侵国のお話。
「響! そっち行ったぞ!」
「了解!! 聖也はアリア先輩とあっちに加勢して!」
「よし来た!」
「竜族の兵たちは正面へ! 人族の兵たちはその補助をしろ!」
「獣族も竜族と一緒に突っ込め!」
「妖族の兵たちよ、広範囲に展開した後に全軍のバックアップと治療に当たれ!!」
朝早い時間から響たちは戦っていた。
魔物の大群が早朝に押し寄せ、それに対処していたところへさらにおかわりと言わんばかりに複合魔物たちが雪崩れ込んできていた。
しかしイグニスが複合魔物たちを一人で抑えて配下にしてさらに戦力として使っているため昨日よりはかなり被害が少ない、それどころか複合魔物たちはイグニスの命によって魔物たちを取り込み自信を強化していっているためどんどん駒が増えていっている。
順調、実に順調だった。
「ゼノ、そろそろ突撃するか?」
「……そうだな、頃合い、か」
「よし」
あらかた魔物たちを殲滅し終えた頃、勇者たちは各部隊にこう伝達した。
これより二時間後、魔王大陸に突入する、と。
いよいよかと思った者もいた、もうかと驚く者もいた、高揚感に武者震いを隠せていない者もいた。
言わずもがな響たちは高揚感を感じる類の人種だった。
無論怖さもある、一体どんな罠が待ち受けているのか全くと言っていいほど想像がつかない、あのアザミがいる本拠地なのだからそう思うのも当然だろう。
しかし響たちには彼女の目を無理やりにでも覚まさなければならない。
ここに響たちが転生してきた意味、それは魔王を倒してこの世界を救うこと。
そして転生させた張本人が倒すべき存在に成り果ててしまっては彼らに出来ることは彼女を打倒すことしか他ない。
「休息をとれるものから随時休め! 怪我人は今の内に治療に専念しろ!」
勇者たちの中でリーダー格となっているグリムの指示によって兵たちは傷の手当てやしばしの休息を開始した。
医療班は迅速に怪我人に対応しまだまだ魔力にも余裕がある様子だった、この調子ならばさほどの損害なく魔王大陸へと突入できるだろう。
あらかた魔物を殲滅し終え、複合魔物の増援も来なくなった頃ようやく響たちや兵たちの呼吸が落ち着いた。
魔王大陸へ入るまで残り一時間、最後の調整が各部隊で行われた。
傷の手当てをする者や備品の確認をする者、魔法の発動の調子を確認する者や武器の手入れをする者など様々、軽い食事をとっている者もいた。
「そろそろ人王大陸の第二陣が準備を終えている頃だな、もう警備の手は回っているといいのだが……」
「ま、俺らは信じることくらいしか出来んだろ姉御。俺たちは俺たちの役目を果たすだけだ」
「賛同する。今は眼前の敵を倒すだけ……振り返らない方が良い」
「……それもそうか。ところで、さっきからスラインの様子がおかしい気がするが気のせいか?」
「ああ、あいつはちょいと昂ってるだけだから心配しなくていいと思うぜ。狂化状態にでもなってんじゃねぇの?」
「確かあいつは元々そういうやつだったんだったか?」
「かなりのな。俺もあいつもまだ勇者になる前に一回戦ったんだが、中々にイカれてたなありゃ。だから久しぶりに会った時に気持ち悪くて仕方なかった」
「ほう? そこまでか、一度手合わせしてみたいものだな」
グリムたちが話しているところへ、一人の伝令兵がやって来た。
格好から見るに恐らく妖族の兵だろう。
「勇者様方、お話し中申し訳ございません。一つ報告が」
「む、どうした?」
「先に偵察に行った兵から連絡で、魔王大陸の街にはまだ一般市民たちが通常通りの生活をしているそうです」
「……おかしいな。普通こんだけ近くでドンパチしてたら気づくだろ異変に」
「アザミが何かしらの防音策を施している可能性があるか……なんにせよ、行ってみないことには分からない、か」
「そうだな。報告はそれだけか?」
「はい」
「うん。ならご苦労、刻限まで体を休めてくれ」
「はっ! 失礼します!」
伝令兵は綺麗にお辞儀をしてその場を去っていった。
グリムたちもしばしの休息として軽く保存食などを食し、空腹を満たした。
スラインもようやく落ち着きを取り戻したようで「お恥ずかしい」と言っていた。
