旧友のお話。
すみません遅れました!
リナリアが部屋に戻って来た時、全員はリナリアの顔を見てキョトンとしていた。
「な、なんだ。顔に何かついているか?」
「いやそうじゃなくて………」
みんなが驚いている理由、それはリナリアの両目の下に涙が流れたような跡があったからだった。
それだけでなく散々泣きじゃくった後の子供のように目も赤くなっていてまだ少し潤んでいた。
フランがそれを伝えるとリナリアは「え?」と言って目を拭い、指に少しだけ水滴が付いているのを見てただじっと黙っていた。
「やっぱり、何かあったのか?」
「………別に、何もなかったさ」
「そんなわけないだろう? まさかここまできて僕たちに隠し事をしようというんじゃないだろうね?」
「はぁ…………ったく、話してもいいがつまらないぞ。それでもいいな?」
「えぇ、構いませんわ! 仲間の悩みを聞くのもまた仲間、ですわ!」
リナリアはため息を吐きながら、やれやれと言った感じで「お前ら……」と呟いた。
座布団の上に座り、リナリアは咳払いをして話し始めた。
「……元々、私はあまり女神という座にこだわりも責任も持っていなかったんだ。それはまぁ、言わなくても分かるだろ? みんなと出会うずっと前、私がまだ魔王大陸で燻っていたころ、たまに街に遊びに行っていたんだ」
「その時に出会ったのがレイヴン………だったけ? なのか?」
「あぁ。元々は野良パーティーを組んで知り合って、それから次第に会うことが増えて一緒に冒険者としてやって、私の正体を明かした後もあいつは変わらず接してくれた。簡単に言えば、私の旧友であり親友だ。それが一体どうしてああなったのかわからん、あいつはあんな性格じゃなったはずなんだ、多少好戦的なところがあったが根は善人だったな。よく子供に好かれてた」
『そうなると……今の魔王大陸の状況がかなり危険ですね。そのレイヴンという方の発言が正しければイグニス様は魔王大陸に戻らず、女神アザミの独裁政権が始まっているのでしょう』
「だろうな。全く忌々しい、人の管理する場所を荒らしやがって」
静かに、だが確かにリナリアは怒りを秘めていた。
それは全員が感じたことで、リナリアの気持ちについて言及するものは誰もいなかったが昔のリナリアに興味を持つ者はいた。
しかしそれを今口に出す者はおらずただ黙って聞いていた。
「なんにせよ、早急に魔王大陸に出向く必要があるな。この様子だと恐らく他の民たちもアザミに毒されていることだろう」
「そのためにもレイヴンから情報を聞きだす必要がある……だろ?」
「あぁ。その役目は私がやる。ハーメルン、一緒に来てくれ。同族がいた方が話しやすいだろう、いざとなったらスキルの使い所だ」
『リナリア様の頼みと聞けば断ることは出来ませんねぇ?』
その日、リナリアは「もう寝る」と言って一人先に布団に潜りこんで眠ってしまった。
響たちもこれ以上起きている気になれずその晩はみんな布団に入って眠りについた。
そして響は気づくと久しぶりに見る光景に立ち会うこととなった。
不気味なまでに殺風景な真っ白な空間、そしてそこにひときわ異彩を放つ昔懐かしい茶色のちゃぶ台、そして着物を着た黒髪長髪の少女とクリーム色の髪の少女が座っていた。
「……なんでアリア先輩もいるんですか」
「僕がいたら可笑しいかい? 僕だって君と同じころに彼女に会ってるんだからここに来れるに決まってるだろ?」
「いやまぁそうですけど」
「無論、妾が勝手に引きずり出したんだがのぅ。今日は二人とも早くに寝てしまったからつまらんのじゃ」
なんという我儘な理由だろうか流石は神様、と響は苦笑しながらそう思った。
