歪な愛情のお話。
愛と狂気は裏表
何もなかった虚空から突如として現れたアニメのイベントとかにコスプレとしてありそうなゴスロリ衣装に身を包み満面の笑みを浮かべた小柄で華奢な女の子は、まるで初めからこの部屋にいましたよ主張するかのように圧倒的な存在感を放っていた。彼女の持つ暗い紫の瞳は今まさに響を吸い込もうとしていると錯覚させるほど真っすぐに向けられていた。
その視線に比喩ではなく体が動かなくなってしまった響を見てただならぬ気配を感じたアリアがスッと響への視線を遮るように前に出る。マリアも右手を響の方に広げて守るような体勢を作る。二人のおかげでハッと今がどういう状況なのか響はようやく飲みこめるようになり次第に落ち着きを取り戻してく、だがその光景を不服そうに睨み付ける人物が一人。
『あーごめんね! あたし響君にしか興味ないの! だからあなたたちがそこをどいてくれるとあたしすっっっっっごく嬉しいんだけどなぁ~?」
「悪いけど、僕の後輩君が怯えてるんでね。申し訳ないが守らせてもらうよ?」
「そうですわ! 同じクラスメイトのピンチに黙って指をくわえてるわけにはいかないんですの!」
「二人とも……」
『うーん困ったなぁ~これじゃ響君にハグ出来ないや~つまんないの~』
身を挺して自分の身よりも響のことを心配してくれる先輩と同級生の女子二人に感動と感謝の混じった気持ちを感じつつも、これじゃだめだと思い響は二人の手をよけて一歩前に出る。
それを見てさっきの不服そうな顔から一転してパァっと明るくなる笠原、厳密には笠原だと決まったわけではないかもしれないがひとまずそう頭の中で置き換えて置く。『そう!それでいいんだよ!』とテンションが跳ね上がる笠原を冷静に観察しつつ響は「なぜ自分にそこまで執着するのか、そしていったい誰なのか」の質問を問いかけると待ってましたかと言わんばかりに嬉々として答える笠原。
どうやらこの目の前の女の子は笠原美鈴本人で間違いないようだ、というのもネメシスでよく使われるような横文字の名前ではなくはっきりと『笠原美鈴です!』と宣言していた。本人に名前を隠す気はないようでちゃんと覚えてくれたかどうかを響に問いかけ、その度に響が名前を呼ぶと恍惚の表情を浮かべて何度も喜んだ。ウィルレイヤードやオーハートが同じようにどこから来たのかなどと問いかけたのだが、その時は明らかにテンションが下がりながらも渋々答えていた。彼女曰く『ここより遠く離れたところでーす』ということなのだがそれが日本を示してるのかそれとも他の大陸のことを示しているのかは分からなかったがとりあえず王国の生まれではないだろう。
「それで結局、なんで俺なのかがまだ分かっていないのだが」
『あれ!? もしかして覚えてないの!?』
「あ、うん、ごめん」
『んもー! しょうがないな! 響君向こうの頃さ、遊園地で迷子の女の子をお母さんが見つかるまで一緒にいてあげたことあったでしょ』
「向こうの頃」というのは恐らく日本にいる時のことだろう、にしても遊園地で迷子の女の子……そう言われてみればそんなことがあったような気もする。響は自分の記憶を手繰り寄せてどうにかこうにか思い出そうとする。そうだ!確か中学生の頃に梓と影山と一緒に近くの遊園地に行った時、親とはぐれて泣いていた女の子を迷子センターでお母さんが来るまで一緒にいたんだった。あの時は帰りの時に梓にすっごい心配されたっけ。
どうにかこうにか思い出して笠原に答え合わせをしてもらうと導き出した響の記憶に間違いはなかったらしい。その後笠原は俺がどこの中学の生徒でどこに住んでいてさらにどんな交友関係があるのかを片っ端から調べ上げ同じ高校を受験してどの通学路を通って帰るかなどありとあらゆる情報を徹底的に記憶していったという。
早い話がストーカーだ、しかも重度のやばいやつ。まさか自分のやったあの行動一つで異世界にまで付いてこられるとは思っていなかった、というより予想できる方がよっぽどこいつよりイカれてる、響はそう実感した。だが一体何が彼女をそこまで動かしたのかそれがまだ響には分からなかった。絶対に碌な答えが返ってこないことを予感しつつ恐る恐る核心に迫ると笠原の口からはこう返ってきた。
『愚問だね! そんなの一つしかないじゃない! あたしは響君のことが好きなの、ライクじゃなくてラブの方でね!』
「でも話したことがあるのはその時のほんの数時間しかなかったはず……」
『そうだよ! 実際に会って話そうとするとやっぱり恥ずかしいじゃん? だからなかなか話せなかったんだよねー』
「じゃあなんで俺のことをそこまで」
『決まってるじゃん! 一目惚れだよ一目惚れ! あの時の響君はあたしにとっての白馬の王子様だったってわけ! 最っっっっっっ高に素敵じゃない!?』
あまりに愚直で純粋なその答えに響はもう何も言い返せずただ黙ってその答えをありのままに受け入れるしか出来なかった、頬を赤く染めながら両手で顔を隠して体をくねくねと動かすその姿はさながら年頃の乙女そのものである。限りなく歪んだその愛さえなければの話だが。