久方ぶりな気がする休息に兵たちはひとときの安らぎを覚えていた、いつの間にかイグニスの姿は見えなくなっていたがまあその内また出てくるだろうと気にする者はあまりいなかった。
実際イグニス自身もあまり構われたくないだろうし一般兵たちも委縮してしまうかも知れないからこれはこれでいいのかも知れないが、姿が見えないというのはいかんせん不安が少なからず残るというもの。
ここに感知に優れた凪沙がいればいいのだが響たち三人以外の転生者は第二陣の方で待機中なため支援は受けられない。
別に、転移を続ければいいのだがそこまでの事でもないため今はいいだろう。
全くもって魔法というものは便利である。
そして出撃再開の時間が来て、種族ごとの勇者たちに各部隊の隊長たちが各部隊員の状態や欠員などを事細かに報告し、グリムら勇者たちはそのことを吟味して出撃するか否かを判断した。
幸いにも何も問題が起こっているわけでもトラブルが発生しているわけでもなかったため事前の予定通り魔王大陸への進行を決定させた。
「これより、全軍進行を再開する!! 目標は魔王大陸! その王城でふんぞり返っているかの悪逆の女王を我らの手で打倒すぞ!!! 皆のもの! 覚悟を決めろ!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
雄々しく気高く、やる気と覚悟に満ちた兵たちの声が辺りを包んだ。
空気が震え、環境そのものが武者震いしているような、それほどの咆哮だった。
勇者たちが先導して駆け、兵たちはその後に続いた。
焼き払われた森を抜け、辿りついたは宿敵のアザミがいる魔王大陸。
かつて響たちが侵入した時に会ったスラム街の民たちは一体何事かと声すら出ないほどに驚愕していた。
まさに驚天動地、この驚き方から察するにやはりつい先刻まで繰り広げられていた戦争の音には気づいていなかったらしい。
ならば、この大群で攻めてもただの侵略行為になるだけ。
そこで、グリムたちは主力部隊として魔王大陸中枢へと入ってアザミを討ちその他の兵たちは魔王大陸の周りを囲むようにして展開し一般市民たちなどを逃がす役割とグリムたちのサポートを担うこととなった。
「イグニス。イグニスは何処にいる?」
『此処ニ』
「よし、いつ来たかは全く分からんが今はいいとしよう。このスラム街を超えたら魔王大陸の街だ、出来る限り市民は傷つけるな。私たちの目的はあくまであの城の中の奴だけだからな。分かったかみんな?」
響たちは「了解!」と力強く返事をし、グリムはスラインたちとも確認し合って突入するタイミングを見計らった。
『タイミングヲ見計ラウ、ノハイイガ、ドウヤッテ突入スル気ダ?』
「まぁ………見ていろ」
グリムはじっと前方を見て動かなかった。
目を細めて息を殺し、長距離射撃でもするかのように。
そして―――――
「今っ」
グリムは指先に小さな魔方陣を展開して何かを放った、それは一直線に何にも遮られることなく魔王城の城門にピタリとくっついた。
門番たちはそれに全く気が付いていなかった。
ちょうど、瞬きのタイミングが重なっていたからだ。
「とりあえず、マーキングはつけられた」
『……転移ノ印カ。ナルホド、普通ニ転移スルヨリモ自分ノ魔力ヲ何処カニマーキングシテオケバワザワザ転移先デ魔方陣ヲ出現サセル必要ガナイカラカ』
「そんな使い方があるのか………」
『………知ラナカッタトハ』
「まぁ、私もつい最近知ったからな。イグニスに教えてもらうまで知らなかったし」
「いつの間に……」
『気紛レダ。ダガ何故アレホドマデニ焦ラシタ? 気ヅカレナイヨウニスル、トイウ理由ダケデハ成リ立ツマイ?』
「………もしも私たちの存在が露呈すればアザミは間違いなく市民たちすらをも戦わせるだろうし、最悪魔王大陸すべてを使って私たちを殺しに来るはずだ。それだと多くの罪のない命が失われることになる、それは私としても本望ではない。だから―――――」
グリムは話の途中で転移魔法を発動、城門前に移動し、ナイフで門番の首元を音もなく切り裂き血液が飛び散らないように「ニュートンの林檎」で空中で固定、死体を壁ギリギリに張り付かせて自分たちも壁に張り付くように横に並んだところでグリムが話を再会させた。
「―――――私たちはこれから、アザミを暗殺する」