神童と天才のお話。
ちょっと長めです。
魔導学院最高戦力の一人であり生徒会長を務めるフラン・ヘルヴォール、彼女は人王大陸の西端にある国の集落に生まれ幼児期から魔法学校卒業までを孤児院で過ごした過去を持つ。フランは生まれながらにして他の人たちと比べ物にならないくらいの魔力を保有しており挑戦してきたことはほぼ全てそつなくこなす生粋の天才肌の持ち主であり誰よりも賢い子だった。
スキルを持っていたわけではないが彼女が生まれた場所は獣王大陸との国境に近く人王大陸にやってくる獣族が多かったため幼少期の訓練は孤児院にいた獣族たちの指導の元行われていた、獣族という種族は生まれながらにして男女問わず戦闘分野に特化している種族でこと地上における純粋な殴り合いのタイマンなら神族を除けば種族最強とまで謳われている。
そんな種族に幼い頃から稽古をつけてもらっていた彼女はメキメキと力をつけていき、僅か八歳でその国の格闘戦の大会で大人たちも交じっている中圧倒的な強さで優勝した経験があり通っていた魔法学校の飛び級も打診されていたがフラン本人は「友達と一緒にいたいから」という理由で卒業まで通っていたという。卒業する頃には魔法学などの勉学や上級魔法はおろか緋級魔法をも使いこなしていたようで格闘戦の技術も度々教えを乞うていた獣族の師匠を負かすまでに成長していた。
そんな文武両道の生まれながらにしての天才孤児、フラン・ヘルヴォールはその他を寄せ付けない強さと明晰な頭脳を持つことからこう呼ばれていた。
【神童】フラン・ヘルヴォール、と。
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第十試合、フラン・ヘルヴォール対アズサ・テロル・ゼッケンヴァイスの両者が向き合った瞬間、空気が凍り付き張り付き呼吸さえも忘れてしまうような感覚を応援している魔法学校と魔導学院の待機メンバーたちはその肌で感じていた。ただその空気を生み出している対戦者の二人はそんなこと微塵も感じていなかった、それどころかいつもより体が軽いとさえ梓は思っていた。
「そう怖い顔しないでください、あくまで模擬戦ですので」
「勝負は勝負ですから、負けるわけには行きません!」
「ふふっ、いい覚悟です。では、始めましょうかっ!!」
「……っっ!」
フランの気迫がより一層増し梓を一歩のけ反らせる、冷や汗をかきながらも梓は大胆不敵に笑って見せいよいよ試合が始まるかと思ったその時、闘技場のドアが開き二人の人物が入ってくる。その二人とは先の試合で盛大に殴り合って仲良く医務室送りになったヴィラとアリアだった。二人とも頭に包帯を巻きいたるところにガーゼを当てておりアリアは眼帯も付けていた、二人は何事もなかったかのようにそれぞれの応援サイドへそそくさと戻っていった。
「アリア先輩! 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だから戻ってきたんだよヒビキ君、それよりもアズサちゃんはあのフランさんとか」
「一応回復魔法かけますから、じっとしててください」
「ありがとう、でもコトハちゃんの方はいいのかい?」
そうだ、琴葉のことがあった!とうっかりしていた響は琴葉の方を見るが、すでにマリアが中級回復魔法で火傷を完治させていた。
「もうやってましてよ」
「流石ですね」
「フォートレス家ですので」
久しぶりに聞いた謎理論だが今回はその言葉にホッとする響、ひとまずアリアを上級回復魔法「コンプリート・ケア」でガーゼが貼られたところから回復させていく。
そしてフランの気迫に気圧されそうになっている梓にエールを送った。
「梓ー! 怪我すんなよー!」
