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異世界二重奏は高らかに  作者: 羽良糸ユウリ
第八章:再び歩み始めるようです
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決断のお話。

後半が若干のシリアスを含んでおります

 「五日後、魔王大陸へ向けて進軍しようと思っている」



 イグニスがやって来てから二日後、グリムがそう宣言した。

 だが響たちは大した驚きもしなかった、もうそろそろそういう時期だろうと各々勘付いていたからだ。

 二日前、響は知り合った情報屋のことをグリムたちに話しグリムたちはその情報屋を魔王大陸へ行くときにブローカーとして協力を仰ごうということになりその時が来たら交渉役は響が担うこととなった。



 「今回は人王大陸にいるカレンたちにも声をかけて集合させるつもりだ。それに、魔王大陸からの被害は各地でとどまることを知らない、そのことにハヅキ様を始めとする各国の長達が今この竜王大陸に集まっている。無論、我らが人族の国王ハーツ・プロト様もだ」


 「海王も……ですか?」


 「そうだが、どうかしたのかフラン」


 「いえその、海から出て大丈夫なのかなと思いまして」


 「ああ、彼らは水中じゃなければ生きていけないわけではない。転移を経由すれば問題はないだろうし、特別な結界もある」



 人型である以上なんとなく肺呼吸も出来るだろうと予想していた響たちはさほど驚くこともなくグリムの話を受け入れていた。

 それよりも気がかりだったのは各国の王が集まっているその会合とやらに護衛を付けなくていいのだろうかということだ、現にグリムやハイラインそれからスラインにゼノはこうして会合には出席していない。

 その理由と言うのが元々各国の王たちは自分の身は自分で守れるくらいの戦闘能力を有しているからというのが大きな理由である、実際に響と戦ったハヅキは転生者故の能力を持ち合わせて響と互角の勝負を繰り広げたのが良い例だろう。



 それに会合が行われているのは響たちがいる竜王城の一室であるため何かあってもすぐに対応することが出来るという点も理由の一つである。

 そしてむしろ王たちの戦闘力ならばグリムたちが来て人数が増えるとかえって戦いづらくなるかもしれないのだ。

 とても想像はつかないがそういうものらしいとグリムは言っていた。



 「なんにせよ私たちはここで会合が終わるまでは待機だ。外出も許されん、そこでだゼノ」

 「……なんだ?」

 「スラインはまぁいい、使用人の人たちに頼まれてあいつも自分から声をかけて引き受けたしハヅキ様も許可を出したからな…………だが問題はハイラインだ! あの阿呆は自分の職務を放棄して勝手にギルドに行きやがった、しかも私が目を離した隙にだ………これは私の落ち度だ、ということで少しの間抜けるからここは任せたぞ!」

 「待機していなきゃいけないんじゃなかったのか……?」

 「十分ほどで戻る!」

 「話を………」



 ゼノの話を聞かずにグリムは窓から去ってしまい、後には冷たい風とゼノの「あぁ……」と嘆きの声が残った。

 こればっかりは響たちもゼノに同情をせざるを得なかった、そしてグリムは宣言通り十分ほどで大柄なハイラインを片手で担いで窓から再び登場した。

 タイミングを同じくして会合が終わったばかりのハヅキたちがノックもなしに襖を開けたためばっちりハイラインを担いでいるグリムと目が合い、ハヅキはそっと襖を占めた。



 「お、おぉぉおぉおおぉお待ちくださいハヅキ様っ!」

 「何があったかあてには分からんが……おちつきぃ」

 「ん、グリムか。久しいなぁ元気にしておったか?」

 「ぷ、プロト様! は、はい、全員至って健康に過ごしております!」

 「それは良かった良かった」



 襖一枚隔てた向こうでグリムは五人の国の長を相手に必死に弁解して五分ほど時間が経った後に戻ってきて「勝訴っ!」と叫んだ。

 このパーティーになってからグリムも段々とおかしくなってきているという事実が今はっきりと肯定され、響たちが初めて会った時のあの圧倒的強者感そしてクールビューティーな大人の女性という印象はがらりと覆されて今では「普段はクールビューティーだが根はややポンコツのリーダーシップのあるお姉さん」といった印象に上書きされていた。



△▼△▼△▼△



 「……すまない、取り乱した。本当、すまない、忘れてくれると、ありがたい」

 「グリムさん顔上げてください……気にしてませんから」



 珍しく梓がフォローに回りグリムを慰めていた。

 ようやく心の整理がついたのかグリムは咳払いをして朝に言っていた話の続きをした。



 「先ほど会合が終わったのはみんなも分かっているはずだ、そこで魔王大陸への進軍を許可が審議の結果決議されて許可が下り、各国は魔王大陸へ向けて部隊を編成した後に総攻撃を仕掛けると結論を発表した」

 「総攻撃……全ての部隊で何人ほど集まるんですか?」

 「現時点では約十万の兵が動員される予定だ。人数の変動はあると思うがそれくらいを目安にしてほしい」

 「それは、もはや攻撃というより戦争の類じゃないですか」

 「その通りだ。これは五大陸と魔王大陸との戦争だ」

 






