演説のお話。
この量を書くのは久しぶりだ
イグニスが単独行動をする少し前、アラームが鳴った頃。
「………侵入されたのはいいとしても、まさか来ているとは」
『アザミ様』
「分かっています。総員迎撃フェーズに移行。必ず殺しなさい、殺せなくても手負いの状態にさせなさい、いいですね?」
『はっ!』
魔王城玉座、そこでアザミは臣下たちに指示を出していた。
アザミはまだそこまで焦ってはいない様子だったが明らかに不機嫌ではあった、女神ともあろう自分が敵であるグリムたちの潜入にアラートが鳴るまで気づかなかったという屈辱を味わっているからだ。
しかも自分の管理している種族にだ、プライドの高いアザミとしてそれは許されざる事実だった。
「……クシャナ警備隊長! どこにいる!」
クシャナを呼ぶアザミだったがクシャナは一向に現れない。
アザミは不審に思って玉座から立ち上がって王室の扉の前まで歩き、扉に手を伸ばした。
扉を開けようとしたその時、カチャリと扉の方が勝手に開いた。
アザミは半歩後ろに下がって扉が完全に開くのを待った。
『失礼します。警備部隊隊長、クシャナ・ベル・リオーズ、入ります』
「誰かと思えば……ちょうどいいタイミングで来てくれました。話があります」
『僭越ながら、私もお話が―――――』
そこまで言ったところで、全方位からイグニスの声が聞こえてきた。
何が起こったのかと困惑する二人だったがイグニスの声は続く。
イグニスの『タダイマ』という声を聞いたアザミはギリリと下唇を噛みしめた。
△▼△▼△▼△
『騒然、トイッタトコロカネ?』
イグニスは拡声石を口元に当てて城に寄せられる視線を感じながらカカカと低く笑った。
魔族たちはいきなりのイグニスの登場にどよめき、そこには階級など関係なく奴隷だろうと一般市民だろうと分け隔てなく同じ感情を持って魔王城の方を見ていた。
城の中では第七階層で戦いを繰り広げていたグリムたちだが、イグニスの声が聞こえた途端敵味方関係なく一時攻撃の手を止めた。
「この声……」
『まさか………イグニス様が、お戻りに……!?』
『クシャナ隊長の言ったことは本当だったのか!』
「クシャナ……」
響はその名前に聞き覚えがあった。
かつて自分と賢介が一緒に潜入した時に魔族の女性を拉致して色々と話をした記憶が確かに響の記憶の中にあった。
その時の魔族の女性の名が確かクシャナだったなと響は思い出し、そのクシャナが言っていたこととはもしかしたらあの日あの時、響と賢介が交渉をした内容のことなのかもしれないと推測した。
もしその推測があっているのであれば、問題はクシャナがどう判断を下したのかだ。
理想形はアザミ打倒に協力してくれるというルートだが実際どうなのか全くわからない。
もはやここまで来たら祈るほかない。
そう思っていると警備兵たちは途端に剣を下ろして戦闘状態を解除、警備兵の内の一人がグリムたちに話しかけた。
『……お前らに、一つ交渉を持ち掛けたい』
△▼△▼△▼△
『随分ト、我ガ不在ノ間ニ景色画変ワッテシマッタヨウダナ。嘆カワシイ。同族ガ同族ヲ虐ゲ、見下シ、己ガ強欲ヲ満タスコトシカ頭ニナイ……カ』
イグニスは息を吸った。
『コノ……………大馬鹿者共!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 貴様ラ、貴様ラ! ソレデモ! 同ジ種族ノ仲間カ!!! 家族カ!!! 情ケナイトハ、恥ダトハ思ワナイノカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
これまで聞いたことがないほどの怒号、叱責、痛切な叫び。
紛れもない、彼の本心からの言葉だった。
イグニスの言葉に国民たちはハッとし、今の自分たちのことを客観的に捕らえた。
年端もいかぬような幼子がやせ細りボロボロの衣類を着ている様子、高飛車で傲慢な私利私欲にまみれたものが階級的に下の身分の同族を首輪を繋いであられもない姿で外を歩かせている様子、市街地だというのに返り血で真っ赤になってやつれている冒険者がうろついている様子、ただ裕福だという理由で市民に暴力を振るい罵詈雑言を浴びせている様子などなど。
かつての魔王大陸からは考えられない阿鼻叫喚の地獄絵図がそこには広がっていた、まるでディストピアだ。荒廃してしまっている世界そのものではないか。
イグニスは尚も国民たちを叱った。
