天と地のお話。
ややスランプ気味
「アザミ……!」
一瞬で塹壕の中の空気が凍り付いた、まさかこんな感じで登場してくるとは思っていなかったからだ。
すでにいつでも戦闘に入れるように響たちは構えており、兵たちも遅れながらも戦闘態勢を取っていた。
「水無月響」
「!?」
自分の名を、本名を呼ばれたことで響の心臓が破裂するかのように飛び跳ねた。
一体なぜこのタイミングで本名の方で名を呼んだのか響には皆目見当もつかなかったがそんなことを知る由も知ろうともせずに言葉を続けた。
「遊佐梓、影山聖也、荒川賢介、藤島絵美里、滝本凪沙、三浦琴葉、佐伯智香。以上八名、私の眼前へ来い」
力強くはっきりと意思のこもったアザミの言葉に導かれるように響たちはアザミのおよそ一メートルの近距離に横一列に並んだ。
いつ攻撃をしてもされてもおかしくはないこの状況、だが不思議と響たちには今すぐに戦闘が始めることはないと直感的に感じていた。
「あなたたちは、私が直々に殺します」
「アザミちゃん……」
「本来であれば、イグニスを殺してそれから勇者たちとあなたたちを始末するつもりだったのですが、あなたたちは予想以上に力を付けた。そして今や他の何者よりも厄介な存在となってしまった……なら、あなたたちから殺すしかないですよね」
「どうしても、避けられないんだな」
「はい。正直、今すぐにでも殺し合いたいのですが……ここでは少々盛り上がりに欠けますね」
アザミがそう言った途端、地面がグラグラと揺れて大地が雄々しく吼えた。
次の瞬間、響たち八人とアザミの立っている地面だけが他の地面と分離して響たちを乗せたまま天高く舞い上がった。
立っている地面は極僅かなもので少しでも不用意に動こうものならあえなく地上に落下してしまうだろう。
それからどんどんと他の地面がまるで響たちのいる地面に引き寄せられるように空へと浮かび上がり合体し、結果としてそれらは空中にもう一つの地上を創りだすこととなった。
「ここなら、邪魔は入りません」
アザミは落ち着いた様子でそう言って響たちを一瞥した、やはり女神だけあって滅茶苦茶なことをする者だと響は思った。
しかしそんなことで一々驚いたり怖気づくようなメンバーはここにはいない、全員もう覚悟を決めてこの戦場に立っているのだから。
「さぁ……始めましょう。用意は宜しいですね?」
――――来る。
響たちは最初から能力と魔法でフル武装して目の前の敵に立ち向かった。
△▼△▼△▼△
『始まったか……』
ぽつりと、地上に残ったカグラが呟いた。
カグラの眼前には数万の兵とそれらを束ねる各大陸の勇者たちに実力派の猛者たちそして女神や魔王に神族が風景の如くそこに立っており、普通であればカグラに勝ち目はないようにも思われる。
しかしカグラはアザミと共に複数の女神と魔王そして同じ神族の複合隊を追い詰めた実力の持ち主、それだけではなくわざわざアザミとカグラの方からグリムたちの元へとやって来たということは即ち殺す準備が出来ているということだ。
前回の時よりも遥かに手ごわい相手となっていることは確かだろう。
それでもグリムたちはカグラを倒さなければならない、この世界の平和のために。
「先陣は私たちで切る。出来るだけ、一撃一撃で決めていかないとな」
『面白クナリソウダナ。神殺シ、トイコウ』
イグニスたちがカグラに聞こえないように作戦を立てていたその時、カグラが動いた。
急加速してこちらへと突進してくるカグラにグリムたちは血相を変えて迎撃態勢に入ったがカグラはグリムたち勇者やイグニスたちには目もくれずにあろうことか兵たちの方へと飛んでいった。
兵たちもまさかいきなりこちらへ飛んでくるものとは思わず動揺が生まれた、そしてその動揺こそが書道を遅らせ隙を生み出し、攻め込まれるタイミングとなるのだ。
『――――――かぁっっっ!!!!!』
カグラが吼えたのと同時に障壁が圧縮し、以前のものとは比較にならないほどの超広範囲攻撃が行われた。
刹那の一撃、対処が遅れた数え切れないほどの兵が吹き飛び、今度はその吹き飛んだ兵たちがかなりの速度を持った肉塊の弾丸となってカグラの範囲攻撃を免れた兵たちへと当たるなどといった二次災害が起こっていた。
十秒経たずと起こったこの一連の出来事にグリムたちも思わず生唾を飲んで戦慄した。
カグラはゆっくりとグリムたちの方へ振り返り確かな殺気の宿った瞳で見つめ、言った。
『来い』と。
グリムはすぅーっとゆっくり息を深く吸いこみ、続けてゆっくりと深く吐いた。
そして聖戦武器を握り直し、キッとカグラを睨み付けながら叫んだ。
「行くぞ!!」
グリムのその声に応えるように他の面々もグリムを先頭にして走り出した。
天と地、二つのフィールドでそれぞれの最終決戦が始まった。
忌まわしきこの遅筆