お泊りの夜のお話。
貴族の夜へようこそ
何をどうして各家庭に連絡されたのかは知らないが迅速過ぎるメイド長さんの行動によってフォートレス家に一泊することになった響たちは現在そのフォートレス家の食卓に着いているのだが、一言で簡潔に表すなら「すっごくおおきい」という小学生並みの感想が適切だろう、それくらいに立派な食卓という言葉で片付けて良いものなのかと思ってしまう。天井には高いところのホテルにあるような立派なシャンデリアが並んで煌びやかに光り輝いている。電気で行っているわけではないと思うが、恐らく拡声石や通信石などと同じような特殊な鉱石や常に魔力を流しておけるようなものがあるのだと思う、詳しいことはマリアかセリアに聞かないと分からないのだが。
続々と料理が運ばれてきて目の前が料理の乗った皿で一杯になる、そのどれもが高級レストランで見るようなものばかりで響は言葉を失ってしまう。それとは対照的に梓は一品一品くるたびに「おぉ~」とリアクションしながら「これ、すご」と語彙力を失っており影山も「うおぉ」と驚きの声を漏らしていた。
響たちの反応を見てマリアがさぞ嬉しそうに目を瞑り優越感に浸って多幸感に包まれたような表情を浮かべており、セリアがそれを見て「良かったですねお嬢様」とこっちはこっちで嬉しそうな表情をしていた。セリアさん時々マリアさんに厳しいときあるけど基本的には慕ってるんだよなぁ、などと響は再認識しながら二人のその仲良しな雰囲気を微笑ましく見ていた、その間にも料理は運ばれてきて揃っていきメイドの人たちも食卓に着く。フォートレス家では家にいる人間は基本的に食卓をみんなで囲むという決まりがありそれが従者だろうとこの屋敷にいるときは家族同然で食事をするという、そのおかげかマリアやセリアを始め屋敷の住人たちの中は非常に良かった、まるで本物の家族のように仲睦まじく会話をしていた。
食事を運んでくれていた人たちも食卓に着き、マリアが椅子を引いて立ち上がり一つ咳払いをする。
「ではみなさん、今日は私の友人たちも来ております、失礼のないように。そして今日も美味しくいただきましょう! いただきます!」
「「「いただきます!!」」」
「いただきまーす!」
「いただきます!」
「いただきます」
一斉に全員が食事を始める、響はファミレスに行った時の感覚やテレビ知識を思い出してそれっぽい感じで食べるがやはりどうも箸じゃないと食べづらい、この世界ではどちらかと言えば基本フォークやスプーンが主流なので日本の箸のようなものが少ないのだ。家ではクラリアの意思で箸が使われていたためそれほど不自由しなかったが改めて全てフォークでやるとなると感覚が違う部分がある。
出された食事はどれも美味で黙々と食べ進めていった、響はナプキンで口を拭きフォークとナイフを斜めに揃えて「ごちそうさまでした」と手を揃えて言う。梓も影山も腹を手で擦りお腹いっぱいだと満足していてそれを見てマリアがまた胸を張る。
「お口に合いましたでしょうか皆さま?」
「いやー美味しかったよ!」
「ほんとほんと、美味かった」
「うん、腹いっぱいだ」
「ならよかったですわ、どうです? 食後のデザートなどいかがでしょうか」
「食べる!」
デザートは別腹と梓が率先してリクエストする、運ばれてきたのは白くてプルプルとしているデザート、一口食べてみると響たち三人はこの味に覚えがあった。そう、杏仁豆腐だ。紛うことなき杏仁豆腐だ!あ、これ上手い!甘ったるくなくて上に柑橘系のソースらしきものがかかってるからサッパリしてる、味と見た目は杏仁豆腐だけど食べ方は杏仁豆腐というよりヨーグルトみたいになってる。流石フォートレス家凄い。
デザートは別腹とよく言ったものだと思いながらも響はデザートをぺろりと完食する、梓たちも満足そうに平らげ今度こそ食事を終える。
食器を下げられていると眼鏡のメイドさんが小動物のようにトコトコとやってきてお風呂の用意が出来た旨を伝えてそそくさと去っていく、その途中でコックの人とぶつかりそうになり「ほわぁ!?」と何とも情けない声を上げていた。