「君のヒビキ君とやらへの気持ちはこっちまで痛いほど伝わったよ、だがなんで我が魔導学院や魔法学校にこんな手紙を寄越したのだね ?直接会えばいいものを……」
『そっちの方が目立つでしょ?』
「なるほどつまりはヒビキ君に接触するための罠だったと?」
『そんな感じ! おじさん鋭いね!』
笠原を除くその場の全員が言葉を失った、たった一人の人間と会うために二つの学校を敵に回すようなことをしたのだ、はっきり言って異常である。再び響を守るような体勢を取るアリアとマリアの二人とこれじゃ埒が明かないと思ったのかばれないように制服の袖の中にデリンジャーを一丁作り出して潜ませる。響本人からの質問に始まり様々な質問を振られてより一層響のことを意識してしまったのかその後も響への愛情は止まらずついにその愛情が内側から声となって外へと出る。
『あたしはね、君を愛しているんだよ? 響君』
「………十分伝わったよ」
『どこが好きだと思う?』
「……分からないな」
『全部、だよ。君の全てが愛おしくて止まらないんだよおおおおぉぉぉぉ!!?』
目を見開いて叫ぶ笠原の気迫に思わず袖の中のデリンジャーを手の平へと移動させて発砲する。その弾丸は笠原の右の頬を掠め、ツーっと一筋の血が彼女の頬を流れる。アリアとマリアが防御魔法を展開させて反撃に備えるが笠原は動かず伝う血を指に付けてその指を自らの舌へと運びペロリと一舐めしたと思った矢先口角を限界までニタァっと上げて恍惚の表情を浮かべた。
その行動は響をさらに追い詰めさせた。デリンジャーを削除して今度はここ最近出番が多いデザートイーグルを二丁作り出しクロスさせて笠原に向ける。当の笠原本人は先ほどの傷を擦りながらウットリした様子で響に言葉を投げかける。
『やっと、あたしに、構ってくれたんだね?』
その狂気じみた一途な愛情に気圧されてデザートイーグルでも発砲し、笠原の後ろの壁に穴を開けた。
「次は当てる」と明確な敵意を向けながら言って笠原を牽制するも彼女は微塵も変わらない。
『その感じも大好きだよ』
笠原が一歩前に進む。
「止まれ!」
響が吼える。
『止まらない、止まれないの。あたしはね? 響君、君のその声が好き。その目も好き。その口も好き。その耳も歯も髪の毛の一本一本まで大好きなの。君のその顔が、体が、手が、足が、毛根が、着ている服が、見ている景色が、学校で勉強する君が、友達と話す君が、友達の話を聞く君が、友達に話をする君が、授業中に眠くなる君が、帰ってきて疲れている君が、ご飯を食べている君が、テレビを見ている君が、お風呂に入っている君が、ドライヤーで髪を乾かす君が、スマホをいじる君が、パソコンを使う君が、動画を見る君が、お布団で眠る君が、朝のお布団が心地よくなっている君が、魔法を練習する君が、剣の稽古をする君が、汗をかいている君が、疲れてうなだれる君が、ため息を吐く君が、任務で戦う君が、魔法を使う君が、銃を撃つ君が、冷徹な表情の君が、笑う君が、泣く君が、怯える君が、怒る君が、考える君が、普段通りの君が、いつもと違う君が、梓さんたちと一緒に登下校する君が、クラスメイトと戦う君が、戦闘訓練の会議をする君が、朝早くからカレンさんと稽古する君が、汗だくの道着にタオルを突っ込む梓さんに聖也君と照れる君が、梓さんと一緒にいる君が、聖也君と一緒にいる君が、凪沙君と一緒にいる君が、賢介君と一緒にいる君が、智香さんと一緒にいる君が、琴葉さんと一緒にいる君が、絵美里さんと一緒にいる君が、アリアさんと一緒にいる君が、マリアさんと一緒にいる君が、セリアさんと一緒にいる君が、レイさんやヴィラさんのような冒険者の人と一緒にいる君が、君が見ているものが、感じるものが、何もかもが、君が関係した森羅万象が、君を構成している有象無象が、君の全てが全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ううううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!! 何もかもが大好きで愛おしくてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇたまらないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!?』
体を後ろへとのけ反らせて叫びながら自分の思いの丈の全てを響本人に向けて解き放つ笠原、その告白を受けて響は打つ手なしと両腕をぶらんと下ろして小さく乾いた笑いを一つこぼす。
次の瞬間、笠原が一回生徒会室の部屋を蹴ったかと思えば一瞬で間合いを詰めてアリアとマリアの間に現れる。蹴った時の速度と勢いは能力を使用した影山とも劣らないほどのもので、その勢いを利用して防御魔法の結界を破壊する。二人分の結界をいとも簡単に壊されたことに驚きを隠せないアリアとマリアなど気にも留めず響へと右手を伸ばす。
『捕まえた』
眼前に迫ったあまりにも正確でかつ艶めかしいその手を目の前にしてもなお、響は動くことが出来なかった。
否、動くことが出来なかった。
狂った感じが上手く表現できてればいいんだが




