛び降り、アリアはマリアの部屋へと行き濡れたタオルを用意して替えの下着や服をタンスから取り出して着替えさせた。ベッドにマリアを横たわらせて頬をぺちぺちと叩くと「んん……」と唸ったあとすぐにマリアは目を覚ました。
「アリアさん……? なぜ私はベッドに……? 確か地下牢に閉じ込められて……」
「僕とヒビキ君が助け出した。彼は今魔物たちと戦ってる頃だろう。」
「魔物? どういうことですか?」
「今この屋敷は魔物の群れによって囲まれている状態なんだ、メイドさんたちやアズサちゃんたちがその殲滅作業に当たってる」
「なら、私も参らなくては……!」
「まだ休んでいた方がいい、大丈夫、そんなに強い魔物たちはいない。ヒビキ君たちならちゃんと上手くやってくれるさ」
そう言って起き上がろうとするマリアを優しく支えて隣に座り、膝にマリアの頭を置かせて膝枕をさせて頭を撫でる。最初こそ戸惑っていたマリアだったものの次第に状況が飲み込めてきたのかアリアに体を預け始めた、アリアはマリアを撫でながら窓の外を見て思う。
「(頑張ってくれよ……ヒビキ君……)」
△▼△▼△▼△
アリアと分かれた響は窓から着地するときに前に回って衝撃を和らげ、服についた土を払って前を見る、眼前に広がっているのはいつ襲ってきてもおかしくない様子の魔物たちがざっと十五匹程度響を睨み付けていた。その魔物たちを左から右へと目の動きだけで一瞥すると「はぁ……」とため息をつきこう言った。
「中級程度か……楽勝だな」
執事服のネクタイを結び直して再びスナイパーライフルを作り出して俗に言う「腰撃ち」と呼ばれる体制をとる、そのままトリガーに指をかけて力を入れ弾丸を発射させる。瞬間、弾丸は数m先の魔物の頭部が弾け飛びその後ろにいた体の大きな魔物の胴体をも貫いてカランカランという金属の無機質な音を鳴らして転がる。魔物たちも知性がないわけではない、ゴブリン種が群れを作っていたのがそのいい証拠だろう、無論他の魔物もである。いきなり自分の隣の奴が頭部を破裂させ脳髄をまき散らしながら死んでいったのだ、驚かない訳がない。先ほどまで響を殺す気で睨みつけていた魔物たちが文字通り言葉を失って固まっていた。
すかさず響はボルトを起こして引き薬莢を排出して薬室に次弾を込める、そしてまた撃ってリロードして撃つ。それを繰り返し次々と魔物たちが肉塊にジョブチェンジしていく。途中弾がなくなり弾が込められたマガジンを作り装填してまた撃つ、さっきまであんなにも威勢が良かった魔物たちの叫び声がいつしか悲鳴に変わり中には逃げ出すものまでいたが行動空しく響の手によって殺されてしまった。
わずか数分で十五匹いた魔物を片付けた響は新しいマガジンを作って装填し、他の人たちのところへ行くため移動を開始した。響の去ったその場所は弾丸と数分前まで魔物だったものが転がっていただけだった。
するとフィラデリアとツェドナーが銃声を聞きつけたのか「何事ですかっ!」と焦った様子でやって来たが響と魔物の残骸を交互に見ると自己解決したのかそれ以上聞くことは無かった。フィラデリアは両端に穂がありその穂先近くに赤い房飾りのついた槍を持っており、ツェドナーは真っ黒なナイフを両手に逆手持ちで持っていた。
「フィラデリアさん! ツェドナーさん! 無事でしたか」
「フォートレス家のお屋敷を守るため、これくらいは出来ないといけませんから」
「そう言うことですな」
「私たちはこれから魔物の掃討をしながら他の人たちの支援をするつもりなのですが、ヒビキさんも一緒に来ますか?」
「行きます、梓たちのことも心配なので」
そうして響は二人と一緒に行動を開始した。
△▼△▼△▼△
裏口から屋敷の外に出た梓たちは各々散らばり一人五匹程度の魔物を担当することになった、ホーネット種やゴブリン種を始めとして平原の群れにいたような魔物たちが揃っていた。魔導学院での戦闘を経てすっかり戦闘に慣れた梓たちにとってもはやその程度の魔物たちは敵にすらならなかった。
「よし、じゃあやろっか!」
そう言って梓は腰辺りから左右一振りずつの刀を作り出しそれを引き抜くようにゆっくりと取り出す、その時の梓の顔は悪人顔の響とそっくりで表情だけで下級魔物を怯ませた。そのまま一気に走り抜け一瞬のうちに魔物たちを切り刻んでいく。影山たちも負けじと攻め込んでいく、唯一この中で能力を持たない一般人であるセリアもうまく立ち回り善戦していると遠くの方からドォン……ドォン……と大きな音が聞こえてきた。
