鎮圧のお話。
長めなので時間のあるときにでもお読みください。
『ぐ……ふっ……』
「よしっ!」
三方向からの同時攻撃が決まり思わず喜びの声を出すマリア。
梓の斬撃はナインを背後から切り裂き、影山の蹴りはナインの上半身を撃ち抜き肋骨が折れる音が、そしてマリアの拳は日本の刀の間をすり抜けてナインの顔面を捉えた。
「マリアちゃん! 離れて!」
「はいですわ!」
マリアは着地すると梓の言葉通りナインから距離を取った、梓は自分とナインの手に握られている刀を消して距離を取り、影山も後ろへと飛び退いた。
よろめき、背中からボタボタと血を流して顔を手でかばうようにして覆うナイン。その様子を見るに今の同時攻撃は確実にダメージになったようだ、しかも特大の。
「よしよしよし」
「ナイスですわ、お二人とも!」
「まだ気を抜かないでねマリアちゃん」
「分かってますわ」
よろめくナインに注意しながら三人はひとまず連携が決まったことを喜ぶ。
『………よくも、やりましたね……』
「来る……!」
『ただの餓鬼だと思っていましたけどどうやらそうでもなさそうだ……なるほど、ハーメルンを馬鹿にも出来ないようだな………だから――――』
その瞬間、ナインが放出する魔力がグンと高まりとてつもない気迫とオーラ、そして殺気を放つ。そのすさまじい魔力に鳥肌が立つ。
『――――だからお前たちの持てる力を全て受けた上で叩きのめしてやるよ糞餓鬼共が!!』
「あら、おっかないこと」
完全に殺す気満々のナインは自分の背中に回復魔法の魔方陣を展開し梓にやられた傷跡を直し始めた。
「今なら完全に回復しきってない!」
「梓っ! 待てって!」
完全に回復される前にさらにダメージを与える、そう考えて刀を構えて梓はナインに剣先を向けて走っていくも影山はそれを制止する。
だが梓は影山のその忠告を聞き入れず、ナインの前面に立ち刀を腰のところまで持ってきて居合切りのような構えを見せた。
「はぁっ!」
しかし、その刀はナインに片手で受け止められダメージには至らなかった。
『ようこそ……俺の間合いへ……!』
直感的に「やばい」と感じたのか梓はすぐに刀をこちらへと寄せようとするがナインにがっしり掴まれて離れない、ならばと梓は刀を消して後ろへ飛び退き、さらに適合能力の「刀剣乱撫」で地中から数十本の刃を出現させて時間稼ぎを試みる。
が、
『らぁっ!!』
なんとナインはそれらを片腕に魔力を纏わせて薙ぎ払い、まるで草刈りでもしたかのように綺麗に刃を折った。
辺りにはキラキラと刃の破片が飛び散りそのどれもが月明かりを反射させていた。
そしてナインは大きく前に踏み込み加速、そのまま梓に向けて大きく手を開き首を掴もうとした。梓は咄嗟に掴まれまいと喉から刃を出現させた。
刃はナインの手を貫いたがナインはそんなことなどお構いなしに梓の首を掴んだ。
「かっ……は………」
『捕まえたぞ』
「梓! くそっ!」
影山はその光景を見て飛び出しナインに急襲を仕掛ける、だがナインは梓を掴んだまま防御魔法で影山の攻撃を防いでいった。
影山も負けじと適合能力「全神全霊」で防御魔法の展開を追い越し隙を見つけて攻撃と叩き込んだ。
だが、ナインは空いているもう片方の手でそれを止めてなんとそこから影山を腕一本で持ち上げて上へ投げ飛ばしたのだ。
「うおおぁぁ!!?」
それから苦しんでいる梓を掴んだまま一回転し今度は真っすぐに投げ飛ばす。
するとどうだろう、梓の直線的に投げ飛ばされたその軌道と影山が落ちてくる落下点が一致した。
つまりどういうことか、
「ぐふっ!」
「きゃぁ!!」
梓は落ちてきた影山に衝突し、影山は飛んできた梓にぶつかるという事態が発生する。二人は勢いよく飛ばされていき湖に落ちた。
大きな水しぶきが上がり、マリアはその落下点に釘付けになった。
『よそ見してんじゃねぇぞ?』
「っ!!」
ナインは音もなくマリアの眼前へと近づき、腹部に拳を打ち込んだ。
「かはっ……」
マリアはその痛みでお腹を押さえて膝をついた、そこへナインがさらに蹴りを入れて吹き飛ばし、マリアは湖に大きな水しぶきを上げて水の中へと沈んだ。
三人は水に浸かったまま固まり、息を乱しながらナインの方を睨み付けた。ナインは高笑いを上げ優越感に浸っていた。
『くははははっ! どうした、どうしたどうした人の子ぉ!! さっきの威勢は何処へ行ったんだ!?』
「はぁ……はぁ……」
「やっべぇな……」
「強い……ですわね……」
『さて、お前たちを長生きさせておくのは面倒だな』
ナインは右手を掲げ魔方陣を展開した。
