敵情視察のお話。
魔王大陸へ
「……水無月、だいぶ前から思ってたんだがな」
「どしたー賢介、てか名字で呼ばれんの久々すぎる」
「凪沙の能力あるだろ」
「あるな」
「あれって完全に偵察向きだと思うんだがどう思う」
「そりゃお前……むしろそれが本職だろ。あれは」
「だよな。でさ、俺ら今魔王城いるだろ」
「いるな」
「普通さ、敵の本拠地にはアタッカーとかメイン盾とかそれこそ凪沙みたいなサポート役がいるのがゲームとかだとセオリーだろ?」
「ああそうだな」
「なのになんで俺ら今アタッカーだけで敵の本拠地にいるんだろうな……」
「……さぁな」
響と賢介の二人は魔王城へとたった二人で潜入していた。
他のメンバーは現在違う場所に居る、城の周囲にいる者や街の現状を見ている者などなど。
なぜこの二人だけが敵の本陣である魔王城に放置されてしまっているのか。
それは今から数時間前に遡る―――――。
△▼△▼△▼△
「うーん……まさかこんなことをすることになるとは」
「まぁまぁ、お金と命がかかっていると思えば。ほら、ご贔屓にって言ってたじゃないですか」
「いやまさかここまで直接的に脅されるとは思ってなかったですよ」
いつぞや一人で夜の竜王大陸の街を歩いていた時に響が出会った情報屋の女性はため息を吐きながらそう言った。
何故ならば、その女性の腰付近に響が拳銃を突き立てていつでも殺せる状態にあるからである。
事の発端は簡単に言うとこの人が魔王大陸への潜入の手助けをしてほしいという依頼を断ったからである、時間もなく報酬も用意していたため苦肉の策として響が主犯となったのだ。
この説明だけでは無茶苦茶な奴であるが響はこれでも勇者パーティーの一人であり決してならず者集団の一人というわけではない。
そしてその後ろを距離を取ってグリムたちが付いてきているという状態だ。
もし騒がれても後ろのグリムたちが二人を取り押さえて、事情を聞くという大義名分を、というよりは職権乱用に近い形で再びほとぼりが冷めるまで待つか人目につかないところでリスタートすることが出来るためこの体制になっている。
それ後の経緯は特に何もなかったため省略するが、結果的には無事に魔王大陸への入り口まで到着した。
情報屋の女性は「待っててください」と一言言って先に魔王大陸の中へと入っていき、数分して戻ってくると「どうぞついてきてください」と響たちを呼び、響たちは一応警戒しながら魔王大陸へと足を踏み入れていった。
「ここは魔王大陸の中でもとびっきり治安の悪いところでして、裏家業をやっている者しかいませんがその分誰も近寄りませんし認知すらされていませんのでこっそり入るには割といい場所なんですよ」
「それで、私たちは一体どこに向かっているのか」
「まぁ、現状でも見てってください。魔王大陸はもう廃れてますよ」
「………それはそうと、別にもう姿を見せても大丈夫だと思うよミスズさん」
「……凪沙?」
突如としてそんなことを言いだした凪沙に一同はざわついた。
そしてその言葉に呼応するように最後尾の何もなかったはずの空間から一人の姿がすうぅっと現れた。
その人物、それは竜王大陸に捕らわれていたはずのレイヴンの姿だった。
「なるほど、姿が見えなかったのはミスズが能力を使ってたからか。感知できたのは凪沙の能力故に、か」
「悪いな。私が勝手に連れてきた」
リナリアがそう言うとレイヴンは否定した。
『いや違う。私が頼んだんだ、どうにかして連れて行ってはくれないかと! だからリナリアを攻めるのはどうかやめてくれないだろうか。罪人の私が言っても意味がないとは思うがどうか――――!』
「ん? 別にいいんじゃねぇのか?」
「あぁ、何も問題ないと思うが。みんなはどう思う」
グリムの言葉に全員は言葉は違えど肯定の意を示した、そのことにレイヴンは驚いていたようだった。