『我ハ、貴様ラノコトヲ誇リ高キ種族ダト信ジテイタ。ソレダドウシタ、イキナリ現レタ他種族ノ売女ニタブラカサレテスッカリ脳髄マデ洗脳サレオッテ………今ノ貴様ラノ姿ハ! 過去ノ貴様ラニ誇レル姿ニナッテイルカ!!!? 今ノ魔王大陸ナド、現在起キテイル戦争ナドセズトモ、放ッテオケバ勝手ニ廃レテイクダロウ……』
イグニスの言葉通り、魔王大陸の現状はアザミの支配に怯えて萎縮し酷いものとなっていた。
奴隷に首輪をつけてリードを持っていたものはその手を離し、子供に暴力を振るおうとしていたものはその手を寸前で止め、口喧嘩をしていた者たちは黙った。
皆、同一のワードに強い反応を示していたのだ。
『現在起キテイル戦争』というワードにだ。
『ナンダ、ソノ顔ハ。アァソウカ、ヤハリ知ラナカッタノカ、我ガ敬愛ナル国民タチヨ。ナラバ教エテヤロウ!! 現在、コノ魔王大陸ヲ制圧スベク、魔族ヲ除ク全テノ種族ガコノ場所マデスデニ攻メテキテイルノダ!!! シカモ軍ハモウ魔王大陸ノ地ニ侵入シ、魔王城ニモ攻メ入ッテイル!!! ソシテコノ事実ハ、アザミノ手ニヨッテ隠蔽サレ、貴様ラニ知ラレナイヨウニナッテイル。今、証拠ヲ見セテヤロウ』
そう言って、イグニスは右手に魔力を込めて一本の赤黒い槍を作り出した。
イグニスは槍を強く握りしめて大きく振りかぶってそれを天高く投げた。
赤黒色の槍は凄まじいスピードで一直線に飛び、空中で見えない何かにぶつかった。
次の瞬間、空に大きな亀裂が走り、槍は空を穿つようにその何かを貫いた。
槍はそのまま天高く突き進み、空に走る亀裂は数を増して大きくなり、やがてバリンと音を立てて割れ、その破片は粉々になって地上へと降り注いだ。
辺りを見回すと先ほどまで見ていた風景から一変し、森は焼け、魔物たちの死骸が転がり、一部では炎が上がっているという有様に早変わりした。
魔族たちは絶句した。
無理もないだろう、突然目の前が焦土と化していたのだから。
『貴様ラハ、コノ惨状ガ起コッテイタニモ関ワラズ、知ラサレテイナカッタ。何故カ、アザミガ故意ニ隠シテイタノニ他ナラナイカラダ。大方、他ノ種族ガ勝手ニ攻メ込ンデキタトイウ既成事実デモ作ロウト思ッタンダロウ。民ガ犠牲ニナルト分カッタ上デ』
いつしか国民たちは自分の行動の全てを注視してイグニスの話を熱心に聞いていた。
ほんの最近まで、自分たちを導いてくれた偉大な王。
その人物が熱く語っていることに、皆釘付けになっていた。
『民ヨ! 我ガ敬愛ナル国民タチヨ!! コノヨウナ自国ノ民ヲ虐ゲ、蔑ロニスル者ニ、果タシテコノ種族ノ未来ヲ託シテイイノカ!? 今日マデノヨウニ、人トシテ扱ワレナイ日常ニ戻ッテモイイノカ!?』
そのイグニスの問いに一人の奴隷女性が悲痛な声を上げて『嫌だ!』と叫んだ。
それを皮切りに次々とこの地獄のような廃れた日常はもう嫌だという声が割れんばかりに聞こえてきた。
『ナラバ民タチヨ! 我ガ再ビコノ魔王大陸ノ王トナッタ暁ニハ! 諸君ラノ生活ヲ、元ノ平穏デ、幸福ナ者ニ戻シテミセルト! 今コノ場デ誓オウ! ソノタメニハコノ城ノ玉座デフンゾリ返ッテイルアノ無法者ヲ倒ス必要ガアル!! 皆、コノ国ノ………イヤ、魔族ノ平和ノタメニ、力ヲ貸シテハクレナイダロウカ!!!!!!』
その瞬間、辺り一面から空気を震わせてビリビリと肌で感じれるほどの雄叫びと歓声と賛同の声が響いた。
イグニスは国民たちの声を聞きながらホッと安堵の笑みを浮かべていた。
『諸君ラノ想イ、確カニ受ケ取ッタ。デハマズ手始メニ、前魔王権限デ階級制ヲ廃止スル!』
その言葉で今まで奴隷として散々な扱いをされていた者たちが一気に反旗を翻して飼い主をボコボコにした。
そこだけ見るとパッと見内乱状態だが、ある種正当な暴力である。
言ってみるならば罰が当たった、といったところだろうか。
事実、待遇をよくされていた奴隷たちはそのようなことをしておらず、むしろ怯える者すらいた。
イグニスはその様子を見てケタケタと愉快そうに笑っていた。
『喧嘩ッ早イナ貴様ラ!!! ソレデコソ俺様ガ愛シタ魔族ダ!!! ナラバソノ衝動、アノ阿呆ニブツケテヤレ!!!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『反撃ノ狼煙ヲ上ゲロ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 我ラガ平和、取リ返スゾ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
この日、魔王大陸は本当の意味で一つになった。
よしよし、なんとか一週間以内