高難易度任務のお話。
戦闘パート(の前座)
スレイプニル。
それは北欧神話に登場する主神オーディンの愛馬であり八本の足を持つ駿馬で、世界の終末であるラグナロクの時にはオーディンを背に乗せて戦場へと赴いたとされている神話上の生物である。
その生物が今現在、響達四人の前で小さな湖に口をつけ休息をとっているのだ。足の本数こそ八本ではなく四本であるもののそれ以外はまさに神話に出てくるそのイメージそのままで、全員が呼吸をするのも忘れてしまうほどその光景は美しいものだった。
突如として茂みの奥から現れたそれの存在に誰も近づけないでいるとスレイプニル種の上級魔物スレイプニルに動きがあった。軽く鼻息を立ててゆっくりと体を起こしたかと思えば周囲を警戒するように辺りを見渡した後、響たちのいる茂みをじっと見つめてそのまま動かなくなった。
響の額に嫌な汗が流れ始める。まさかここにいることが気づかれたのだろうか……それでないとしたら一体あの行動の何の意味があるんだというのだろうか。響の思考はスレイプニルのたった一つの行動で、何も動かないという何も意味を成さない行動で急激にストップしてしまった。
四人はスレイプニルが現れた時二手に分かれて茂みに隠れて、片方にはヴィラと響がもう片方にはアリアとレイが茂みの草と草の間からばれないように様子を伺っていた。
茂みの大きさは二組がしゃがんだ状態ならすっぽりと収まってしまうほどの大きさだったためそう簡単にはばれないはずだったにも関わらず今こうしてスレイプニルに隠れている方向を見つめられてしまっている。
言葉では表しにくい嫌な感覚が響の体を包み込みいっそのことこちらから攻撃して戦闘に入ってしまおうかと思ったその時、ヴィラが響の方をポンと二回叩いた。その行動で響は夢から覚めたようにハッとしてヴィラの方を見る。
「焦っちゃダメ、こういう時は魔物との精神力の戦いなの。向こうがこっちを見ていても気が付いていないふりをして相手が他のことに注意を逸らすまでじっと息を潜める、うかつに攻撃して死んでいった奴らを私はもう何度も見てきたから」
「……はい、分かりました!」
「うん、いい返事。それに、攻撃してこないってことは向こうはこっちに気付いていないって証拠」
ヴィラの一言で体に纏わりついていた不快感がさっぱり消えた感じがした。そのまま数分が経っただろうか、ついにスレイプニルの方がプイと別な方向に首を向けて注意力を逸らした。その直後明後日の方向から複数の矢が飛んできてスレイプニルの体へと突き刺さる。続けざまに火球が次々と飛んできて着弾し、スレイプニルの体を煙と土埃が覆い尽くして見えなくなってしまった。
響は反射的に目を腕で遮り土埃が目に入るのを防ぐ。未だ煙でスレイプニルの全体が見えない中別の茂みから複数の妖族の冒険者たちが一斉に出てくる。冒険者たちは自分たちの放った魔法で上げられたその煙と土埃を目の前で見てハイタッチをし始めた。
「よっしゃー! 上級魔物討伐ー!」
「案外簡単だったね」
「なんだなんだ? こんなもんかよ、つまんねー」
完全に仕留めたと思っているのか口々に手ごたえのなさを愚痴っている妖族冒険者たちだったがそのうちの一人、大柄で屈強な他の妖族のイメージとはかけ離れた男が油断しきった状態で煙の中を装備していた大剣でつつき始めたその時、煙の中から現れた一本の足が男の体を鋭い一撃で吹き飛ばした。
その攻撃をもろに食らった男はレイ・アリア組と響・ヴィラ組の間を一直線に突き抜けていき数十mほど吹き飛ばされていった。後ろから何かが潰れた音が聞こえ「うわあああああ!」という叫び声が響たちと妖族の冒険者の耳まで届き、それに共鳴するように冒険者の男を足蹴り一発で吹き飛ばした張本人スレイプニルが雄叫びを上げた。
「ヒヒイイイイイイイイイイイン!!!」
「ちくしょうベルアが! 全員畳みかけっっ……」
