迫る魔の手のお話。
襲撃
昼食中にフランが突然琴葉に質問をし始めた。
「コトハちゃんだっけ、『ハイマ・グローム』はあれからどうだい? 使い慣れてきた?」
「え、えと、すみません……なんのことですか?」
「ほら、この前の特別授業の時に使った赤い雷の拘束魔法だよ。あれ緋級魔法だから凄いなあって」
「え……?」
目を丸くして今のフランの言葉を信じられないような顔で受け止める、琴葉が強気な女子生徒に向かって使った赤い雷の魔法、フランによるとあの魔法は緋級の攻撃魔法の一種で拘束を目的とした魔法「ハイマ・グローム」というものだという。チェーンバインドやレストレイトカースの上位互換で拘束力もそれらとは比べ物にならないほど強いもので、事実あれを食らった女子生徒や梓は指一本たりとも動かすことは出来なかった。
「もしかして知らなかったの?」
「はい……」
「知らないで使ったのか……それは凄いね」
無意識に緋級魔法を使っていたことに琴葉もまだ実感が沸いていなかった、そんなような雑談を含めながら昼食を食べ終えた響たちはまた戦闘訓練室に集合して指示を仰ぐ。
午後は魔導学院との模擬戦が行われ各クラスから五人ずつ選抜メンバーが選ばれてまたDクラスから戦っていくことになる、転生組はCクラスからは絵美里が、Bクラスからは賢介・凪沙・智香が、Aクラスからは響・梓・影山が選ばれた。琴葉は訓練の時となると消極的になってしまうため辞退したらしい。
模擬戦は白兵戦と魔法の二つを合わせたもので着々と試合の順番は進んでいき、転生組のメンバーは前回の特別授業の時と同じような戦い方をしたため魔導学院の一般生徒何人かに新たにトラウマを植え付けたというのは本人たちしか知らない。
最後に魔法学校側が魔導学院側に挨拶して今日の合同授業は無事に終わった。この後は一度魔法学校まで帰りそこで連絡事項などを伝えて解散になる、帰り際に梓が「フランさんと戦いたかったなー」と名残惜しそうにしていたが、それは恐らく向こうもだろう。
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フォートレス家に帰り着いた響たちはフィラデリアによってすぐさまある部屋へと連れて行かれた、途中で屋敷の住人であるマリアとセリアは気が付いたようでちょっとだけワクワクしていたような気がした。
フィラデリアがドアをノックして「失礼します」と言いながらドアを開けるとそこには白髪をオールバックにして高級そうな服を身に着けた男性がその部屋の椅子に座っていた、するとマリアが目を輝かせてその男性の元へと走り出し胸に飛び込んでいった。
「お父様! おかえりなさい!」
「おお! マリア! 会いたかったぞ娘よ!」
熱く抱擁するマリアと男性、そこで響たちはこの男性が誰なのかようやく気づくことが出来た。マリアが父親と呼ぶこの男性こそ、フォートレス家の家主にして王国騎士団の全てを束ねる長、グラキエス・キャロル・フォートレスその人だということに。
「戻ってきて大丈夫なのですか? 物凄く厄介な魔物が現れたと聞いていたんですが」
「ああ、かなり厄介な奴だったんだが急に進行が途絶えてな。そこへ丁度よくこの事件が来たものだからあっちは任せて帰ってきた」
そのまま愛娘に自分が今頭を悩ませている相手について話し始めた、どうやらその魔物は人を無意識下で操り内部崩壊を誘発させるという特殊な能力を持ち魔物を率いてやってくるという攻撃方法を取ってくるものらしいのだが途中でぱったりとその魔物たちの進撃が止まったのだという。
グラキエスはグラキエスはマリアをそのまま抱っこした状態で響たちの元へ歩み寄って「君たちがマリアの友人たちだね? いつも娘が世話になっているよ」と言って一人ひとりと握手をしていった。セリアだけは言葉が異なり「いつもマリアの側にいてくれてありがとう」と感謝の気持ちを述べていた、それに対してセリアは「それが私の役目ですから」と笑顔で答えていた。
響たちは一人ずつ自己紹介をして名前と顔をグラキエスに覚えてもらった、その際梓は貴族の家系だからかグラキエスが「ああ、ゼッケンヴァイス家のお嬢さんというのは君だったのか」とすでに知っているような口ぶりだったが、響の時は一度父親は道場をやっているかどうか尋ねられそれに「はい」と答えるとグラキエスは「あのアルバレストの息子か……父親に似ないようにしなよ? 全く、あいつにこんな可愛い子供が出来るとは」とまるで昔に何かあったような口ぶりだった。