赤と黒の禍々しい魔力が魔方陣に集まり、ナインを妖しく照らした。魔力はとどまることを知らずナインは魔方陣を三人に向けた。
『散れ』
魔力が高まってエネルギー源が光る。
三人は己の死を覚悟した――――
――――わけではなかった。
「チェックメイトですわ」
マリアはそう吐き捨てるように言い、悪い笑みを浮かべた。
魔力のレーザーがナインの手から放たれ、三人に迫る。
だがそれは眼前で消えた。
何故か、
『………なん……だ…………』
ナインの背中には、神々しく輝く二本の『釘』が突き刺さり、貫通していた。
その上空、空からは、アリアとフランが魔方陣を展開させリナリアが二人の背中から己の魔力を供給していた。
「命中命中!」
「やったわね」
「良い腕だ。二人とも」
三人は地上へと降り立ちナインの体に魔方陣が描かれたスクロールを二枚張り付けた。
そのスクロールかにアリアとフランは魔力を注ぎ込むとそこからは王城戦の時に響がグリムに打ち込んだあの黒十字架が出現し、ゼロ距離でナインの体に突き刺さった。
『動けん…………禁術の類か……これは……!』
「はっ………これは、とんでもない魔力を………使うな。全く、僕の彼氏は、とんでもないことをあの時してたんだな…………」
「ふふっ………そうね。末恐ろしい後輩が出来たものね…………」
あまりの魔力を消費したことで吐き気と頭痛を催した二人はその場で蹲り顔色が途端に悪くなっていた、ナインは絶好の機会だと思いどうにかして側にいるアリアとフランの二人を殺そうともがいたがいかんせん黒い十字架の所為で動かない。
リナリアは湖に浸かっている三人を救い上げて回復魔法をかけた。
「大丈夫か三人とも」
「ギリギリでしたわよ」
「悪かった」
「リナリアちゃん……」
「寒いかアズサ、濡れた上着を脱げ。今火をつける。セイヤはどうだ」
「あぁ俺は大丈夫だ」
「ならあいつにありったけの魔法をぶちこんでやれ」
「分かった」
影山は遠距離から残る魔力を注ぎ込み大火力の魔法をナインにぶちこんだ。
身動きがとれぬまま大火力の魔法を正面からまともに食らったナインはプスプスと音が聞こえるくらいに真っ黒になりそのままぐったりと動かなくなった。呼吸をしていることから見るに死んではいないようだが。
その後アリアとフランは魔力が回復し次第すぐさまナインを魔法で簀巻き状態にして動きを完全に封じた。意識がはっきりしてきたのかナインは『うぅ……』と呻き声を上げて苦しそうにしていた。
『……油断しすぎたか』
「目覚めましたわね」
『ふふっ……………ふははははははは!!!』
突如として、高笑いをし始めるナインにその場の全員は気が狂ったのだろうと思った。
『お前たち、俺に戦力を注ぎ過ぎだな。来るぞ、魔物どもが、川となって……!』
「どういうことかな?」
『ちょうどいい頃合いだろう………俺はあらかじめ、獣王大陸に魔物が来るように仕向けていたんだよ』
妖王大陸との境目から、人王大陸との境目から、魔物たちが川となってやってくる、などと言い始めたナイン。
彼の言うことを信じると、どうやら今日この日に合わせて魔物たちが押し寄せるようにあらかじめ細工をしていたらしい。まるでグランのようだ、その場の皆がそう思ったがナイン曰くちょっとしたコツでいくらでも動かせるというのだ。
『まぁ、完全に操れるわけではないがな……それでも十分……! さぁどうする、今から行くか? この魔法たちもそんなに時間は持つまい、ここを離れて俺が自由になったらどうする。それともここで俺を監視し続けるか? そうなったら今度は魔物どもが街にあふれて大変だろうけどなぁああああははっははははははははは!』
「……魔物は、各隣接大陸との間から来るんですわよね?」
『ああそうだ、妖王大陸と人王大陸との間からうじゃうじゃとなぁ!』
依然として優越感に浸りながら笑うナインに呆れながらマリアはポケットから通信石を取り出して指で二度弾いた。
「あーあー、聞こえていますか? ヒビキ」
『はいこちら響、そっちはどうなったマリア』
「ナインを無力化させました、そしてこれから魔物たちが押し寄せることも」
『……っていうことは予定通りか。場所は椿の言った通りの場所か?』
「ええそうですわ」
『分かった。後はこっちがやっておくから、そっちは任せた』
「了解ですわ」
そして通信石を再び弾いて響との通信を切り、その内容を他のメンバーにも伝えた。
『何を、している』
「なにって、魔物たちを止めるのに連絡をしただけですわ」
「そーそー、響すっごいんだから」
「あいつはなぁ……椿だっけ、もいるしな」
『何の話だ』
「元々、あなたが魔物を送り込むのが予想できていたってわけよ」