「銃声っ……!」
「響だろうな、つうことはマリアさんは無事っぽいな」
「お嬢様……良かった……」
「セリアちゃん、今は戦闘中、気を抜かないで」
「あ、すみません……」
梓に指摘されて少しだけしょんぼりするセリアだがその顔はどこか吹っ切れた様子だった、ほどなくして誰も怪我することなく魔物の群れを倒し終えた梓たちの元へフィラデリアとツェドナーがやって来た。
「大丈夫ですか、皆さま」
「フィラデリアさん、ツェドナーさん。そちらは?」
「大丈夫です、先ほどヒビキさんと合流しました」
「でも響君はいないっぽいけど」
「それは……」
そう言いかけたところで後ろから爆発音が聞こえてきた、それも一回ではなく複数回。フィラデリアは一つ咳払いをして「こういうことです」とさらりと言った。梓たちのところへ来る途中に魔物の群れに遭遇したので響が食い止めているということを話していると銃声と爆発音の元凶である響がようやくやって来た。
「響! 良かった無事で」
「返り血で真っ赤にしてるやつに言われたくねえな」
「ヒビキさん! お嬢様は!?」
「ちゃんと無事です、今はアリア先輩が一緒にいるはずです」
「良かった……本当に良かった……」
安心しきったのかその場にへなへなと座り込んで嬉し泣きをするセリア、そこへ今度は門番の一人がやって来て屋敷を囲んでいた魔物たちは全て倒したとの報告があったため一応危機は去ったようだ。
続々と他の門番や使用人の人たちそして屋敷の主グラキエスが全員大した怪我もなく集合し、最後にアリアとともにマリアが駆けてきた。セリアはそれを見るなり一目散にマリアへと走っていき飛び込むように抱きしめた、マリアもセリアを抱きしめてお互いに安堵からくる涙を流していた。
そんな感動的なシーンがこの異常事態の中長く続くはずもなく、茂みの方からガサガサと物音がした。門番や使用人たちはマリアとセリアを囲むようにして守り響たちは各々戦闘態勢を取って茂みを睨む、物音が近づいてくると段々獣の呻き声が聞こえてきてついにその物音の正体が姿を現す。
それを見て響は驚きを隠せなかった、なぜならそれは先ほどバドゥクスを無慈悲に食い殺した犯人であり仮面の人物とともに消えたはずのキメラだったからだ、もしかしたら別個体かもしれないと思ったが口元に血がべったりと付いているため間違いないだろう。キメラを見てトラウマが蘇ったのかカタカタと震えて怯えるマリアは無意識のうちにセリアに込める力が強くなっていた、それを察知したのかセリアもマリアを強く抱きしめ顔を自分の胸へとうずめさせる。
キメラは茂みから出てくると響たちをじっと見つめるだけで何もしようとはしてこない、違和感を感じ取った響は何げなく後ろを見るとマリアとセリアを守る門番たちのグループと響たちのグループの中間の地面に紫色の魔方陣が展開されそこから一人の人物が現れようとしているのを目にした。その人物こそ先ほど地下牢で会ったばかりの鳥のくちばしのようなものが付いた仮面の人物だった。
「後ろ!」
叫ぶと同時に魔方陣から発せられる光の柱に向かってデザートイーグルで発砲する、弾丸はタイミングよく登場した仮面の人物の顔の丁度真ん中を捉えたが、仮面の人物は軽く首を傾けてそれを躱す、音速を超える弾丸をいとも簡単に。
「お前は……」
『んん? 王国騎士団長がここにいるとは、いや、正確には戻ってきているとはって言った方がいいのかな?』
「旦那様、この方は何者なので?」
「ああ、こいつは」
『おっと、自己紹介なら自分でやらせてくれ。ゴホン、やぁやぁ初めまして皆々様方、あれ? そこの男の子とそっち女の子はさっき会ったからさっきぶりだね。私の名前はクラウン・ハーメルン、魔王軍で幹部をやらせてもらってます。巷では【道化】のハーメルンなんて呼ばれてます以後お見知りおきを』
そう名乗りわざとらしく大きな一礼をするハーメルン。
大きなハットにマントのついた黒いローブを着ているその人物は一切慌てることもなく響たちを存在だけで圧倒させた。
その仮面の下の素顔はどんな表情をしているのか、響たちには想像もつかなかった。
誤字脱字などあればご指摘下さい。




