戦争人のお話。
うーん……
「どこほっつき歩いていたんだ、お前は」
『別ニドコデモ構ワンダロ? ソレヨリモ、アレヲ処理スルノガ先決ダト判断スルガネ』
「……力を貸してくれるってことでいいんだな?」
『モトヨリソウイウ契約ノハズダ、グリム・メイガス。戦力トシテ俺様ガ加ワルト』
「基本的な指示になら従うんだよな?」
『アア』
イグニスが現れたから数秒で複合魔物たちはたじろいでいた。
突如として登場した謎の男の圧倒的な威圧感や気配に怯み、これではまるで子犬ではないか。
もはや彼の前では猛威を振るった複合魔物などただのペット同然なのだ。
『ホォ? ナカナカ大人シイデハナイカ』
「あの複合魔物たちを気迫だけで………これが、元魔王のカリスマか」
『カリスマナドデハナイ。コイツラガ利口ダッタダケダ』
イグニスのことを知っているグリムたちや元魔王軍幹部の者たちは良しとして一般兵たちは一体フラッと現れたこの人物が誰なのかよく分かっていないものが多かった。
だが妖族の兵たちだけはかつて自国の果てで繰り広げられたあの戦いを覚えていた、故に完全な敵意をむき出しにしていた。
『ム? 何ヤラ殺意ヲ感ジルガ……妖族ノ兵カ』
「剣を収めなさい」
「ですがスライン様……この男は……」
「剣を収めろ、烏合共」
「っ………承知しました」
妖族の兵たちはスラインの気迫に押されて渋々武器を下げ、イグニスは叱責した時のスラインの顔を見て大変興味深そうにそんな顔も出来るのかと言っていた。
スラインはすぐに普段の顔に戻りあまり見ないくれとイグニスに苦笑交じりに言った、スラインとしてもイグニスが現れただけでもことがややこしくなるのにこれ以上自国の兵たちにややこしくされてはたまらないのだろう。
勇者たちは集まり、イグニスのことを兵たちに伝えた。
彼が今は魔王の地位におらず、アザミに復讐を誓い、それを達成するために我々に力を貸してくれることになり、大抵の命令には従ってくれて、魔王大陸へのパスにもなってくれる、その旨を伝えた。
無論、これで全兵が納得するなどとは夢にも思っておらず皆が納得するには時間がかかるだろう。
多少の語弊があるかもしれないが時間短縮のために聞こえなかった兵たちには兵から兵へと伝えるリレー方式で情報を流した。
きっといくらかの情報伝達ミスが見られるだろうがそこは致し方ない、インターネットなどこの世界にはないのだから。
ひとまずイグニスが味方だということが伝わればいいのだ、他の部分に関してはその都度訂正していくほかあるまい。
そうなれば次なる問題はすっかり大人しくなったこの複合魔物たちをどう処理するかだ、変に抵抗されればまた大きな損失を背負うことになりかねない。
また椿に力を貸してもらうのも一つの手として有効だがあまり頼りすぎるのも良くない、彼女の力は正念場の時に、絶対に失敗できないときではないと使ってはいけない気がする。
『……ドレ、チョット待ッテロ』
イグニスは前に出て一か所に複合魔物たちに集まるように命じた、本当ならば主従関係などないため言うことを聞くはずないのだが複合魔物たちは脅されているかのようにびくびくと体を震わせて従った。
イグニスは複合魔物たちの頭に手をかざして何やらブツブツと唱え始めた、その声は普段のイグニスからは想像もつかないような酷く繊細で小さくか弱い声だった。
それほど集中しているのだろうか、その場所だけ空気が違った。
やがてイグニスは息を吐くとその頃にはすっかり複合魔物たちは文字通りひれ伏していた。
『ヒトマズ、コイツラヲ「飼イ犬」ニシテオイタ。移動手段トシテ使オウガ戦力トシテ使オウガ好キニシロ』
「……何をした?」
『チョットシタ洗脳ダ。俺様ガ死ヌカ洗脳ヲ解除シナイママナラ、コイツラハ一生言ウコトヲ素直ニ実行スル』
軽々と、とんでもないことをしたものだ。
プログラムのソースを書き換えるように、荒々しい理性の欠片も持ち合わせていないような生物兵器たちをほんのわずかな時間でパブロフの犬に成り下げた。
これがスキルなのか魔法なのかは分からないが少なくともおいそれと簡単に出来るようなものではないだろう、かなり精密な魔力コントロールと集中力を必要とするはずだ。
なのにイグニスは息を吐くように当然とやってのけた、グリムが命じたわけでもなくただそうした方が良いだろうという理由で。
「はぁ……全く、うちのメンバーといいお前といい、ほんとに頭が痛くなる」
『フハハハハハ!! 苦労人ダナ貴様モ!!!』
「あー……グリムの姉御よ。ひとまず兵たちは眠らせた方が良いんじゃねぇのか? 見張りはこいつに任せてよ」
「それもそうだな。よしイグニス、敵が来たら知らせるか迎撃してくれ」
『イイダロウ。請ケ負ッタ』
その晩はイグニスを主戦力として急きょ組み込んでの編成で夜の見張り番たちが交代で再び防御障壁を張り巡らせて大勢の命を預かることとなった。
兵たちは何処か不安感の残る中寝床へと付き、結局その日はそれ以降何もない静かな夜だったそうな。
思いのほか安眠できたという喜ばしい報告もあったそうでグリムたちもその日はあまり疲れを持ち越すことはなかったらしい。
そして次の日、二日目の戦争の朝が来た。
急ぎ足になってしまったので少しグダグダになってしまいました、すみません。