お泊り会のお話。
これから一緒にお泊りしようぜ?
荘厳な屋敷の前で槍の矛先を向けられている響たち三人、ひとまず誤解を解こうと会話から入る。もしかしたらそういう規則なのかもしれないしな、うん。
「えっと、俺たちマリアさんに呼ばれてきたんですけども……」
「お嬢はそのようなこと言ってなかったと思うのですが」
「んじゃあせめてインターホンを押させてもらえませんかね?」
「門を破られては困りますので」
おっとどうしたものか、少し考えているとすかさず梓がフォローに入る。
「私たちマリアちゃんのお友達で今日これから遊ぶ予定なんです」
「ご学友の方々でしたか。それは失礼しました、ですが念のためお嬢様に確認を取ってきてから……」
「なんだ? 何かあったのか?」
響たちを頑なに入れることを拒んでいた門番の男が部下の一人にマリアに確認をしてもらうため行かせようとした矢先、大柄な男がその言葉を遮った。その男を見るなり門番全員が敬礼をして響たちの眼前から槍が消えその槍は全員の右手にしっかりと持たれていた、そして響たち三人はその敬礼をされている大柄な男に見覚えがあった。平原爆破事件の時にお世話になった王国騎士団の人だ、確か名前は……。
「バドゥクス少尉?」
「ん? おお君たちか、確かヒビキ君にセイヤ君にアズサちゃんだったね」
「少尉、お知り合いなのですか」
「ああ、マリアお嬢様のご学友の方々で冒険者もやっている。それはそうと、なんでお前たちはそんなご学友の方々に槍を向けてたんだ? ん?」
「いえ、あの、その」
「さっき確かに伝えるようにメイドの一人に頼んだはずだが」
とバドゥクスが辺りを見回すと眼鏡をかけてメイド服を着た小柄な女性が玄関の扉を勢いよく開けてこちらへ向かってくる。門と玄関の間の草むらで一回転び、立ったと思ってまたこちらに走ったかと思えば小石につまずいて顔面から転び、最終的には半泣きになりながら門にしがみついてハァ……ハァ……と息を切らしながら大きく息を吸い込みこう言った。
「お昼過ぎからマリアお嬢様のご学友が遊びに来ますのでくれぐれも失礼のないようにとのことです!」
このメイドさんを除いた全員が瞬時にこう思っただろう、「もう遅ぇよ」と。バドゥクスが来るまで響たちに矛先を向けていた門番たちはこの世の終末を見たかのような顔をして三人に「もうっっしわけございませんでしたぁっ!!」と一斉に頭を深々と下げて謝る、正直特に怒ってもいなかった響たちは「大丈夫ですから……」と日本人特有のこっちもすみませんと謝りながらフォローするということをして普通に許したのだが、バドゥクスは目のハイライトが消えた状態で腕を組みただ一言、「ほぉ……?」と低い声で言っていた。
その後普通に屋敷の門を通ることが出来た響たちは先ほどの眼鏡のメイドさんの案内で中へと入っていった、響は自分たちの後ろで門番たちがバドゥクスに大目玉を食らっている姿をちらっと見たのだが「このことはかわいそうだからマリアさんには言わないでおこう」と思った。メイドさんに連れられるがまま屋敷の中を案内されるのだが一向に着く気配を感じない、それどころかなんか迷っている風にも感じられる。メイドさんも「あれ……?あれぇ……?」と明らかに焦っていた、そこをたまたま通りがかった先輩らしきメイドさんに「マリアお嬢様のお部屋ってどこでしたっけ……?」と聞いているところを響たちは聞いてしまった。
先輩さんが呆れていた、響たちも呆れていた。
頭を抱える先輩メイドさんに「ついてきな」と人差し指でクイクイっと合図されそのまま付いていくとまさかの今まで来た道を戻るという始末、結局玄関のところまで戻ってきてメイドさんに案内されていた方向とは逆の方向に進んだところで先輩さんが止まりコンコンとノックを二回して「失礼します」といってドアをガチャリと開けるとそこにはセリアと一緒に着替えを選んでいるマリアがいた。
見る見るうちに顔が紅潮し始め叫びだそうとしたところを素早く先輩さんがドアをバン!と閉めるとその直後に部屋の中からけたたましいくらいの叫び声が聞こえてきた。中からセリアがぬるっとでてきて響たちに「すみません……」と本当に申し訳なさそうに頭を下げる。数分経っただろうか、ドアが勢いよく開き、顔を真っ赤にしながら涙目にして両腕を組み足を開いていた。