その響の一言でハッと我に返った梓はくるりと響の方を向いてサムズアップしながらこう笑顔で返した。
「あったりまえでしょ! 響こそ、私の戦ってる姿に惚れないようにね!」
「はいはい、気を付けますよ」
お互いにはにかみながら声をかけ合いいつも通りの調子を取り戻した梓は再びフランに向き直ってキッと睨み付ける、「良い顔だ」と言って手をクイクイと動かして梓を挑発するフランだが吹っ切れた状態の梓にはそんなものは効かない。
そしてついに梓とフランの試合が幕を開けた。
試合が始まるとともに二人同時に地を蹴り挨拶代わりの頭突きをお互いに食らわす、それから梓は素早くバックステップを取り連続して出しやすい中級魔法「バレットトリップ」でピンポイントにフランを狙っていくがなんとフランはそれを防御魔法を発動させることなく素手で次々と弾き返していた。驚く梓だがすぐさま防御魔法を自分に掛けながら刀を作り出して切り込みフランが防御魔法を腕に纏わせて防いだところをくるりと一回転して回し蹴りを叩き込んだ……と思ったのだがその蹴りはがっちりとフランに掴まれ軽く投げ飛ばされてしまった。
「ハァッ!」
「うっそ……」
あわや壁に激突すると思われたが両足でしっかり防御魔法で出来た結界の壁を捉え、体が地面に落ちる前に水平に自分を射出させてもう一度フランに切りかかる。上手く着地するくらいならしてくるだろうと思っていたフランだがよもや壁を蹴って来るとは考えておらず僅かに目を大きくして驚いた感じを見せるがそれはあくまで微々たるもの、すぐさま梓の攻撃をかわして足を払い流れるような手さばきで拘束する。
そのままワッペンに手を伸ばし梓の負けが決まるかと思った矢先、梓の背中から一振りの刀が飛び出してきた、紙一重のところで首を横に曲げてそれを避けるフランだったがあまりに唐突過ぎたため完全に躱すとはいかず左頬が切っ先に触れたのかツーっと一筋の血を流す。その隙に梓はフランから距離を取ってもう一度刀を生成して自分に防御魔法をかけ直しながらもう片方の手で攻撃魔法の魔方陣を展開させて準備をする。
絶望的な状況からたった一手でそれを回避したばかりか、【神童】とまで謳われているフランに彼女が得意としている近接戦の攻撃範囲で血を流させるという行為に魔導学院側のメンバー、引いてはオーハートまでもが驚愕する。魔法学校の方でもフランのことを知っているアリアや一流貴族のマリアも驚きの表情を見せる。
「まさかあの神童にダメージを与えるとは僕も思ってなかった。やっぱり見に来て正解だったよ」
「何ですか? その神童って」
「フラン・ヘルヴォールの二つ名だよ。幼少期から文武両道でなんでもこなした生まれながらの天才、獣族が師匠っていうこともあってかこと近接戦においては大人相手に完封勝ちするような実力で、ついたあだ名が、『神童』フラン・ヘルヴォールっていうわけさ」
「私もお父様に聞いたことがありますわ、魔法学校を卒業する頃にはすでに緋級魔法を使いこなしていたという本物の天才、ですわ」
「あいつ、そんなやつと……」
「全くだよ、君の幼馴染は随分といいクジを引いたみたいだ」
アリアとマリアに今梓が戦っているフランについての情報を教えられ驚きを隠せないでいる響、そこまでの相手と戦っているというのであれば普通は諦めそうなものだったが、生憎と、響と梓はその普通を真っ向から否定した。刀と魔法で神童を殺さんとする勢いで攻め立てる幼馴染の姿を見ながら響は体中の震えを抑えながらニヤリと笑った、その顔はまるで新しい玩具を手に入れた子供のように、気の狂った殺人快楽者のように。
「面白いですね、それ」
「どうして笑っていられるんですの? いくらダメージを与えたからといって、勝てる見込みは……」