ここフォートレス家では住み込みの世話係の人たちが男女問わずいるのでお風呂も男性用と女性用で分けられているという銭湯みたいなスタイルになっている、分かれているところで女子と男子で別れて脱衣所に影山と一緒に入るとすでに何人か住み込みの方たちがいて開いているところを使うことにした、簡潔にこの脱衣所を説明するなら簡易的な銭湯の脱衣所そのまんまだ。
脱衣所からつながる風呂場にドアをガラガラと開け風呂場に行くとなんかもうまんま銭湯だった。ごく普通のお風呂屋さんの感じだったので人の家の風呂と分かっていながらも影山と二人でのんびり浸かる。
「ふいー」
「はぁー、すっごいな」
「本当だな。にしてもまさか異世界でお前と風呂入るとはな、影山」
「こっちの台詞だぜ? それは」
そんな会話をしながら湯船につかり体を洗ってまた風呂に入って大体四十分くらい入ったところで二人して上がることにした。脱衣所で着ていた服にもう一度着替えて廊下に出たところで勝手にマリアの部屋に戻るわけにもいかないため特にやることもなく影山と二人で雑談タイムに移行する。十分ほどたったところで梓たち女性陣がまだ若干濡れた髪で廊下に出てくる、全員髪を下ろしマリアはツインドリルのウェーブが完全にストレートになっていていつもと違う可憐な雰囲気を漂わせている、セリアはセミロングの髪が鎖骨の辺りでちょっとくるんとなっていて色っぽさがあり、梓はショートの髪と上がったばかりでほんのり赤い頬が幼さを消して清楚な感じに仕上がっていた。まあ響としては久しぶりに見たということで初めて見たわけではないんだが。
「どったの? 響」
「ん?いや、なんか久しぶりにその感じのお前見たなーって」
「あー、まあそういやそうかもね。そうそう響、マリアちゃんの髪いつもは分からないけど結構サラサラでさあ……」
「アズサさん! そういうのは恥ずかしいのでやめてくださいまし!」
「んじゃあセリアちゃんの方でも……」
「ちょおっ!? ……いいでしょう、その代わりアズサちゃんのことも赤裸々に語りますからね!?」
「響、お前ボイスレコーダーとか作れない?」
「何かお前こっち来てからフリーダムになってきたよな、フリーダム影山だ」
結局のところマリアは髪がサラサラ肌スベスベでセリアは全体的にスタイルが良く梓は引き締まった体だということが女子三人組によって恥ずかしげもなくお風呂での情報を包み隠さず男子陣である響と影山に語っていた、きっと二人は今日はぐっすり眠れることだろう。部屋に戻るといつの間にか布団が三人分敷かれており、ベッドの上には「勝手ながらお布団を敷かせて頂きました、ベッドが良いなどの要望があれば何なりとお申し付けください。メイド長フィラデリアより」と書かれた書置きと寝巻が残されていた。
この三人分は響たちの分だと思うが響たちは今でも日本人体質なためどちらかと言えばベッドよりも布団の方がしっくりくる。先に響と影山から寝巻に着替えその間女子たちには部屋から出てもらい、女子たちが着替える時には今度は響と影山が部屋の外に出るという方法でそれぞれ着替え終わった。寝巻はチェック柄で、響が青、影山が赤、梓が緑、マリアが橙、セリアがクリーム色のものを着た。
女子組が髪を乾かし布団の上やベッドの上で自由時間を楽しみ、一番最初にマリアがウトウトし始めたためそろそろ寝ようかという話になった、セリアが「そろそろ寝ましょうか?」と聞いた時のマリアは「……いえ、まだまだ、いけま……すわ……ふわぁぁぁ………」と完璧におねむモードだった。
歯磨きをして電気を消す、そしてみんなでおやすみと言って布団やベッドを被って目を閉じる。ベッドではマリアとセリアが向かい合いながらスヤスヤと寝息を立て、布団の方では左から影山、響、梓の順に並び影山は仰向けで、梓は体を丸くしながら響の布団の中に無意識的に潜り込んでいた、当の響はそんなの気にすることもなく梓の方を向いて同じく体を丸めて寝ていた。屋敷の住人たちも寝静まり、何事もない静かな夜になった。
翌朝、門番の死体が一つ発見されなければの話だが。
こういう梓みたいな幼馴染が欲しかったという虚しさ




