イレギュラーのお話。
あってはならないエンカウント
『なんだっ……こいつ!!』
「椿っ!」
「ぃよしきた!!」
本来、椿は一種の切り札である。
神族と言う強カードを早々切ってはならない、それは響たちの中で暗黙の了解となっていた。
だが今回、響は迷うことなくそのカードを手札から出した。
そうせざるを得ないほどに、目の前の得体の知れない人物はやばいと響が感じ取ったということ。
恐らく、今この場にはいないがアリアも同じような判断を下していただろう。
「やああああっっ!!」
椿は勢いよく響の体から飛び出し、謎の人物を蹴りつけた。
だがそれは寸でで掴まれて阻まれてしまい、椿は片手で放り投げられた。
『この程度か? 同じ神族として情けない』
「やはり……お主も……」
「椿、無事か?」
「ああ無事じゃ。そんなことよりヒビキ、お主よくあやつの気配に気付けたのぅ」
「多分、椿が中にいてくれたからだ。俺だけだったら死んでた。そんなことより、あいつ、神族なのか?」
『この私に向かって、あいつ、か。まぁよい、先制攻撃を仕掛けられた褒美だ、非礼を許そう。同族とやり合うのも人とやり合うのも久方ぶりだ。せいぜい楽しませてもらうとしよう』
そう言って、神族の人物は片手を上げて黒い球体を作り上げた。
その球体の魔力量は計り知れず、まともに食らえば恐らくひとたまりもないだろう。
仕掛けるタイミングはまだ分からない、が、誰を狙うかは分かっている。
『では、手始めに私に攻撃したそこの人間』
「………俺か?」
『ああ貴様だ。せいぜい上手く踊ってくれよ?』
そう言って神族の人物は魔法とも言えない魔力の塊を至近距離から響目がけて放った。
響は瞬時に転移しそれを回避、と同時に椿は響と自分を含む全員に防御魔法をかけた。
先ほどまで響が立っていた魔王城の廊下、魔力の塊がそれに触れると一瞬「バチィッ!」という音がしたと思えば今度はそれが膨張して爆発こそしていないが中々の規模で魔王城を飲み込むようにして「ボンッ!」と広がった。
防御魔法によって間一髪飲み込まれずに弾かれるようにして魔法の攻撃を免れた響たちだったが魔法同士が反発し合った衝撃で魔王城の壁を背で吹き飛ばしながら空中に放り出された。
僅かに空気が口から漏れながら響は爆心地を見た、ぽっかりと球形に魔王城の一部が跡形もなく消え去っていた。
まるで虚空に飲み込まれたかのように壁や床の断片一つ地上に落とすことなく、とてつもなく大きな何かに齧られたかのようにぽっかりと。
神族の人物は全員が空中に放り出されているのを確認したような行動をしたかと思った次の瞬間、転移も使わずに脚力だけで空中の響の前に現れ地面へと叩きつけるように蹴り飛ばした。
休む間もなく今度は椿を、グリムを、梓を、まるで空中に道があるかのように移動しながら次々と地面へ蹴り落としていった。
「がっ………はぁっ…………!!!」
防御魔法のおかげで吐血とまではいかなかったが凄まじい衝撃が背中から体全体に伝わり、一瞬の間、呼吸がままならなくなった。
響は地に背を付けながら次々と落下してくる他のメンバーと一人優雅に着地する神族の人物を見て確信した、格が違うと。
もしこれが他に何人もいたら?
もしこんなのが増援で来るとしたら?
今この場には敵味方それぞれ神族が一人ずついる計算になるため勝機はあるが、こいつらがもし他の大陸にまで行って戦闘を始めたら?
などの拭いたくても拭いきれないくらいの不安要素が一気に響の頭の中を駆け巡り、呼吸が荒くなって冷や汗がたれてきた。
『人間、貴様その左腕は義手か? なるほど、過去の戦場で負傷したか………それならば本来の力も出せるに出せまい。ならばせめてその右腕、他の誰かにとられる前にこの私が消し飛ばしてやろう』
そう言って神族の人物は先ほど魔王城の一部を消し飛ばした魔法を再びチャージし始めた。
「そうはさせん――――――」
『足掻くな』
一言、発した瞬間、光輪ががっちりと椿の体をホールドして身動きを取らせないようにしてしまった。
絶体絶命、響はまだ落下の衝撃で反応が鈍くなっている。
せめて体のどこかを犠牲にしてでも……そう思いながら寸前まで生き延びる術を模索していた響の眼前に、ある一人の人物が現れた。
「人造人形」
その人物が両手で地面を叩くと、神族の人物の腕のすぐ下の地面がもこもこと隆起し、人の形をした人形が何体も突き上げ、それに少なからず動揺したのか神族の人物は魔法をやや早めに放ってしまい、狙いも響を大きく外れて空へと飛んでいった。
「や、待たせたね愛しの彼氏君」
「あ、アリア先輩……!」
「もー、先輩はつけなくても良いって僕もう何回も――――――――って、言ってる場合じゃないね。立てるかい?」
「……はい!」
「うん、いい返事だ。それでこそ僕の惚れた相手だね」
アリアは響に手を差し伸べ、響はその手を取って立ち上がった。
幸いにも軽傷で済みまだまだ戦えそうだ。
目線を神族の方へとやると、アリアがスキルで作り出した人形たちを文字通り灰に帰していた。
『……小賢しい真似をする』
「そりゃどうも?」
『時に貴様、男か? 女か?』
「これでも女ですよ、一人称はまぁお気になさらず。この方がしっくりくるもんで」
『変わった奴だが、良い。お前、私とともに暴れる気はないか? お前は私と同じような目をしている……心のどこかで享楽を待ち望むような目だ』
「享楽……ねぇ………」
『この世界において最大の享楽は戦闘だ。お前はきっと世界を壊すにふさわしい狩人になれる。どうだ?』
「残念だけど遠慮しておくよ。僕の人生はもう、こいつと過ごすって決めてるんだ」
『そうか。残念だ、同じ女の身として分かり合えると思ったが』
「ああ、女性だったんだ」
『胸はある方ではないがな。それにしてもそうか、本当に残念だ。ではせめて直々に殺してやる』
「そりゃあ怖い――――――――でもね?」
あなたは殺す側じゃない。
アリアの発言の直後、神族の女性は背後から凄まじい殺気が自分に向けられていることに気が付いた。
振り向いた先には地面に叩きつけられていたはずの梓がいた。
鬼のような形相で、刀を一振り右手に持って居合抜きのような構えを取って神族の女性を睨み付けている梓。
神族の女性は血相を変えて回避行動をとったが、一瞬先に、梓の剣戟が女性の体に触れた。
梓の刀は、女性の左わき腹から肩甲骨周辺にかけてを切り裂き、おびただしい量の血液が辺りに撒かれた。
不意打ちによる大ダメージを受けて女性の顔が余裕な表情から一変、苦悶の表情に切り替わった。
「ナイス、アズサ」
「先輩こそ、引きつけありがとうございます」
『貴様ら………!!』
「おいおいまだたった一発だろ?」
「こっちはまだやり返しただけですよ」
アリアは魔法で氷の剣を、梓は構えていた刀を、それぞれ持って神族の女性に切っ先を向けた。
「「かかってこい!!」」
二人の言葉はこの戦争中で最も力強く、かつ最も相手を挑発した言葉となった。
神族の女性は笑いながら傷を回復させ、体に付いた土埃などを払って梓とアリアを見た。
『面白い……そうでなくては!』
神族の女性は、今度は構えを取って響たちに向かって行った。
久しぶりにアリアと梓を喋らせた気がする