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異世界二重奏は高らかに  作者: 羽良糸ユウリ
第九章:世界の命運が握られているようです
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格の差のお話。

妾じゃ

 「ヒビキっ!」



 グリムは響のもとへと駆け寄った。

 ドクドクとおびただしい量の血液が響の腹部から流れ出ており、このままでは仮に止血できたとしてもその頃にはすでに響は息絶えているだろう。

 それに臓物や骨が見え隠れしているこの喰いちぎられたような傷跡をどうするか、人体の肉体を一から再生させるような魔法がないわけではないがこの場にそれを扱えるだけの者がいるかどうか。







 ―――――リィン








 「退け。妾がやる」



 





 その時、鈴の音と共に気配なく椿が顕現した。

 椿は響の傷に手をやると息を吐きだして「ぬん!」と声を出して力を込めたかと思うと、あれよあれよという間に響の傷がまるで巻き戻しされているかのように綺麗に元通りになった。

 兵たちが文字通りの神技に絶句していると椿は己の爪を直したばかりの響の腹部に当てて爪でツツツと短い切り傷を付けた。

 


 「誰でもよい。この傷を治せ」

 

 「は、はい……」



 人族の兵が新たに椿によってつけられた響の傷を魔法で癒し、治療して今度こそ完全回復させた。



 「これでひとまずは大丈夫じゃろ」


 「あなたは……確か神族の……」


 「椿じゃ、グリム・メイガス。覚えておけ。して………あの犬ッころはなんじゃ?」



 椿はスッと彼方を指差した。

 そこには口元を真っ赤に染めた真っ黒い魔物がじっとこちらを見つめていた。

 肌は黒々としていて筋肉がむき出し、骨や血管も見えており一つとしてきちんと皮膚が機能していないおぞましい体の狼型の魔物。

 先ほどの複合魔物が崩れ去って変異した結果の産物、第二形態と言ったところだろうか。



 「新種の魔物です。アザミが新たに作った物かと」

 

 「アザミ……あぁあの時の。なるほどのぅ、あんなのにやられたのかこやつは。まだまだよのぅ」



 どこからともなく取り出した黒と紫の扇をパタパタと仰ぎながら気を失っている響を蹴りながらそう言った。

 竜族や人族はいきなり出現した椿に動揺を隠せずまだ整理がつかないのか誰も椿の話題に触れることを暗黙の了解のようにはばかられてしまっていた。



 「とりあえず今厄介なのはあやつってことじゃろ? 見たとこ六匹程度か? ならすぐじゃな」


 「いえ、それが動きが早く肉眼では中々捕らえることが出来ません。響もそれでやられました」


 「ふぅん………」




 複合魔物はこちらの会話などどうでもよく攻撃を仕掛けるタイミングもあちら次第。

 故に今、たった今、複合魔物は先ほどの速度と同等の速度で椿へと駆けた。

 その道中、風圧によって兵たちが吹き飛ぶほど、それほどの速さで迫りくる複合魔物を椿はどうしたか。

 







 「こんなものか?」







 椿は幼い子供の手で複合魔物の顔をがっしりと掴んだのだ。

 動きを容易く見切って予測して開いた片方の手で欠伸をする余裕さえ見せつけて響さえ反応することが出来なかった攻撃を受け止めた。



 複合魔物もトップスピードが捉えられるとは思っていなかったのだろう。

 ガクンと体が急ブレーキを強制的にかけられて止められる感覚に思考が一度ストップした。

 しかしすぐに復帰、だが遅かった。



 椿は手の平からゼロ距離で光の杭を作って複合魔物の顔を貫き、複合魔物はしばらくビクンビクンと体を跳ねさせたと思うと全ての筋肉が失われたかのように体をダラリとさせた。



 複合魔物の体は生命活動を終えるとサラサラと砂のように体組織を崩壊させて後には血液すら残らなかった。

 椿は響の頬をペチペチ叩いて意識を呼び戻そうと試みたが一向に戻らず、最終的には治ったばかりの腹部を蹴りつけて無理やり意識を呼び戻した。



 「ぐふっ!?」


 「ん? 起きたか? いつまで寝とるつもりなのじゃお主は」


 「あ? 椿? なんでここに……てか出ていいのか?」


 「別によかろう。妾が許す」


 「そりゃ自分の事だからな……傷はお前が?」


 「他に誰がおる?」


 「……アリア先輩ならあるいは。とにかく助かった」


 「ほほほ、もっと褒めるがよいぞ」


 「調子乗んな」



 響は立ち上がって辺りを見渡した。

 どうやら梓はまだ持ちこたえているようだがどちらも硬直状態のためまだ何とも言えない、すぐにでも増援に向かった方がよろしいだろう。

 そして他の複合魔物だがどうやら全て第二形態へとシフトチェンジしているようであちこちで猛威を振るっておりアリアや影山も他のところへと増援に向かっていた。



 一般兵たちは無残に殺され基本的には腹が喰いちぎられている状態で死んでいた。

 その数はとてつもない勢いで増えていき防御魔法を何重にもかけてもすぐに破られてしまっていた。



 「椿! 力を――――」

 

