家族会議と加入のお話。
思っていたよりも時間がかかってしまった。
初めての実戦から幾日が過ぎ去り、気が付けばもう五回生になっていた。
ピカピカの一年生だったあの頃に比べて、みんなちゃんと成長しており、体格だけでなく魔法や戦闘学などの技術から、精神面に至るまで様々なところで着実に大人に近づいていた。
どうやらこの世界の子供は成長が早いらしく、十一歳である程度自立できるまでになっている。まあ、魔物やら盗賊やらと戦う世界なんだから、そう考えれば早くてもおかしくはないといえるかもしれない。
今日も今日とて響たちは三人で一緒に学校へ足を進めていた、梓は貴族のお嬢様としての自覚が芽生えてきたらしく作法や礼儀から他の種族の大陸などについても学び、最近ではお隣さんというのもあってうちの道場で剣の訓練をしている。
影山は家が武具店を経営しているので、その手伝いをしている。本人も手伝い自体は楽しいらしく色々な武器を間近で見ることが出来るので、男の子としての本能が疼いているみたいだ。かくいう響もその一人なのだが。
そしてこいつも、今はうちの道場で一緒に訓練しており、何やかんやで前の世界よりも三人でいる時間は格段に長くなっている。
そして現在この道場には、この二人以外にも一緒に訓練する友人がいる。
「うがあああ! なんで一本も当たらないんですのおおお!!?」
「動きが単調過ぎです。その調子だとすぐに剣筋を読まれて……ほらっ!」
「ひいいいいい!」
「お嬢様! 逃げちゃダメですよ!ほら、カレンさんに立ち向かわないと!」
「無理ですわああああぁぁああ!」
名家フォートレス家のお嬢様マリアとその従者の家柄であるサイト家のお嬢様セリアが今年の春から加わることになり、アルバレスト道場は一層賑やかになった。
おめでたいことに、今年二十二歳になるカレンはその実力から、王国騎士団への入団が内定している。しばらくは訓練兵として、忙しくなると言っていた。
現在稽古中のマリアはその王国騎士団の団長の娘なのだが、マリア本人はそんなことどうでもよいらしくて、今こうしてカレンにたっぷりしごかれている最中だ。セリアの方はマリアよりも呑み込みが早く、どっちが従える側なのか時々分からなくなる。
「はっはっは! 皆たくましくて何よりだな!では、俺たちもやろうか、ヒビキ!」
「はい! 父様!」
木刀を握り直して父様へと向かっていく。かくして俺は今日もこの平和な日常を歩んでいる。
あれ、何か忘れてるような……?
完全に忘れかけていた、というかもうほぼ忘れていたが響たちの目標はほのぼの異世界ファンタジーじゃなくて、殺伐魔王討伐ファンタジーなのだ。
稽古中にそのことを思い出して一人身震いし、自分たちに思いを託したアザミに心の中でこれから頑張ると
△▼△▼△▼△
「よし、じゃあ今日の訓練はここまで。お疲れさん」
「よ、ようやく、終わり、ました、わ。ハァハァ……」
「お疲れ様ですお嬢様」
「なんでセリアはそんな息乱れてませんの……?」
まだまだ基礎体力がない様子のマリアと、汗を流しながらも爽やかな表情のセリア。
初めて出会った時よりも、二人の仲が格段に良くなっている気がする。
それに大体は二人で行動しているし、見ようによっては姉妹にも見える。
「お疲れー響」
「お疲れ、梓」
「うへーつっかれた~」
「お疲れー聖也」
「未だに名前で呼ばれんのがしっくりこねえなあ」
「そう言うなよ」
最近はこうして稽古が終わった後にみんなで談笑するのが一つの楽しみになっている、部活終わりにみんなで話しながら下校するのと同じ感じだ。
おもむろに梓が、傍にあったタオルを道着の中へ突っ込んで汗を拭き始める。その光景に俺と影山の男子勢2人は反射的に目を背けてしまった。
「なんであんたたちが照れてんのさ……」
「男の子は急な出来事に弱いんだ」
「そう言うことだ。てか少しは気にしろよ」
「案外女の子ってこういうこと気にしないもんなの」
さいですか。
まぁ男子校よりも女子高の方が酷いっていう話もたまに聞くしな、やっぱ男より女の人ってたくましい。
こんなやり取りを続けているからもうほのぼのファンタジーライフまっしぐらでもいいんじゃないかと思ってしまって仕方ない、各大陸に勇者がいるんだったらもうその人たちに全部丸投げして知らんふりしてもいいんじゃないだろうか別に。
そんなことが許されないのはもちろん分かっているのだが、別に思うくらいなら問題ないだろう。
「あ、カレン! 悪いがちょっと残ってくれるか?そろそろいい時期だと思うんだが……」
「分かりました師範。あのことですね」
ん? なんだ? 何の話だ?
