来訪のお話。
新たなる勢力、来訪。
遡ること一週間前、一通の手紙が魔導学院に届けられた。
その手紙には『やっほー!魔導学院の皆々様方お元気してますかー? 突然ですが近々そこを襲いに行くんでよろしくぅ!』というあまりにも幼稚で突飛な内容が書かれていたため魔導学院の方もただのいたずらだと思って放置していたらしい、その翌日さらにもう一通似たような内容の手紙が送られてきた。
次も日もその次の手紙が送られて内容の方もどんどん魔導学院の返事を急かすようになっていき、昨日届けられたという手紙には『ねえねえ一通くらいお返事くれてもいいじゃんケチんぼ!もういいもん、やりたくなかったけど魔法学校の方から襲っちゃうもんね!』という魔導学院のみならず魔法学校にも脅しを入れてきたためこうして現在魔法学校にて魔導学院の学校長「オーハート・ノクス」自らがこの生徒会室に赴いているという訳だ。
そして響はこの手紙の書き方に見覚えがある。つい先日直接響の家に届けられた手紙と同じ書き方だったためすぐに気が付いた。
「随分とふざけた内容ですな、して差出人は何という名前なので?」
「それがお恥ずかしながら私の知識にはない言語で書かれてまして読めないのです」
「オーハート氏ともあろう方が読めないとなると相当ですな」
魔法学校長ウィルレイヤードが魔導学院長オーハートのその発言に驚愕を隠せないでいる。基本的に笑っていたり茶化したりするアリアが目を丸くしていて同じように驚いていた、滅多に驚いたりしないアリアの顔を見て驚きが伝染する響とマリア、いやマリアは元々驚いていたか。なぜこの場の全員がこんなことになっているのかというとこの魔導学院長オーハートは昔王国騎士団の副団長にまで上り詰めたことがある実力者であり、第一戦から身を引いた今でもその実力は衰えないといい、さらに指導者としても的確という生まれながらのカリスマであり知識人である。その彼が読めないということは尋常ではない、現に魔法学校長ウィルレイヤードを初めマリアとアリアも見たことがなかった。
ただ一人響を除いて。
「笠原美鈴」
「今なんと?」
「この差出人の名前、かさはらみすずって読みます」
「読めるのか!? この言語が!」
日本人である以上名前が漢字なのはもはや宿命であり、こと日本語は世界一難しい言語と言われることがあるほどである。漢字は元々中国からのものだがそれを派生させていった日本独自の漢字も存在するため漢字を見たことがない人は間違いなく初見では読むことすらままならず読み方の検討すらつかないことももしかしたらあるかもしれない。それを証明するようにネメシスの住人であるここにいる響以外の人たちが読めていない。
今までこの世界の言語はすべて東雲アザミから貰ったスキル「異世界言語」による自動翻訳が発動していたため、先日の手紙を見た時は「東雲さんから貰ったスキルのおかげで翻訳されてるのかな?」と勝手に響は解釈していたのだがそういう訳ではなかったらしい。日本人である響に読めてネメシスの人族である他の人は読めていないことからこの差出人の名前だけは本当の日本語で書かれてあるということが確定する。
「君、この言語をどこで知ったのかね?」
「あー、えっと、以前本で見たことがあって……」
「本当に本で読んだことがあるだけかい?」
「え、ええまあ」
これがアリアとマリアの二人だけなら日本語という元の世界で使われていた言語だという説明が出来たのだがそれをまだ知らない学校長と学院長がいるため迂闊に本当のことを言うと今度は響が怪しまれかねない、そのため響は本で読んだことがあると嘘をついたのだがそこは現役の魔法学院長であるオーハートが鋭く突っ込む。流石に知識人相手に本で読んだことがある程度の嘘じゃすぐに見抜かれるかと覚悟した響だったが幸運にも読み方が分かったことに満足したのか「まあ今はそんなことはいい」と上手くオーハートの気を手紙に戻すことが出来たため一安心する。
