手合わせのお話。
会議
会議室に到着する少し前、グリムはハーメルンを呼んであることを頼んだ。
『スキルを常に発動……?』
「あぁそうだ。出来るか?」
『それ自体は問題ないけど」
「けど、なんだ?」
『……いや、グリムがわざわざ頼むのであればそれ相応の理由があるのだろうなと』
「なに、私はスムーズに会議を終わらせたいだけだ。自国の冒険者が育っていなくて恥ずかしいからあんまり本当のことは言わない、なんてことがあったら腹立つからな」
『それは……そうだな』
二人は響たちの元へと戻って会議室へと向かった。
会議室のドアがグリムによって開けられると同時にハーメルンはスキルを発動させて、全員を無意識的に操った。
操ると言っても、一切合切の嘘を付けなくする程度だが。
「おおグリム嬢、待っていた。座ってくれ」
「失礼します」
「グリム様」
「あぁカレン、元気そうでよかったよ。それに――――」
他のメンバーも育っているようだな、とグリムはカレンたち人族の王国騎士団メンバーを横目で眺めた。
騎士団のメンバー、正確には賢介たちは驚きと興奮の入り混じった表情をしていた。
そしてその中の一人でありマリアの付き人でもあったセリアががたりと椅子を立ち上がってグリムたちの前に行き、そして跪いた。
「あぁグリム様、お嬢様をここまでお守りくださいまして、ありがとうございます」
「あぁ」
「そしてお嬢様………お久しぶりです………!」
「セリア……久しぶりですわね……!」
セリアは立ち上がり、マリアは前に出て、二人は熱く抱擁をした。
再会に感動したのか二人はお互いをきつく抱きしめて涙を流す、いや、きっとお互い無事だったことが嬉しかったのだろう。
「その二人の関係を教えてくれるかいグリム嬢」
「お嬢様と、その付き人だ。金髪の方がお嬢様、茶髪の方が付き人」
「あぁ……それは、何と美しい再会なのだろうか! 離れ離れになった二人が再び再開し、なおその絆は廃れていない……満たされる」
「何言ってんだかお前は。二人とも、再会を懐かしむのは後だ、時間はまだたっぷりとある」
「そ、そうですわね。取り乱しましたわ」
「申し訳ありません、つい感極まってしまいました。お恥ずかしい」
セリアはそうして元の席に戻っていった、マリアも一歩下がっていく。
グリムたちは用意された席に腰かけていき、スラインが全員そろったことを確認していよいよ会議を始めるべく咳払いをして真剣な表情を作った。
「さて、今回は我々妖族の冒険者たちの育成方針のために集まってくれたことを感謝します、皆様方。今妖族の冒険者たち、ひいては魔法学校の生徒たちの戦闘レベルが低下してきているという由々しき事態に陥っています、これを他の種族の方々に話すのはお恥ずかしいのですが、是非とも意見をと思った次第です」
スラインの勇者らしい威厳のあるその言葉から、かくして会議は幕を開けた。
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「では今日はありがとうございました、おかげで実に有意義な会議となりました」
二時間ほど続いた会議は終わりを告げ、ギルドの重役たちは老体を持ち上げて会議室を出ていき、後に残ったのは多大な疲労感だった。
スラインは会議の資料や飲み物を片づけグリムもそれを手伝い、ハイラインはギルドの様子がどうなっているかと言って出かけた。
「ヒビキ」
「カレンさん」
伸びをしている響のもとへカレンがやって来た。
カレンの表情は息子に語り掛ける優しい母親の表情そのもので、騎士団の人間という雰囲気をまるで感じさせない。
響も久しぶりに見たその顔に安心感を覚えていた。
「この後予定は入っているか?」
「グリムさんに確認しないと……」
「別に予定はないぞ」
と、そこでグリムがスラインの手伝いを終え、何故かスラインを組み手でねじ伏せながら響にそう言った。
グリムは「今は再会を喜べ」と大人の対応をしてくれた。
「だ、そうです」
「私と手合わせしないか? 昔みたいにさ」
「いいですよ。言っておきますがもう負けませんよ」
「それは楽しみだな」
「手合わせなら中庭を使うと良い、あそこなら広いし十分に戦えるはずだ」
「感謝します、スライン様」
「いや良いのだ麗しき騎士団の将よ、その代わりと言っては何だが私に組み手をかけているこの勇者をどうにかしてくれないだろうか」
「じゃあ行くかヒビキ」
「はい、カレンさん」
「ははは、ねぇ待ってくれるかな。もし解いてくれたらお詫びにハグの一つでもおっとぉグリム嬢ちょっと力が強くなっている気がいだだだだだだだだだ!」
二人は一緒に足並みそろえて中庭に向かった。
背後から聞こえるスラインの懇願を一切合切無視して。