カレンとクラリアの意味ありげな二行ほどのやり取りに響は何のことだろうと思考を巡らせ、そう言えば結構時間が経っても一向に説明されてないことが一つだけあったことを思い出した。
恐らくあのことだろう、何にも言ってこないからうっかりしてた。
みんなや他の門下生の人たちは続々と帰り支度を済ませて自宅へと帰り、その後家族とカレンとで響は昼食を食べたのだが如何せん空気が重い。
「あーヒビキ、今から言うことを真剣に聞いてほしい」
食後に父様が切り出す。
すでに内容の察しは付いている、例の件だろう。
「お前がまだ六歳の頃に言ったことを覚えているか?」
「カレンさんのことですか?」
「そうだ、今回はそのことについて、お前の意見を聞きたく思う」
要するにはこのアルバレスト家の新たな家族としてカレンを迎えるかどうかを響に聞いてから最終的な結論を出すということらしい。
恐らくはもうすでに響以外のところである程度の結論は出ているのだろうが、流石に子供の意見無視して家族が一人増えましたは唐突過ぎる。一家の大黒柱クラリアが言うには、響もまだ幼く、カレンの騎士団への入団がどうなるかも分からなかったために、今の今まで詳しくは話せなかったという。
「僕は歓迎します。家族が増えることは、むしろ喜ばしいことではありませんか」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
「ヒビキ君……」
「どうせ、大体のことはもう結論が出ていたんじゃないんですか? 五年もあったんですから」
「ばれちゃってたみたいね~、あらあら~」
というか、重婚が認められている世界なら、そもそもこのことに不満を立てるとすれば、誰が第一夫人なのかどうかといったところだ。昔読んでた本の展開が大体そんな感じだったのを今でも覚えている。
今までは道場で共に稽古をする人がいつの間にか血が繋がっていないとはいえ母親になるのだ、しかも二人目の。
響としてもこのことは喜ばしいことだと思ったがいまいち実感が沸かない。
かくして四~五年という長きに渡る家族会議が今ここで終着点へと降り立った。
いつ籍を入れるのかは具体的にはまだ決まっていないが、そう遅くないうちに入れるといっていたし、すでに空き部屋がカレンの自室になっていたり、着々とお迎えする準備自体はとうの昔に終わっていたようだ。
いや本当、最初にこのことを言った時はなにを抜かしているのかと我が耳を疑いカレンの笑顔に恐怖心を覚えていたのが今では単なる思い出話になりつつある。
まあ冗談抜きに響としてはあの時のニタッとした笑顔はトラウマになるかと本気で思ったんだがな……。
△▼△▼△▼△
翌朝、目が覚めるといつもと違う変な感覚があった。
見知った天井に本棚に敷き詰められている魔導書の数々、窓から差し込む朝日に隣から伝わる人肌の温もり。
特にいつもと違うところはないはずだった。
いやおかしい、響はいつも一人で寝ているはず。
両親は揃いも揃って新婚さんよろしくラブラブなためいつも一緒に寝ている。
どこも変なことは…………いや、あった。
思い当たる節が一つだけあった、別に昨日の出来事自体を忘れているわけではないんだ。家族が一人増えるという重要な出来事を忘れるわけないし忘れていいわけがない、のだが。
冷静に考えて、昨日の今日でいきなりカレンが隣で添い寝してくるとはいくら響きでも思わなんだ。
そりゃあ響だって嫌ではない、嫌なわけがない。
頭脳明晰、運動神経抜群、それでいてスタイルもよく美人で性格もよく、王国騎士団という名誉な職業に内定している女性に隣で添い寝してもらっていて嬉しくないはずがない。
だが一つ言わせてもらうとするならばせめて寝る前に入ってきて欲しかった。
……一回落ち着こう、落ち着くんだヒビキ・アルバレスト、いや水無月響。