「知ってますかマリアさん、あいつ、小さい頃は超が付くほどの負けず嫌いでしてよく再勝負を仕掛けられたことがあるんです」
食い入るように梓の試合を見る響に半ば呆れながらも今は梓の一番の理解者である響の自信に満ち溢れた言葉を信じることにした。
両校のメンバーが応援を躊躇うほどに、防御結界で出来たバトルフィールドの中の決戦に見惚れていることなど当の本人たちはこれっぽっちも知らず、ただ己が力をぶつけ合い拳で語り合う極めて物騒な社交場で魔法を放ち、魔法で防ぎ、剣を振るい、拳で防いている。梓はずっと作り出した刀で攻め立てフランに攻撃の隙を与えずにいる、「防御魔法を全身に纏って優勢な状態で攻撃すればいいのではないか?」という声が魔導学院側から飛んできたが今のフランにそこまでの余裕は正直無かった。幼い頃から全ての分野で他の追随を許さず魔導学院でも常に最高クラスの地位を維持している彼女がここまで余裕を無くしているのには意味があった、それは先ほどの梓の背中から刀を飛ばすという適合能力による行為が久しぶりにフランの中の危機感を刺激したからだ、緋級魔法を使いこなし今現在壊級魔法にまで届こうとしているその実力から彼女の中には「誰にも負けない」という自尊心がいつしか彼女の心を驕らせてしまっていたのだ。
そのため長期間に渡って鈍ってしまった己の自尊心が混乱したため上手く高レベルの魔法を使うことが出来ていなかった、いわばフランの心が制御不能で正体不明な事象に襲われてしまったのだ。
仮にフランが緋級防御魔法などで梓の斬撃を完全レジストしようとしても今の梓はスポーツの世界などで見られる「ゾーン」に入ってしまっているため精度も集中力も桁違いに上昇している、しかも梓は転生者、生まれ直した時にアザミから貰ったスキル「身体能力向上」で並外れた運動能力を保有しているため一般人とは斬撃の速度がまるで違う。気づけば梓は両手に刀を携え二刀流で戦っており刀の切っ先から魔方陣を展開させて魔法を放つという高度なテクニックを駆使していた、恐らく初めてやったであろうことを。
どうにかしてこの状況を打破するためにフランは攻め立てる梓にあえて突撃することで梓の集中力を途切れさせ、アリアとの試合でヴィラが使ったビーストハウルと同列レベルに属する緋級魔法「グリーフ・ロア」で一気に梓を吹き飛ばし、その衝撃で梓は「かふっ……」と肺から空気を漏らす。
そしてフランは琴葉が使った赤い雷の魔法で梓の体を貫き拘束する。
「驚きましたよ、まさか私がここまで攻めあぐねるとは思ってませんでした。魔法を使わせるタイミングすら与えないとは、あなたはまさしく”天才”です。しかもグリーフ・ロアを直に食らって気絶しないとは」
賞賛を与えながらも正面に防御魔法を展開させ、右手には魔方陣を展開させて次の一手に備えるフラン。今度こそもうだめかと誰もが思ったが梓と響はこの展開にすら笑って見せた。
拘束されたままの梓に近づくフランはもう一本赤い雷の魔法を打ち込み絶対に動けないように厳重に拘束してフランの意識と集中力が欠けたその瞬間を梓は見逃さなかった。
ィイイイン………
金属が切断される甲高い音を響かせてローブを脱いだフランの制服に付けられたワッペンとの接合部分を的確に狙い撃ちワッペンが宙に舞い地に落ちた。フランが目を左にやると地中から一本の刀が突き出ておりフランは今の自分の気持ちを言葉にすることが出来なかった。
「油断大敵ですよ、フランさん」
「……はは………お見事です」
体からしか出せないと勝手に思い込み防御魔法を前面にしか張っていなかったことが仇となったフラン、地に落ちたワッペンはそんな彼女の気持ちを代弁するかのように空しくただそこにあるだけだった。
誤字脱字などあれば教えてください。