『馬鹿な!? そんなはずが!』
「あるんだなぁこれが」
不敵に笑うマリアたちに不思議な恐れを抱き、ナインはどういわけか必死で考える。だがどうやって予想できたのか全く分からないという答えだけしか出なかった。
△▼△▼△▼△
「では、お互いに頑張りましょう」
『ああ、勿論だ』
『うん』
『あの野郎をぶん殴れねぇのは悔しいからな、ストレス発散と行くか!』
響は通信石を三つ持ってそれぞれ繋がっているグリム、ハーメルン、ハイラインと連絡を取り最後の確認を終えた。
遠くからはもう魔物たちの呻き声が聞こえている。
今響がいるのは獣王大陸と妖王大陸の間の開けた平地、呻き声や叫び声だけではなくもう姿さえ遠目で見えている。
「おーおー、いっぱいおるのぅ!」
「でも質はそんなに高くないな」
「それでお主は一体何をやるつもりなのじゃ? わざわざ妾を実体化させてまで見せたいものがあるなんて」
「お楽しみってことで」
「まぁもう来るけどの」
実体化した椿は響のすぐ隣にちょこんと立って魔物たちが来るのを暇そうに見ていた。
「椿、距離どれくらいだ?」
「んー? 緋級魔法が届くくらいじゃないかの」
「なら十分だな」
じゃあ、やるか。
響はそう呟いて両腕をバッと広げた。
「ほおおおおおお!!! なんじゃなんじゃこれはぁ! 初めて見たぞ!」
椿はまるで初めて満天の星空を見た子供のようにピョンピョンと飛び跳ねたり腕を振ったり目を輝かせて興奮状態で『それ』を見た。
その理由は、響が適合能力「兵器神速」で大量の銃火器を複製し、それらを全て「ニュートンの林檎」で空中に固定していたからである。
自動小銃から大口径のものまでより取り見取りの武器を記憶の中から引っ張れるだけ引っ張ってきた、しかも一種類を複製するのに限りは無い。つまり、今響が大量に展開している全ての武器を弾薬が切れたらまた同じだけ複製できるというわけだ。
魔物たちの姿がもう肉眼でもはっきり視認できるような距離にまで接近し、響は右手を真っすぐに上にあげた。
そして全ての武器が届くくらいに魔物たちを引きつけたところで、
「椿、耳塞いでろ」
「お、おう? 分かったのじゃ」
その直後響は右手を振り下ろした。
その瞬間、「ニュートンの林檎」によって響本人が触れなくても全ての武器の引き金が引かれ武器たちがまるで一個の兵隊のように息ピッタリの一斉射撃を始めた。
凄まじい轟音が辺りを包み、椿が何やら叫んでいるようだったが全然聞こえない。
そして魔物たちは氷が解けるように見る見るうちに穴だらけになり瞬く間に一歩も進むことが出来ないままハチの巣状態、そしてものの数秒で物言わぬただの肉塊と成り果てていった。
「なんじゃあ今のは!? 妾あんなの見たことないぞ! どこの宝物じゃ!? というかどこからあんなに出てきたんじゃヒビキ」
「落ち着け、落ち着けって」
「あれを見て落ち着けるものか!」
ズウウウウウウン………ズウウウウウウン………
二人がわちゃわちゃしているところへ、魔物の大群とは別に一匹の魔物が現れた。
その魔物は、他の魔物など豆粒に見えるくらいに巨大な魔物だった。例えるならば、人とビル。それほどに大きな体を持った岩石質の魔物が現れた。
「ほー、ギガンテスか。滅多に見れないレア魔物じゃ」
「強いのか?」
「分類としては壊級魔物じゃがそれほど強くはない、一発一発が桁違いに重いがの」
響はふーん、とどことなく物足りなさそうに返事をして新たな武器を複製した。
その武器の本来の用途は対空砲・対戦車砲として用いられていた高射砲。
8.8cm Flak。
「発射あぁ!!」
耳を劈くようなけたたましい音が開けた平地に響き渡り、弾丸がギガンテス目がけてとてつもない速度で発射された。
弾丸はギガンテスの胸の中心を見事に貫き、ギガンテスの岩石質の体がボロボロと崩れ去っていく。
「気を付けい、ギガンテスはバラバラになると小型化して一斉に襲ってくる」
「なるほど、そんじゃまぁ」
響はそれから手榴弾を複数個チェーンバインドでまとめ上げたものをいくらか作りそれを「ニュートンの林檎」で小型化したミニギガンテスたちに向けて投げた。
当然爆発し、爆風に巻き込まれただの小石同然になり完全に生命活動を停止した。
「うーん……本来こんなに呆気ない相手じゃないんじゃがのぅ」
あまりに簡単に響が倒してしまったことに、椿は感傷に浸るようにそう呟いた。
その後、他の三人からも魔物たちが片付いたとの連絡があり響たちはそれぞれナインを拘束しているマリアたちのもとへと急行した。
椿はかわいいなぁ(一種の自画自賛)