男のその指示は最後まで仲間にきちんと届かず先ほどの冒険者と同様に吹き飛ばされていって掻き消えてしまった。残った他の冒険者たちも剣や魔法でがむしゃらに応戦するがスレイプニルを怯ませることすら叶わず一人、また一人とその歴然たる力の差に力尽きていってしまい、最後に残った冒険者に至っては最後まで善戦したもののスレイプニルのその堅い蹄で軽く蹴られたように見えた攻撃で腕の骨が砕けてしまい、絶叫を上げながら蹴られた足で何度も何度も何度も何度も執拗なまでに踏みつけられてただの血と肉の塊に成り果ててしまった。
最初こそ断末魔を上げて助けを請うていたが次第にその声は小さくなり何も聞こえなくなっていき最後に残ったのは興奮して鼻息を荒くして再び雄叫びを上げるスレイプニルの姿だけだった。
人が一人ミンチにされる工程を目の前で見せつけられた響たちはその凄惨な光景に思わず目を背けてしまい、アリアは嘔吐こそしなかったが何度もえずいてその度にレイに背中をさすられていた。
響は元々映画やゲームなどでグロ耐性があったから目を伏せる程度で何とか耐えれたものの、もし茂みで少し遮られていなかったらと思うとゾッとする。だがヴィラだけはその光景から目を逸らさずじっくりと観察していた。
またしても静寂に包まれる森林に佇むスレイプニルを前に、ゴールド級冒険者のレイが響たちパーティー全員に何とか聞こえる程度の小声で指示を出して反撃の隙を伺う。
「隙を見て俺が先陣を切る。ヴィラとヒビキは俺が合図したら魔法で援護と攪乱、アリアは防御魔法とゴーレムで全体の補助を頼む」
「了解したわ、ヒビキ君は上級魔法どこまでいける?」
「一応全般使えますけど……アリア先輩、大丈夫ですか?」
「……すまないね、後輩に情けないところを見せてしまった。僕はもう大丈夫だから好きなタイミングでお願いしますよ、レイ先輩」
「分かった、きつくなったらすぐに言ってくれ」
いつの間にか少年から呼び捨てに移行しているレイの目は鋭く真剣そのもので、僅かな隙も見逃さないという気迫が響にも伝わってくる。一方スレイプニルの方はそんな気迫を気にも留めず、周囲をキョロキョロと警戒しながら返り血で汚れた足を湖で洗い流している。
レイからまだ指示は出ない。響は焦る気持ちを先ほど見つめられている時にヴィラに言われた一言を思い出して少しずつ冷静になる。
そしてなんとスレイプニルが体を横にして休息を始めたのだ、その決定的な油断を逃すゴールド級冒険者ではない。全員に戦闘態勢が言い渡されてあとはタイミングを待つばかりとなり、息を潜めてその好機を逃すまいと目の前の魔物に集中する。十秒、三十秒と時間が過ぎ去り約一分が経ち、スレイプニルが目を閉じて本格的に休息をとったその時。
「戦闘開始!」
その号令を残してレイが茂みから勢いよく飛び出してスレイプニルに襲い掛かる。スレイプニルもレイの放つ殺気に気が付き体を起こして回避しようとするがレイの放つ一撃の方が早く、剣の切っ先が喉元を掻き切り血飛沫が飛び散った。
「ヴィラ! ヒビキ! 撃て! アリアは防御魔法展開準備!」
「「「了解!!!」」」
その合図でヴィラと響が同時に上級魔法をスレイプニル目がけて一直線に飛んでいき直撃する。響が「フレイムエヴォルヴ」でスレイプニルの視界を遮ったその隙にヴィラが「フロストアローズ」という複数の氷の杭に近い大きさの矢を相手に放つ魔法で確実にスレイプニルにダメージを与えていく。
レイは一度後退して剣を構えたまま煙の中のスレイプニルの様子に注意していた。その隙にアリアが自分を含めた全員に防御魔法を全員に付与していき、ゴーレムを四体作成して一人ずつにサポート役として付けていく。
やがて煙が晴れるとそこには腹から血を流しているスレイプニルの姿があった。ただでさえ充血して赤い目をさらに赤くさせて鼻息を荒くして響たち全員を鋭い目つきで睨みつけ、前足を浮かせて三度雄叫びを上げてこちらへと突進してきた。
任務三回目にして、上級魔物との戦いの火蓋が切って落とされた。
次回は本当に戦闘描写書きます