響たちはレイヴンがもう厄介ごとを起こすようなやつではないと思ってるし、何よりここにはもうすでにかつての魔王軍幹部のメンバーが二人もいるのだ。
今更投獄された身の人物が一人や二人増えたところで何も変わらず、勝手に連れてきたからと言ってどうという問題ではないのだ。
レイヴンは頭を下げて『感謝する……!』と言った。
レイヴンが付いてきた理由は自分の贖罪のためらしい、かつての友の仲間を攻撃したりこのような魔王大陸の現状に目を背けてきた自分自身との決別のためにそして謝罪のためにアザミ政権を討伐したいと言っていた。
一行は情報屋の後について行くと門のある場所まで到着し立ち止まって「ここまでです」と言い出した。
「私の情報があっていればですが、ここから先はアザミの支配に置かれています。そのためより一層警戒が強まりますので私がご案内できるのはここまでなんです。あとはお仲間の方が詳しいと思いますので」
「今までは違うのか?」
「今までの場所は言うなれば魔王大陸の中で見捨てられた場所です。恐らくは魔王大陸にとって必要ないとアザミが判断したのでしょう。その辺は分かりませんが」
『ではここからは僭越ながら私が街の説明をしましょう、少しは役に立つかと』
『私とハーメルンもしばらくは帰ってなかったけどまだ顔は聞くはず、交渉とかはお手のものよ。ね、ハーメルン?』
『それこそ私の力の使い所だからな』
「よし。じゃあここまでで契約は終了だ。これは報酬だ」
「どうも、では私はこれで」
報酬を受け取って中身を確認すると情報屋の女性はそそくさと帰っていった。
一人で大丈夫なのだろうかと心配していたがそれを聞く前にすでに走って行ってしまった、まぁ何かあってもそこは自己責任でどうにかしてもらおう。
門のところには門番はおらずただあるだけの存在となっていた。
先導して一番最近まで魔王大陸にいたレイヴンそして魔族の管理を担っている女神のリナリアの二人が門を開けて本格的に魔王大陸の街へと入っていった。
魔王大陸の街、それは至って普通の街だった。
話を聞いたりしている分にはさぞかし荒廃しているのだろうなと予想していた響たちだったが思いのほか他の大陸の街の雰囲気とさほど変わらないようにも思えた。
ただしよくよく周りの人たちを見ていると首輪を付けて虚ろな目をしながら手を引かれている人たちがちらほらと目につき、さらに街をよく見ると「奴隷館」と書かれた看板のある店が数店見られた。
そのことから首輪をつけられている人たちは買われた奴隷たちなのだろうということが想像できた、しかも見られた奴隷のほとんどが若い女性たちだった。
「これが現状か……中々に……」
「思うことはあると思うがまずは班決めだ、一度メンバーを確認する」
そうして一度点呼を取ってきちんと全員いるかどうかを確認した。
まず響・梓・影山・賢介・智香・凪沙・琴葉・絵美里そしてミスズの転生者組。
それからアリア・フラン・マリアの三人と勇者であるグリム。
そしてハーメルン・グラン・レイヴン・リナリアの四人。
合計十七名の大所帯、これらが一緒に動くわけにはいかないので数人ずつの班に分かれて各自行動を開始することになった。
まず響・賢介・凪沙・琴葉・グリムの五人が本陣である魔王城周辺の探索。
次に梓・影山・アリア・マリアの四人、それから智香・絵美里・フランの三人の二班に分かれて街の様子や住人さらには奴隷たちのことについての調査。
そして残ったミスズ・ハーメルン・グラン・レイヴン・リナリアの五人が法の外の最下層の人々や上層部に位置する人たちの調査。
計四班に分かれての行動となり、各自ローブなどで身元が簡単に分からないようにしたところで解散、響たちはそれぞれ行動を開始した。
長くなりそうだったので分割します