この人はもうすでに家族だ、籍を入れていないとはいえ、同じ家に住み同じ釜の飯を食う家族じゃないか。
緊張することはあっても何も恐れることはない、朝からなんで葛藤みたいなのを一人で繰り広げているんだ俺は、と響がうーんうーんと唸っているとカレンがもぞもぞと動き薄っすらと目を開いて響のことを見た。
「…………んー、おはよう、ヒビキ君。今日もいい朝だね……」
「ええ……そうですね……」
「……じゃあお休み………」
「待て待て待て待て」
あなたそんなキャラじゃなかっただろう、と響は心の中で指摘した。
もしかしたら普段はちゃんとしないとと思ってああいう凛とした性格だが本当の性格はこっちなのかもしれない、仮にそうだったとしても今は正直それどころじゃない。
とりあえず横で二度寝をしているこの人を放っておいた方がいい気がしたのでそのままにしておき、顔を洗って食卓に着いて朝食を食べ、制服に着替える為にもう一度自室へ戻る。
部屋には未だスヤスヤと寝息を立てて完全に深い微睡みの中へと落ちていっているカレンがいるので、制服だけ取って道場で着替えることにした。
「響ー! おっはよー!」
この声は梓か、もうあいつらが来る時間か。
行ってきますと言い残して戸を引いて外に出た、いつもの二人と一緒にマリアとセリアのコンビが外で待っていた。最近はこの二人を加えた五人でよく行動することが多くなり昼食も一緒に食べている。
現在五回生の間では、由緒正しきお嬢様であるマリア・フォートレス派と、天真爛漫な近距離系お嬢様アズサ・ゼッケンヴァイス派、そして元いた世界の学校でも人気を誇った佐伯、トモカ・プラムライト派の三つの派閥が構成されているというおかしな状況が出来上がっている。
噂ではこの三つに属さないナギサ派閥というものがあるとされているが、あまり深く考えると取り返しのつかないことになりそうなので止めておく。
凪沙は見た目こそ女の子っぽいがれっきとした男の子だということを考えれば、その一発でこの派閥がどれほど危険かがわかるだろう、色んな意味で。
だからと言ってその派閥同士が争っているわけでもなく、ただ単に同士達でそれぞれの派閥のよさを語り合うのが通例になっているようだ。結局は自分の属する派閥が一番という終着点に着地するらしいのだが。
なぜこのことを唐突に認めなければならなかったのかというと、響はその派閥の二つから崇められている梓とマリアの二人と一緒に登校しているが故、毎朝毎朝派閥の一派から敵意と憎悪にも似た視線を浴びながら教室に向かう羽目になっているのだ。
セリアはマリアの付き人であるため、そのような視線を向けられないのは納得いく。それに付き人としての教育の賜物なのか淑女である彼女はそれなりに人気もあるのだ。
では影山はどうなるのか、ということになるのだが、彼自身元々クラスの中心に立っていた人物であったのでそもそも恨まれるような人間ではないのだ。誰にでも平等に分け隔てなく接するその性格から彼もまた人気者ではあった。
ただ響に至っては、そういう訳ではない。特に恨まれるようなことはしてはいないし嫌いな人物も特にいないため、影山と同じく誰とでも接してはいるのだが、クラスでよく話しているメンバーこそ、二大派閥の梓とマリアだったのだ。影山も話していたのだが、いわゆる人徳の差だった。それに膨大な魔力値に恵まれているため、若干恐れられているということもあると言う。
そんなことは露知らず、梓とマリアは、今日もそんな胃がキリキリするような視線を浴びている響をよそに、生徒の視線を集めていた。
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「ヒビキ・アルバレストくーん。居るかーい? おっ!いたいた! 今日の放課後生徒会室に来るように! 以上、じゃあね!」
