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異世界二重奏は高らかに  作者: 羽良糸ユウリ
第九章:世界の命運が握られているようです
171/221

竜化のお話。

遅れましたすみません

 「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 けたたましい雄叫びと共に魔物と竜王大陸軍が真正面からぶつかった。

 兵たちの剣と魔物たちの牙や爪がぶつかり合う鈍い音や血が噴き出て肉が切り裂かれる潰れたような音、魔法や獣の方向などによる轟音。



 人と魔物が戦うのであれば一般の冒険者たちでもこの位の事は経験しているが何せ規模が全く違う、恐らく生涯を平和に暮らそうと思っている人ならばまず聞かないであろう様々な騒音があちらこちらから聞こえてくるその様はまさに「戦」そのもの。



 しかし――――――。



 『……手、抜いてるでしょ』


 「………」



 ゼノはまだ聖戦武器を一度も使っていなかった。

 否、使えなかったのだ。



 聖戦武器は一般的な武器の類とは違って一度起動する必要がある、そう語り継がれてきていた。

 パソコンを買ってキーボードを叩いても何も反応しないように、今の聖戦武器には要するに電源が入っていない状態と同じなのだ。


 なら電源を繋げばいいじゃないか、そう思うのがセオリーだろう。

 だがその電源の入れ方が分からなければそうすることも出来ない、いわば機械音痴の人に精密機器を説明書無しで使えと言っているようなものだ。

 別にゼノが武器の扱いに不慣れなわけではない、むしろ彼自身コレクション感覚で様々な大陸の武器を買ったりしている、故に一目見たり手に取ったりすればどう扱うのが最適なのか直感的にある程度分かる。




 しかしこの聖戦武器は違った。

 ゼノはうんともすんとも言わないこの武器に戦闘とはまた違った角度で苦戦していた。



 『ねー、なんかさー、弱すぎない? 全然熱くならないんだけど』


 「知ったことか………」


 『ちょっとー、会話続けようよーこんな状況なんだからちょっとは盛り上がろー?』


 「随分とよく喋るな。そうしないと死ぬのか?」


 『おぉ言うね。んじゃ、もうちょっとギア上げてくから付いてきなよ勇者様ぁ!!』


 

 フールは目をギラギラさせて魔物を従えて魔法をいくつか発射直前まで背に浮かべながら目標をゼノだけに絞って向かっていった。

 ゼノは表情一つ変えず装備していた聖戦武器を外して完全な無防備状態になってしまった、それを見たフールはスピードを落として警戒し先に魔物たちだけを向かわせた。

 




 ゼノが魔物に囲まれてあわや万事休す。

 しかしそんな時でもゼノは動じず冷静だった。

 瞬間、ゼノが魔物たちに覆い尽くされて姿が見えなくなった時、ゼノが立っていた場所からとてつもない衝撃波が生まれた。



 それはゼノを覆い尽くしていた魔物たちを全方位に吹き飛ばし、その圧倒的な威圧感は周囲で戦っている兵たちはおろか魔物たちそしてフールすらをも震え上がらせた。



 



 先ほどまで人の形を保っていたゼノ、だが今は違った。

 額から生えた一本の角、背中から生えた赤黒い鱗の付いた大きな翼、全身の肌は硬化し鱗のような筋も見えた。

 爪も伸び、目も金色に輝き黒目の部分が縦に猫目のようになっていた。



 以前フランが竜王大陸で響に言っていたことを覚えているだろうか。

 ―――――あれ? でも確か竜族の人って人形態と竜形態に自分でなれるんじゃなかったっけ?



 それが今だ。

 竜族の者たちは一般にこの姿のことを「竜化」と呼ぶ。




 『……ぃいね、そうでなくっちゃ』



 フールはまだ余裕を見せてはいるがその実足が若干震えていた、その震えに気付き自分で驚いていた様子で手で足を触って震えを止めようとしていた。

 その際に一瞬だけゼノから目を外してしまった、その一瞬、ほんの一瞬で、ゼノはフールの眼前から消え背後に悠然と立っていた。



 ゼノは一言も発さずにまだ起動していない聖戦武器をそのままの状態でフールに突き刺した。

 フールはまだ現状を理解していない中で襲ってきた腹部を貫かれる感覚に驚愕し、何が起こったのかをようやく理解してしまったがために激痛に襲われ吐血した。



 腹部から聖戦武器を引き抜いたゼノはぽっかりと空いた穴から大量の血液を出してその場にうずくまりもはや叫ぶことすらできないくらいに急激に弱ったフールを見下ろしていた。



 『うぁ…………ぁぁぁぁぁ………』


 「なんか、弱すぎないか? 全然熱くならんぞ」


 『ぅぅ………痛い……痛い、よぉ…………………! なんで………なんで私たちがこんな目にぃ……………………ぅぐ、ひぐっ……………!』



 フールはゼノの煽りにも反応せずに涙を流しながら激痛に身を悶えてそう言っていた。

 このまま放置しておけば間違いなく五分もしないで失血死によって死ぬだろう、今ならば一般人でも容易に殺せるはずだ。



 フールが呼び寄せた魔物たちもさほど強くはない、ただ数がとてつもないだけ。

 魔物の数は戦闘によって減った今でもまだ竜族の兵たちの倍はいるだろう、きっとまだ増える。



 ゼノはフールに回復魔法を当てて止血し、死の寸前で手を差し伸べた。

 フールは訳が分からなかった、何故敵を回復させる必要があるのだろうか、捕虜にでもするつもりなのだろうか。

 様々な考えが弱った頭の中でグルグルと回っていたがそのことゼノは知らないし仮に知っていたとしても気に留めないだろう。

 ゼノは回復魔法をフールの腹部に当てながらお姫様抱っこをして前線から引き離して後方で待機していた支援隊にフールを回復させるように伝えた。



 『ま、待って…………なんで…………助けたのさ………』


 「勘違いしているようだが、俺たちはそっちが他国に対する侵略を止めるためにやっているだけだ。殺すことが目的じゃない。それだけだ」


 『………………』


 「ゼノ様、グリム様たちが間もなく到着いたします。妖族の兵たちも移動を始めたようです」



 伝令兵がゼノにそう伝えるとゼノは再び前線へと戻った。

 フールはもう痛みが引いてきている自分のまだ回復しきっていない腹部を擦りながら複雑な表情をしていた。

 支援隊その回復魔法を担っている者たちは傷跡をあまり見えないようにと布を腹部へと被せてその上から回復魔法をかけていた。



 「痛くはないですか?」


 『………大丈夫。けど、なんで素直に治療してんのさ』


 「ゼノ様の指示ですし、私たちは特別あなた個人に妬んでいるわけでも恨みを抱いているわけでもありませんから」


 『理由になってるのか、なってないのか分からないね…………』



 フールは観念したのか大人しく回復魔法を施されていた。

 戦場の殺気だった空気の中、敵の軍の大将に命を救われたばかりかその部下に完全に回復されようとしている自分を名前の通り愚か(フール)だと思いながら、澄み切った青空を眺めていた。

目的はお前じゃない、お前の主だけだ。

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