久方ぶりの夢の世界でのお茶会、お茶の中身は大量の魔力でこれを飲めば禁術を扱えるようになるというとんでもない代物を無尽蔵に提供してくれるのだから全く危険な集会である。
響はアリアの隣に座って最近しこたま飲んでいる緑茶を啜って一息ついた。
なんだろうか、椿はともかくとしてこうしてアリアとゆっくりするのは久しぶりな気がすると響はしみじみ感じていた。
アリアの方を横目に見るとアリアは響の視線に気づくとパチリとウィンクをした、響はその動作に少しばかりドキリとして恥ずかしさと相まって顔を若干赤らめて別な方を向いた。
「なぁ椿、僕から一つ質問をいいかい?」
「なんじゃ?」
「今日はどうしてまた、いきなりお茶会を開いたんだ? まさか本当に僕たちがみんな揃って寝たからなんて理由じゃないんだろ?」
「ほほほ、隠し事は出来んの! アリアの言う通りじゃ、今回は妾がちょっとした協力をしてやろうと思って二人に来てもらったんじゃ」
「協力?」
「お主らが捕まえたあの魔族……引いては魔王大陸、そこに妾が直々に調査に乗り込んでも良いぞ?」
ピタリとアリアと響の動きが止まった。
神族であり圧倒的な力を誇り禁術さえも自由自在に扱えるほどの戦力を持った椿が直々に魔王大陸へ調査に乗り込んでくれる、その提案は実に魅力的だった。
だが――――
「却下だな」
「却下だね」
二人は即答で椿の提案を断った。
椿もそんな早くに断られるとは思っていなかったのだろう、少しのフリーズの後に何故断ったのかを二人に質問した。
「確かに悪くない提案だけど、椿一人に危ない綱渡りをさせるわけにはいかないよ」
「それにどうせ行くなら自分の目で確かめたい方なんだよ、僕たちは」
「………ふむ、そうか。お主らが言うのなら大人しく引き下がるかの」
椿は妙に大人しく二人の意見を受け入れると立ち上がって「今日の茶会はここまでじゃ」とお茶会を終了させた。
そして椿は指を一つならすと視界が暗転し、目を開けるとすでに朝になっていた。
と言ってもまだ朝方で日も低かったので響は二度寝をしようとしたが一度目が覚めてしまった状態では布団の中でもぞもぞと動くのがやっとだった。
響は首を動かしてアリアの方向を見ると同じく布団の中でもぞもぞとしていた、どうやら自分と同じく目覚めたようだ。
声でもかけようか、そう響は思ったがごく単純に面倒だったために再び瞼を閉じて数時間後の世界が訪れるのを微睡みの中でじっと待つことにした。
△▼△▼△▼△
「よぉ、よく眠れたか?」
『眠れるわけなかろう……こんな鉄格子の中で』
「そりゃあそうか。なんにせよ自決してなくてよかった、お前ならやりかねないからな」
『そうしたいのは山々だけどな…………そちらの方はもしかしてハーメルン様か?』
『おや? まだ私のことを覚えている者がいたとは、嬉しいね』
リナリアとハーメルンは地下牢にいるレイヴンの元を訪れていた。
若干やつれた感じはあったが健康状態には問題なさそうでリナリアは二人に気づかれないようにホッと安堵していた。
「本当なら思い出話でもしたいが、お前の様子を見るに魔王大陸の現状はかなり危険なようだ。それも外装だけでなく内装までアザミに毒されているようだな」
『……あぁ』
「昨日はその……なんだ、ショックであんまり記憶無くてな。悪いがもう一度昨日のことを話してもらえるか? より詳しく」
『それはもちろんだ。友の頼みなら断れない、ましてそれがお前ならな……』
「……感謝する、レイヴン。ハーメルン、記録をとっておいてくれ」
『了解』
リナリアは薄暗い地下牢の床に胡座をかいて座り、鉄格子を挟んで正面にいるレイヴンに問いかけた。
そして、リナリアによる尋問が始まった。
魔王大陸に行く日も近い