ここにいる五人の中で唯一日本語を読むことが出来る響にこの笠原美鈴という人物について質問が出されたが響自身今朝梓から聞いた程度で詳しく知らなかったのでよく分からないと答え、先日自宅にも手紙が届いたということを告白すると「そうか……」と神妙そうな顔をする。
「実はね、この手紙を見てほしいんだ」
そう言ってオーハートが一通の手紙をスーツと似た服の胸ポケットから一通の手紙を取り出す。相変わらずスーツだの手紙だのここが異世界なのかたまにわからなくなる、そんなことを考えている響にスッとその手紙を差し出して中身を確認するように促す。言われるがまま中身を見ると今までの書き方と変わっていなかったが最後に一文付け加えられていた。その一分の最後にはこう書かれていた。
「『ち・な・み・に! もしこれを避けたかったら代わりにヒビキ・アルバレスト君をよこすんだね!』ってこれ、俺の名前が……!」
そこにははっきりとヒビキ・アルバレストという名前が書かれてあった。窓から差し込む光にかざして透かして見ても消して書き直したような痕跡は見当たらなかった点から考えて一発で書いたんだろうと推測される。正直気味が悪かった、限りなく記憶の外へと排除されている人物から急に熱烈に指名が入ってしかもそれが学校の脅しとイコールの価値になっているというのだから余計にだ。もしかしたら知らぬうちに響が何かその笠原美鈴という人物に接触した可能性がないわけではない、同じ高校だったのだからどこかで会っていても何らおかしくはないのだがそれくらいの関係でここまで指名されることは限りなくゼロに近いと思っていたからだ。だが現実にそうなってしまっている、正直もう響はお手上げ状態だ。
せめて誰かこいつの居場所が分かる人物さえいれば、笠原美鈴の手掛かりが掴めるかもしれないのだが……ん?居場所が……分かる……?ハッと響はあるアイディアを思いついた。そうだ凪沙だ!凪沙ならもしかしたら特定とまではいかなくても何かきっかけくらいは掴んでくれるはずだ。早速そのアイディアを全員に説明することに響は決めた。
「あの、もしかしたら何か手掛かりが分かるかもしれません」
「本当かね君! だが一体どうやって?」
「俺の知り合いに詳しくは言えませんが探索が得意な奴がいるんです、そいつに頼めばきっと……!」
一か八か賭けるしかない。そう思って続ける響だったのだが、それを遮る一つの声が。
『えーそれじゃあつまんないじゃーん! 響君が見つけてよー!』
全員に戦慄が走る。この生徒会室には魔法学校長ウィルレイヤードと魔導学院長オーハート、生徒会長アリアとその生徒会メンバーの響とマリア、この五人しかいないはず。それなのにあるはずのない第六の声色が唐突に生徒会室に響き渡る。全員が辺りを見回す、しかし五人以外の人影は見当たらない、ならばこの声の正体は一体誰なのか。考える間もなく五人の考えは一致するこの会話の内容で響のアイディアを遮るように割り込んできた人物、思い当たるのは一人しかいない。
全員が不測の事態に備えて臨戦態勢に入る中コンコンと生徒会室のドアがノックされたアリアが恐る恐る顔を除かせてみても誰もいない。ドアを閉めて元の位置に戻るアリア、そしてもう一度ドアがノックされ声が木霊する。
『外じゃなくて中だよ』
一斉に顔をドアに集中させる五人、するとスウっとそこにあるはずのなかった人影が現れる。そこには暗い紫の瞳を持ち鮮やかな紫色の髪をサイドテールで束ねゴスロリ衣装に身を包んだ女の子が佇んでいた。
その女の子は全員に目をやった後響に目線を移してニコリと笑う。その笑顔がどこか狂気を孕んでいることを響は本能的な何かで瞬時に悟った、「これはどうやらまずいやつに捕まった」と。
『ここだと初めましてだね響君! 迎えに来たよ!』
魔導学院に脅迫文を出して魔法学校をも脅し、挙句の果てには響の自宅にまで手紙を送った張本人、笠原美鈴がそこにはいた。
初評価いただきました。とてもうれしいです、これからも頑張っていきますのでどうかよろしくお願いいたします!