 「貸せと言うんじゃろ? おーるおっけーじゃ! ここいらで景気づけにパーッとやってやろうかの!」



 椿は扇を口元に当てて急に真面目な口調ではっきりとこう言った。

 「傅け」と。




 瞬間、複合魔物たちはピタリとその行動を同時に止めた。

 寸分の狂いもなく、僅かな迷いもなく、そして振り返った。

 誰に、そう彼女に。

 可憐な風体の神様のような化物の神に。




 「うむ。しつける手間が省けて済む。では……()()




 椿の言葉の通りに複合魔物たちは椿の元へと集まった。

 椿は眼前に集まった五匹の犬を眺めてさぞ嬉しそうに顔をニタニタさせて指を一つパチンと鳴らした。

 すると複合魔物たちの首が饒舌に血を噴き上げて一斉に落ちた。

 ピアノ線で絞殺されたように綺麗に。




 「ほい、終わりじゃ。後は残党だけなのじゃろ? なら妾は少し寝る、響」


 「……あぁ。お疲れ」




 椿はそうして何事もなかったかのように響の体内に戻っていった、彼の精神の、魂の中に。

 残るは悪態着いた狂犬のフンを片づけるだけの簡単なお仕事。

 すぐに終わる。



 「壊級………フレア・ノヴァ」



 響は空中に手をかざして空に魔方陣を描いた。

 それは妖族の軍や獣族の軍からも見え、未だになりを潜めている海王族の目にもしっかりと見えた。

 響は手首を軽く曲げると一つの火球が降った。

 


 それは魔物の大群の中ではなく魔王大陸よりの森の中へと降った。

 火球は地に触れた、その瞬間目の前の何もかもが燃えた。

 それはまるで地獄のように、それはまるで天使がラッパを吹いたように。

 瞬く間なんて遅すぎるほどに劫火は全てを飲み込み平らげ食らい尽くし、役目を終えると煙のように掻き消えた。




 「相変わらず無茶苦茶な……」


 「でもいいでしょう? グリムさん?」


 「ああ、全くもって最高だよ。全軍に告ぐ!!! 道は開けた!!! 歩を進めよ!!!!!」



 急展開の連続に兵たちの中には少しばかし声を上げるのを躊躇った者もいた、だがその考えに至った全員が諦めた。

 何故か、と問われれば恐らく十人中十人が同じことを言うだろう。







 「どうせまだあるんだろこういう展開」と。








 半ばやけくそに近い雄叫びが魔王大陸のすぐそばで響き、それはほんの僅かではあるが魔王大陸に住まう民たちにも聞こえたという。

 しかしこのまま進んで一気に本拠地にというわけにもいかない、少し歩を進めたところで前線を凍結させて防御魔法を何重にも張り巡らせた上から更にがちがちに固めて交代制でバリケードを作ることにした。

 向こうからの動きも特になしのこう着状態、その間にグリムたちは補給を取った。



 腹が減っては戦は出来ぬとはこのこと、休息はどんな事象にだって必要不可欠なもの。

 先ほどまで魔物がうじゃうじゃいた戦場とは思えないほどの和やかさ。防御魔法のさらに前に魔法で土の壁も作ってまるで塹壕戦のような雰囲気となっていた。



 それでもまぁつかの間の休息に自然と兵たちの顔も緩む、いつしか談笑する声さえ聞こえてきた。

 そして遅れながらもハイラインたち獣族組が到着、それから少し時間が開いてスラインたち妖族組も到着した。



 かなり濃密な一日だったがまだ戦が起こってから二十四時間経っていない、それでこの疲弊感はこの先大丈夫だろうかと勇者たちは心配するが、今のところは何とか大丈夫そうだ。











 時は過ぎ、やがてあの時間帯がやって来た。

 魔法でも何でもない、ただの自然現象。

 すべてを包み遮り、不安感を募らせるあの時間が。










 夜が、来た。

進んでそうで全然進んでないっていう

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