復活のお話。
今回から新章突入します
開いた窓からは、小鳥のさえずりが微かに聞こえ、朝の爽やかで冷たい風が部屋の中へカーテンを揺らしながら侵入し、空気を入れ替えていく。
暖かな陽気が日の光となって差し込み、真っ白く整えられたベッドをスポットライトのように照らす。
部屋はそこまで大きいわけでもなく、かといって狭いわけでもないいたって普通の広さ。どちらかと言えば広い方かもしれない。
その部屋にはベッドで眠る人物とその隣でその人物をまじまじと見つめ憂いの表情を浮かべる者や壁にもたれかかって一言も発さない者もいた。
妖王大陸国王城、通称「妖王城」。
その部屋の一室で、響は深い眠りについていた。
「………………………………んん…………?」
「っ! 二人とも!」
「どうした!」
たった一言、響が寝苦しそうな呻きを上げただけでそこにいた三人―――――梓・影山・アリアはまるで一刻を争う事態に直面したかのように酷く緊張していた。
そして、ゆっくりと、響は瞼を持ち上げて目を開いた。
「…………………ここは………」
「響!! 良かった……………生きてた………!!」
「梓………痛い………」
目を開け、たった三文字話しただけで三人は騒然とした。そしてその理由が響には分からなかった。
そんな漠然とした意識の中、響はいきなり抱き着いてきた梓の真意を分からないでいたが、梓がこれ以上ないくらいに安堵して涙しているのは分かった。
それ以外にもなぜ今自分はベッドに横になっているのか、なぜ自分はこんなにも心配されているのか、なぜ左腕の感覚がないのか、色々と疑問に思った。
響はまだ意識のはっきりしない体で自分の左腕を見て、左腕がないことを確認した。
そして思い出した、自分たちはイグニスと戦っていたはずだと。
「………そうだ……確かあの後……東雲さんと………椿と一緒に………」
そこまで言って響は起き上がろうとしたが体中に痛みが電流のように走り、その痛みに顔を歪めベッドに墜落し、スプリングが「ギシ……」と音を立てた。
「あまり無茶すんな。病み上がりなんだから」
「………」
「どした、そんなに人の顔見て。男の顔見たって面白くねぇぞ」
「…………」
「……響? 聞いてるか?」
「………なんかみんな……背、伸びた?」
響が自分の体以外で最初に感じた違和感、それは三人の雰囲気が記憶しているものと違うというもの。
三人とも背丈が伸び大人っぽくなっている、感覚としては転生前の年齢に戻ったように感じた。
「それを説明するのに、まずヒビキ君に話しておかなければならないことがあるんだ」
「……アリア先輩も雰囲気変わりましたね」
「好みじゃなかったかな?」
「いえ………それはそれで、大人の女性で綺麗だと思います」
「ふふっ。ありがとう。なんせ、あれから四年も経っているんだからね」
「………え?」
アリアの言葉の意味をすぐに飲み込めなかった、否、一時的に脳が言葉の意味を理解することを本能的にそして無意識的にシャットアウトしたのかもしれない。
あれから四年の月日が経っている―――――
きっとその言葉のまんまの意味だろうと響は理解したつもりだったが、いくら頭の中で反芻しても状況が整理できない。
なぜ、どうして、それほどまでの月日が経っていることを自分は知らないのか。
しかしその疑問はすぐに分かることだった。
簡単なことだ、四年分の記憶がなくて目覚めた時にはベッドの上で病み上がり、となれば答えは自ずと出てくる。
「………俺は、四年も眠ってたん、ですか?」
所々歯切れが悪くなったものの響は自分の考えをアリアに問いかけた。
アリアは「うん」と悲し気な声で愁いを帯びながら一度だけ首を縦に振った。
「……あの戦いで、アザミとヒビキ君と椿が放った魔法の威力はほぼ互角で、その後君は意識を失ったんだ。椿とイグニスは何処かへ消えて、アザミは重傷を負いながら虫の息になって消えた……」
「……そう、だったんですか………」