 戦争、その一言の重みは強い。

 戦争という言葉そのものの意味は理解しているもののその言葉の「本質」を響たちは知らない。

 響たち転生者は元々戦争とは無縁の世代に生まれ落ち、命のやり取りなどこの世界に転生してから初めてのことである。

 そんな者たちが超大多数の人間による明確な目的のもとで行われる大量虐殺の本質を理解しているわけがなく、響たちは戦争という言葉を聞いて途端に体が重くなったような気がした。



 「……なに、そう気を落とすな。任務の延長線上だと思えばいい。こんなことを勇者のみである私が言うのもなんだが、どんな大義名分があったところで、戦争なんぞ所詮は大量殺人だ。どうせ避けられないのなら心が壊れないように立ち回る方がよっぽど利口だと思わないか?」

 

 「それは……そうですけど………」


 「何も全く気にするなと言っているわけではない、自分の気持ちにある程度の折り合いをつけて欲しいという話だ。まぁ……そこは各自で考えてみて欲しい、各々の考えが重要だ」


 「………そう、ですわね」


 「………三時間ほど時間を設ける、各々自分なりに踏ん切りをつけておいてくれ。一時的な気休めでも良い。ハイライン、スライン、ゼノ」


 「はいよ姉御」


 

 グリムたち勇者組は退出し、その場には響たちだけが残された。

 普段は大人な余裕を見せるアリアや神童として心の体も強いフランもいざ具体的に五日後に戦争が始まると考えるとすぐに心の整理が付くものではないのだろう。

 アリアは無言で響の隣に座り手をギュッと握りしめた、ここだけ切り取ればただ単に惚気たりしているだけのようにも思えるが響にはそれがいつもの調子ではなく微量ではあるがアリアには「恐怖」の念があるのが感じられた。

 


 フランもフランで部屋の隅に丸まって天井をじっと見つめ何度もため息を吐いていた。

 二人とも同年代の者と比べれば遥かに聡明で成熟した人間である、それ故にこれから自分たちが何を為すのか、どうなってしまうのか、その光景が視えてしまったのかもしれない。

 特にアリアは王城戦の際に一度生死の淵に立たされて椿と響の覚醒がなければあの場で間違いなく命を落としていたであろう状況を味わった人物だ、この中で一番「死」という概念に対して敏感になってしまっていた。





 結局三時間たっても心の整理は一時的なその場しのぎ程度にしかならなかった。



△▼△▼△▼△



 次の日、琳たちは一度竜王大陸を離れて故郷である人王大陸へと戻っていた。

 ハイラインやスラインなどもそれぞれ地元に一度帰った。

 何をしに戻ってきたのか、そんなものは決まっている、全面戦争を国民に伝えるためだ。



 

 グリムが演説を行い、それを聞いた一般市民や冒険者たちは騒然としていた。

 それもそうだろう。突然戦争が始まると聞かされても実感などそう早くに沸くはずがない、ましてやそれが数日後と来たものだから余計に反発も多かった。

 



 何故そんなことになる前に手を打たなかったのか、勇者はそのためにいるのではないのか、そもそもどうしてそうなってしまったのか、予防策は無かったのかなどなど様々な不平不満が飛び交い演説は一時中断も考慮されたがグリムは強行した。

 ここで中断してしまえば国民たちの意識は戦争に対する「負の念」だけに価値観が固定されてしまいそれ以上何を言っても誰も何も聞く耳を持ってはくれないと思ったからだ。



 だからこそグリムは叫んだ。

 敬愛する国民たちの前で、自分たちが護らなければならない民たちの前で高らかにこう叫んだのだ。





 「この戦争は領地や宗教などの下らない理由のための戦争ではない。今を苦しむ他国の民たちの自由と権利を取り戻すための戦争であり、私たちが()()()()()()()()()()()」と。





 中にはこう思う人間もいただろう、「結局それは単なる武力行使の延長線上であって、強行策の戦争と何も変わらないではないか」と。

 だがグリムははっきりと答えた、断じて否であると。



 「戦争が武力行使の延長線上であるのならば、常日頃から冒険者たちが魔物を殺しているのは言ってしまえば単なる大量殺戮に変わりはなく、それこそ魔物と人間との終わらない戦争ではないか。我々は常日頃から戦争を自らの手で引き起こし、蔓延させ、一般常識として植え付け、繰り返し続けているではないか!」



 そう力強く叫び、その一声でそれまで野次を飛ばしていた市民たちは全員静まり返り黙ってしまった。

 確かにグリムの言う通りである、そう思う冒険者や市民たちが多かったのだろう。

 グリムの演説は二時間にも渡る長丁場となったが、集まった聴衆は誰一人として途中で居なくなる者はいなかった。




 演説が終わるとグリムは人知れず静かに泣いた。

 恐らくは自分が勇者という立場にありながら国民たちを戦争の被害者にしてしまったことに対する自責の念が多かったのだろう。

 それが分かってしまったから響たちは一言もグリムに声をかけず、始めから何も目撃していないように演技をした。

 グリムもそれは分かっていたはずである、だが彼女もまた、気づかない演技をした。










 そして約束の日、運命の五日後が音も立てずにやって来た――――――――。

そろそろ新章に入りたいのですが中々タイミングが。

もう少しでしょうかね。

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