疑惑浮上のお話。
今回は短めです、いよいよ犯人候補が……?
夜明けになってもまだ恐怖が抜けきらないのか襲われたメイドさんがカタカタと震えていた。響たちは現在応接室にて明け方から会議を行っていた、お題は言わずもがな巨躯の人物についてである。今のところ唯一の手掛かりは脱ぎ捨てられた鎧だけでそれには響が発砲した際の弾丸によって開けられたと思われる穴が胴体と右足の付け根があり、その穴の内側には血痕が付着していた。
日本の現代科学であればこの血痕からDNAを調べて誰のものか特定できるのだが生憎とこのネメシスにはそのような技術は普及していない、つまり血痕から巨躯の人物へと繋がるものは今のところ一切得られないということだ。
「それでヒビキさん、その夜中のことについて詳しく聞かせてください。彼女がああなっている以上、あなたにしか聞けませんから」
マリアが心配そうに震えるメイドさんに目をやりながら真剣な眼差しで、フォートレス家の令嬢としての威厳をもって響に尋ねる。
「身長は結構高かくて百八十後半はあったと思います、鎧を着て兜も被ってたので顔も分かりませんでしたし声も聞こえませんでした」
「鎧はどのようなものを?」
「門番の人たちと同じかそれに近いものだった気がします」
「……そうですか。その後あなたは逃げるその人物にあの見たことのない武器で体と右足を撃ち抜いて捕まえようとしたところを魔法で反撃され、防御しているときに窓ガラスから逃げられた、ということで間違いありませんね?」
「その通りです、平原の時にマリアさん見たことあったんですもんね」
夜明けにまさかここまで暗い雰囲気になることになろうとは。門番たちは何か屋敷に手掛かりはないかと必死に探している最中だが今のところ見つかってはいない。ひとまず早めの朝食ということになった、今日は普通に学校なので遅刻するわけにもいかない、響たちは制服に着替えて朝食が出来上がるまで屋敷内の掃除を手伝うことにした、そうでもしないとこのもやもやを紛らわせることが出来そうにない。
その後響たちは朝食を食べ終え重い足取りで学校へ向かった、その日の学校での記憶は曖昧で、八人は終始上の空だった。
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六時間目が終わり帰りのホームルームになった時でも上の空な響きたち、もしかしたらアリアは吹っ切れているかもしれないが少なくともAクラスのメンバーは常に何か考えているような顔をしていた。それでもフルーエン先生の話は進んでいく。
「………という訳で連絡事項は以上です。用事のない人は真っすぐ帰るように、三週間後にはもう魔導学院との合同授業があるんですから」
はーい、と元気に返事をするクラスメイトのなか一人驚愕の表情をする響。そう、完全に失念していたのだ、「そうだよ! もうすぐ七月じゃん! 稽古とかしないと!」とやり場のない焦りが響を包み嫌な汗が流れてくる、ちらっと横を見るとマリアもおぞましいものを見たようにして「あ……ぁ……」と頭を抱えて嘆いていた。もしかしたら響とは違う悩みからくるものかと思い一応聞いてみる。
「マリアさん……どうしました? そんなに嘆いて」
「合同授業のこと、失念していましたわ」
うん、同じだった。
ということで今度の休みは他のメンバーも集めて急遽詰め込み稽古を開催することになった。ただその間にもフォートレス家を解決するための作戦も立てなければならない。精神的に疲れてきそうな不安を拭いながら響たちは今日もフォートレス家で使用人として仕事に従事する。
そんなときたまたまバドゥクスとすれ違った響は何やら違和感を感じた、そう、右足を引きずるように歩いていたのだ。しかも腰も痛そうにして。
「バドゥクス少尉、何かあったんですか? 随分お辛そうですけど……」
「え、あ、ああまあちょっとね。筋違いを起こしちゃって」
「そうですか……」
「君も大変だね、学業の方に加えて今回の事件もあるんだろ? しかも今回の大男はハンマーを持っていたらしいじゃないか。まあ頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
響の肩をポンと叩いてその場を後にするバドゥクス、響は数歩歩いたところでピタッと止まって考え事をする。そして振り返りバドゥクスの姿を見る。響が今の会話で疑問に思ったこと、それは。
俺、男とかハンマーとか、誰にも言ってなかったよな……?
もしかしたらあのメイドさんが言ったのかなと思って確認をしに聞いたのだが、そんなこと誰にも言っていないというのだ。しかも帰って来た時マリアがメイド長フィラデリアに何か分かったかと尋ねた時、彼女は何も分からなかったと言っていたのだ。犯人に繋がるのは今のところあの鎧しかないとも。
もしあの時駆けつけた人たちの中に巨躯の人物がハンマーを持っていたところを見た人がいたのならすぐさま報告がされているはず、しかも事件の直後、駆けつけた人たちにどんな特徴だったか響や被害者のメイドさんも含めて聞かれたはずなのに。あの時響はうっかり鈍器のようなものを持っていたことを伝え忘れていてそのことに気が付いたのは学校で昼食を食べている時だから誰にも伝えようがない。
その瞬間、響の思考に良からぬ考えが過る。
まさかバドゥクス少尉がこの事件の犯人なのか……?
この考えをマリア達に伝えようかと迷ったが証拠がないうちは余計に混乱を招きそうな気がしたのでもう少し様子を見てから言うことにした。
それから三週間後、魔導学院との合同授業の日がやって来た。
幸いにもあれから誰も襲われていないが、まだ油断は出来ない。そして響は胸の内に秘めたもやもやを抱えたまま、魔導学院の敷地へと足を踏み入れた。
次回より合同授業の話を挟みます。