教室に入るや否や、異様なまでにテンションの高いこの学校の生徒会長、アリア・ノーデンス。
嵐のようにやって来て嵐のように過ぎ去った彼女にクラス中の視線が釘付けになり、数秒間の沈黙が訪れた。開いた口が塞がらないとはこのことなのかと思いたくなる。
そして響は放課後、アリアに言われた通りに生徒会室へと向かった。
そう言えばあの人今何回生なのかということが頭をよぎったが、直接聞けばいいという結論に至った。
この間僅か1秒前後のことであった。
「失礼します会長」
「やあやあよく来てくれたねヒビキ君。会長なんて畏まらずに、僕のことはアリア先輩と呼んでくれていいんだよ?」
「はあ……それで、一体何か御用でしょうか?」
「ああうん、そうだったそうだった。単刀直入に聞くが、君は五年前の初の実戦のことを覚えているかい?」
「ええ……まあ、覚えていますが」
忘れたくても忘れられない記憶。
初めて魔物を殺した時の生ぬるい血の感触、人の腹に風穴を開けた感覚。当時はトラウマとなりかけた拭い難い思い出はそう易々と響の頭からいなくなってはくれなかった。
「じゃあその後に僕と話したことは覚えているかな?」
「その後……ですか……確か、落ち込んでいたところを励ましてくれて、生徒会について話してくれて……」
「うん、覚えているなら話は早い。あの時の質問の返事を聞きたいんだ」
「生徒会に入るかどうか、でしたっけ」
「そうだ。悪くない提案だとは思うんだが、どうかな。現在この生徒会は君以来、目ぼしい生徒が来てくれなくてねぇ……君が入ってくれれば生徒会を維持することにもつながるし、他の生徒が入ってくれるきっかけになるかもしれないんだけど」
「お話は嬉しいんですが……その、自分に務まるかどうか……」
「心配はいらない。こう見えても僕は、滅多に人のことを褒めたりはしないんだ。自信を持ってみてもいいと思うけどね」
ニヤリと口角を上げながらそう語るアリア、その口調とは裏腹に、話をしている彼女の目には一切の迷いやおふざけなどは感じられなかった。今この人は本気で響をこの生徒会に入れようとしているのだ。
そしてこの会話は響にとっても悪い話ではない、ならどうするか、その答えは単純明快で一つしかない。
「分かりました。よろしくお願いします。アリア先輩」
「その答えが聞きたかった! 改めて歓迎しようヒビキ君! ようこそ生徒会へ!」
初めて会った時と同じように両手を広げ、アリアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうと決まれば早速行こう! すぐ行こう! いやぁ全く、今日はツイてるよ僕!」
「え? あの行くってどこへ……って先輩! ちょっと引っ張らないでって……ああああ!」
テンション急上昇のまま、アリアは響の手を掴みながらドアを勢いよく開け、ダッシュで外へと駆け抜けた。
上靴のまま手を引っ張られて連れてこられた先は、レンガ造りの大きな建物だった。
「さあ着いたよ。冒険者ギルドだ」
「あの……先輩……いまいち流れが……よく分からないんですけど……」
息も絶え絶えになりながら問いかける響に対して愉しそうな笑みを浮かべ、「入れば分かるさ」と答えになっているか分からない答えを返し、手を掴んだまま建物の中へと入っていく。
その中には、受付と十ほどの丸い木のテーブル、そして張り紙がたくさん張られた掲示板。
そしてその中でも一番驚いたのは、様々な装備をまとった人々の中でひときわ異彩を放つ、強面揃いでまるで画面から出てきたかのような世紀末集団だった。
キャラ被りが心配になってきた今日この頃。
そしてブックマークが増えていくことに喜びを隠せない。テンション上がりますわ。