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「さてと、やるか……って思ったが竹刀がないな。取ってくるから待っててくれ」
「いえ、竹刀ならここに」
響はそう言ってさも当然のように記憶から竹刀を二本複製してそのうちの一本をカレンに渡した。
カレンは初めて見る響のそれに目を丸くして驚いたがすぐに柔らかな表情に変わった。
「相変わらず、不思議なことをするものだ」
「そうですか?」
「あぁ。まぁそれはそれとして、なんでみんないるんだ?」
周りを見ると梓たちや騎士団メンバーである賢介たちが一列に並んで二人の対峙を見守っていた。
「いいじゃないっすかー、うちらだって見てみたいんすー」
「全く……ああそうだソフィー」
「はいはい! なんでしょう?」
「そっちに飛び火しても知らんぞ?」
「わぁい絶好調に不安な予感がするっす」
そしてカレンと響は互いに向き合って竹刀を構えた、互いに同じ構えだ。
「懐かしいな」とカレンが言うと、「本当に」と響が肯定した。
二人はしばし見つめ合った後、同時に地を蹴った。
「はぁっ!」
「るぁっ!」
互いに能力や魔法の使用は一切なしの本気の実力勝負、それは手合わせというにはあまりにも殺伐としたものだった。
響が竹刀を横に薙げばカレンがそれに竹刀を添わせて必要最低限の力でいなして体重移動を上手く使って僅かな距離を一気に詰める。
だがそんなことは響だって想定済みであり、カレンがいなして体重移動をした勢いで上から竹刀を振り下ろしてきたところでカレンの足を払い攻撃の軌道をずらしつつ竹刀に入っていたカレンの力を分散させた。
カレンは足を払われたことを瞬時に分析して冷静によろけた体を立て直して片手で地面に手をつきそのまま側転を一回やって体勢を立て直した。
そして響がその隙を狙わないはずがない、と、カレンが思わないわけがない。
両者互いに一歩も譲らずノーダメージで切り結んでいく。
お互いがお互いの行動を完璧に分かっており相手の行動を完璧に予測していく。
響にとってカレンは剣の師であり、カレンにとって響は剣を教えた弟子である。
響は師を超えたいという望みが、カレンは弟子に負けていられないというプライドが。
それぞれの思惑が切っ先に乗り移りまるで二人の心そのものを投影しているかのように拮抗していた。
「中々どうして、二人ともいい動きをする」
「カレン先輩本気っすねー、久々に見ました」
「でもなんか二人とも」
「生き生きしてんな」
グリムにソフィーに梓に影山が二人の様子を見て思い思いそう口にする。
言う通り、今の二人の顔は生き生きとしている。
心を委ねて、全力で戦える相手と今二人は戦っているのだ、楽しくないわけがない。
「……相変わらず凄いな、響は」
「そうね。昔はもっと大人しいと思ってたんだけど」
「昔って学校の頃?」
「た、確かに、普通な感じだったね。水無月君」
「ほんとほんと、地味ーな奴だと思ってたんだけどね」
二人の様子を見て転生者一同が昔の、一般的な高校生だった頃の響の記憶と今の響を見比べてしみじみそう思っていた。
それと同時に、自分たちよりも高いところへと階段を上ってしまったのだなと感じていた。
しばらくして、とうとう決着がついた。
響が体勢を崩し、それを修正しようとしたところへカレンの追撃が入ろうとした。響はギリギリで防ぎながら回避行動をとったのだがその回避行動が致命的だった。
響は後ろに回転して着地行動をとったのだがカレンはその一瞬を狙った。
響はカレンの一撃を自分に対して攻撃してくるための物だと読んだが実際にはカレンは直前で力を緩めて響が竹刀を持っている右手を下からついて痺れさせ、喉元に竹刀を突きつけたのだ。
「……参りました」
「中々、強くなってるじゃないか、ヒビキ」
「流石ですカレンさん、今回は倒せるかと思ったんですけどね」
「お前に剣を教えたのは私だぞ? そう簡単に負けてたまるか」
「良い腕だなカレン、衰えてはいないようだ」
「ありがとうございます、グリム様」
グリムは戦いを終えた二人のもとへ拍手をしながらやって来てカレンの剣の腕を褒めた。
カレンは一礼して感謝し、響は疲れからかため息を吐いた。
「お疲れ、響」
「凪沙! 久しぶり」
響のもとに、凪沙がやって来た。
相変わらず中世的な顔立ちをしている。
「今度は僕たちとやらない?」
「……へぇ」
凪沙の後ろにいる騎士団の転生者たち一同は、響をい頃さんとばかりに闘志むき出しに見ていた。
響はそのそそられるような殺気に思わず笑みがこぼれた。
かくして第二回戦、転生者同士の戦いが始まろうとしていた。
前回より時間空いちゃいました