「よく来ましたわねみなさん!! ようこそフォートレス家へ!」
何というかもう、見ていられなかった。
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普段着のマリアは控えめのフリルとコルセットが一緒になった日本でもたまに見そうな服装でいつものツインドリルをストレートに下ろして完全オフモードになっていた、ストレートと言っても普段髪を巻いているから先に行くにつれて若干くるんとなっている。マリアの部屋は流石一流貴族といったところか道場と同じかそれより少し広いくらいはあり、ベッドもクイーンサイズはあるんじゃないかというくらいに大きかった、まあ二人で寝てれば大きい方がいいよなと客観的に響はマリアの部屋を物色していた。
「あのヒビキさん、そんな見られると少し恥ずかしいです」
「ん、ああ、すみません」
「全く響ったら、デリカシーないよ」
「お前んち行った時なんも言われなかったから……」
「隙あらば惚気ますわね」
「惚気か……? 今の……?」
とりあえず座りましょう、とマリアが提案しジュースで乾杯をする。お嬢様の家と言えど暮らしているのはごく普通の女の子である、学校の時よりも一層明るく楽しそうなマリア、もしかしたら友達と家で遊ぶのは初めてなんじゃないだろうかと響は思う。話題は普通の会話からさっきの眼鏡のメイドさんの話に切り替わりどうやらあの人は最近入ったばかりの新人で方向音痴だといい先輩感あった人はメイド長を務めているらしい、マリアによれば厳しいけど優しいところもあるから好きとのことだ。
ひとしきり話した後はもう完全にグダグダタイムになっていき梓はマリアと一緒にベッドへダイブし、影山はセリアと楽し気に喋り、響は読んだことのない話がある本を読破しようとしていた。日本と変わらず何の予定もなくその場その場でやることを考えてそろそろ帰る時間になったら帰るという誰しも一度は経験したであろう当たり障りのないありふれたものだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ日も落ちてきたのでそろそろ帰ろうかという頃、外ではいつも間にやら大雨が降り雷が轟音を鳴り響かせ風が木々を薙ぎ倒さんとしていた。
「うっわすごいねこれ」
「だなー、どうすっか」
「響、お前確か転移魔法使えなかったっけ」
「まだ人飛ばせるほどじゃないからな、本とか鉱石とかそれくらいしかできないな」
せめてこの世界に電話回線が普及していればと思うとこれほどもどかしいことはない、役に立ちそうなのは通信石くらいなんだろうが生憎と響はそんなものは常備していないし他の二人だって持っていない。するとドアが二回ノックされてメイド長さんが入ってきて「この天気ですしお泊りになられてはいかがでしょうか?」と提案してくるがいきなり言われても即答できないのが辛い。せめて家に一言連絡してから決めたいと思っているとメイド長さんが「ご心配なさらず」と付け加えてすでにそれぞれの家には連絡しておいたとのことだ、つまりこの嵐の中フォートレス家のお嬢様であるマリアの友達を帰らせるわけには行かないし梓のところは忘れがちだがれっきとした貴族の家柄なのだ。まあもう抵抗しようが外堀は埋められているのだが。
「じゃあ今日一日お世話になるわ」
「ええ勿論ですわ! 実は私、お友達と一緒にお泊りするのずっとやってみたかったのですわ!」
「そういや響と一緒に寝るのってすっごい久しぶりだよね」
「いや、流石に離れて寝るだろ。俺と影山いるんだし」
いつになく子供らしくはしゃぐマリアとそれに「良かったですね」と主が喜ぶ姿を見て笑顔がこぼれるセリアに、さも当たり前のように響と二人で一緒に寝るのは久しぶりと誤解を招きそうな発言をさらりとする梓といった女子組が未だかつてないほど楽しそうにしてらっしゃる。女子と言うのはお泊り会という単語だけでこうもはしゃげるものなのだろうか。影山は影山で「風呂上がりの女子組が見られるな」と真顔で残念発言をしていた、響自身そう言われて気にならないと言われれば嘘になる、むしろ見てみたい。風呂上がりのマリアとか想像がつかない。
そんなこんなでネメシスに来て初のお泊り会が開催された。
そうだ、マリアをはしゃがせよう。