「そのお前を俺がここまで運んで、その間ずっと二人が回復魔法をかけていたんだぞ?」
「………ありがとう」
「んじゃ俺は他の奴に声かけてくるから、後は二人に任せた」
そう言って影山は部屋から出て行き、後には響と梓とアリアが残った。
アリアは優しく響に微笑み「何よりもまずは、無事でよかった」と一言、そして静かに涙を流した。
梓は未だ響を抱きしめてこちらも涙を流している。
段々と意識がはっきりしてきた響は震える右手を梓の背中に伸ばしてそっと抱擁をする、梓の温かな体温が伝わってくる。
「……………体が、重いし、髪も伸びたな……」
「四年も寝ていたんだ、筋力だって落ちてるだろうな。今なら僕の方が力強いかもね」
「………かも知れませんね。つーか梓、いつまで抱き着いてんだ……?」
「あっ、ご、ごめんつい……!」
「そこ、惚気るんなら僕も入れてくれよ……っと!」
「二人して………もう……」
梓だけでなくアリアも抱き着いてきて響は嬉しさ半分困り半分で弱く笑っていた。
と、その時ドアがノックされ、梓とアリアの二人は驚いたペットのようにビクンと体をまるで風船が弾けるように慌てて飛び退いた。
「おはようっす! 目覚めたみたいでよかったっす!」
『よう。無事でよかった』
影山と一緒にやって来たのはソフィーとハーメルンだった。
ソフィーは四年前と変わらずに背丈はちっこいまま、ハーメルンも雰囲気こそ大人っぽく変わったが髪型や喋り方は変わっていないように感じられた。
二人が響に対してひらひらと手を振ると響はそれに応えて手を振り返した、ハーメルンは響の側まで近寄ると頭に手を乗せてくしゃくしゃを撫で、安堵の表情を浮かべた。
響は目にかかるくらいに伸びた前髪がわしゃわしゃとなる感覚に若干の不快感を覚えながらもどことなく嬉しそうに目を細めた。
「ハーメルンさん、病み上がりの人をそんなわしゃわしゃするもんじゃないっすよ」
『ん? あぁすまない。つい嬉しくなってな、良く生きててくれたなヒビキ』
「ハーメルン……ソフィーさん……」
響は二人の名前を呼びながら再びゆっくりと体を起こした。
多少体が痛むがさっきほどではない、そうして響は十秒かけて横になった体を起こし今度はゆっくりと床に足を付けて立とうとした。
裸足でぺたりと足を床に着けて立ち上がるも筋力がだいぶ弱っており病み上がりのこの状況では断つことすらままならない。
響はふらふらと重心移動がおぼつかない体を梓に支えてもらいながらぺたぺたと歩き出した。
「おい響、どこ行く気だ?」
「……外の空気を吸いたい」
「窓開けるだけじゃダメなのか?」
「………気分だ」
「……ちょっと待ってろ。今履く物くらい持ってきてやるから」
「………あぁ」
影山にスリッパを持ってきてもらい、響はそれを履いて梓に体を支えてもらいながら外へと出た。
妖王城の中を歩いていると使用人たちが響を見ると例外なく全員が驚いた顔をして、揃いも揃って「目が覚めたのですね!?」と感涙していた。
響はそれらの行動を不思議に思いながら、外に向かって歩いていた。
やがて城の玄関に到着した響は右手でドアを開けて外に出た。
外は快晴で、空気が澄んでいてとても良いものだった。
「……ねぇ響。さっき、メイドさんたちがなんであんなに喜んでいたのか分かる?」
「………どうしてだ?」
「響はね? ここにいるみんなを救ったんだよ?」
その言葉の意味を理解するのに、響はしばし思考したが、その前に梓が答えを言った。
梓曰く、響と椿があの時視力の限りを尽くさなければ今頃妖王大陸の被害はとてつもない数に上っていたはずだと。
そして今現在、妖王大陸や他の大陸への被害はゼロ、文字通り響たちは多くの人命を守ったのだ。
自分たちの国と命を守ってくれた恩人が四年ぶりに目を覚ましたのだ、それに感激して、一体何が悪いというのだろうか。
響は梓のその言葉に「そうか……」とただ短く言って空を眺めた。
妖王大陸の空は、蒼く澄み渡っていた。
守った空は、ただ、青く。