響はその時「うちの父親何者なんだよ……」と口に出さずに心の中で呟いていた。マリアが恥ずかしそうにしながら父親のグラキエスから降りたところでグラキエスが切り出す。
「さて、早速だが本題に入らせてもらう。この屋敷で起こっていることだ、すでにフィラデリアとツェドナーから話は聞いている。そこで君たちの意見を参考にさせてもらいたいんだが何か気が付いたことがある人はいるだろうか?」
グラキエスはそう問うたものの誰一人有益な情報を持っている者はいなかった、だが響はバドゥクスに対する疑惑がどうしても消えないままでいた。アリアやリナリアは何か気が付いてそうだが口に出すことはなかった。「そうか……」と残念そうにするグラキエスが退室を命じてみんなが部屋から出ていく中響はピタリと足を止めグラキエスのところへと行く。
「どうしたんだい? アルバレストのところだからヒビキ君か」
「少しだけ、お話が」
眉をピクッと動かしてフィラデリアと使用人たちに二人きりにするように伝えるとすぐに響とグラキエス二人だけの空間になった。
「それで? 話というのは」
「単刀直入に申し上げます。実は、バドゥクス少尉について少し気になることがありまして」
「ほぅ……話してくれ」
響は少しだけ間を作った後咳払いを一つして再び話し始める。
「バドゥクス少尉には最近不自然な点があるんです。聞いているのなら知っていると思いますがメイドさんが巨躯の人物に襲われた日の夜のことについて、誰も男と断言していなかったのにバドゥクス少尉は迷うことなく男だと言っていました」
「巨躯の人物と言われれば体格の大きい男性の方が思いつきやすいのは当然だと思うが?」
「ええ、それは俺も考えました。ですがその日犯人が使用していた鈍器のようなものがあるんですが襲われたメイドさんは気が動転していて覚えていない、駆けつけた使用人の方たちは暗くてよく見えなかったと仰り鈍器だと知っていたのはあの時点で俺しかいなかったはずなのです。それをバドゥクス少尉はさも当然のようにハンマーだと言いました」
グラキエスはそれを聞いて少し考えた後こう答えた。
「なるほど、彼を犯人として断定するにしてはまだ足りないが、重要な情報には変わりない。教えてくれてありがとう」
グラキエスは響の肩を優しく叩き頭を撫でた、響は失礼しましたと言ってその場を後にした。部屋の前ではアリアが腕を組んで壁に寄りかかってまるで響を待っていたかのようだった。
「バドゥクス少尉のことかい?」
「やっぱり先輩も気づいてたんじゃないですか」
ふふふ、と笑うアリアはそれ以上何も答えずに「行こうか」と言ってマリアの部屋に戻っていった。
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響たちがいつもの如く使用人の一人として仕事をしていると屋敷内に大きな声が響いた、それは大量の魔物たちが屋敷に近づいているというものだった。その内容に屋敷中がパニックになる、響たちはすぐさま作戦会議のために集まることにしたがマリアとセリアの姿が見当たらない。どこに行ったのかと思っているとセリアが汗だくで息を切らしながら響たちの元へと走ってやって来た。
「大変です! お嬢様がどこにもいません!」
衝撃が走る、響とアリアは目配せをして嫌な予感がすることを共有する、するとそこへ門番の人が走ってやってきてバドゥクスも見当たらないことを屋敷中に伝える。その瞬間二人の嫌な予感は的中し響とアリアは一斉に走り出した、梓たちになるべく固まって行動するようにしてリナリアがリーダーになるように手短に伝えて屋敷の廊下を全力で駆け抜けた。
「やばいですね……これ……」
「ああ、十中八九バドゥクス少尉のせいだろうね。動機はまだ分からないが」
「何か当てはあるんですか?」
「まあ任せときなって」
「凪沙のやつ連れてくりゃ良かった……」
嘆く響を横目に迷いもなくどこかに向かって走るアリア。
屋敷の外には魔物たちの呻き声がグルグルとなっている、その中に一人空中から屋敷を見て不遜に笑うものがいるのをまだ屋敷の人間全員が気が付いていなかった。
ただ一人、人ならざる者を除いて。
「リナリア? どうかしたの?」
「ミスズ」
「なに?」
「今日の夜は、荒れるぞ」
リナリアは果たして、何を感じ取ったのか……




