甘けりゃいいってもんじゃないっ!
世の中の男子諸君は、甘いシチュエーションに持ち込めば、女なんてコロッといくと思ってるんじゃないだろうか。
まぁそんな輩には一発、ふざけんな、と言ってやりたい。
「ここの通りにさ、オープンしたばっかりのカフェがあるんだよ。そこでランチにしようぜ。確か、紅茶のシフォンケーキがうまいらしくて……」
地元の商店街を、恋人の蓮と二人、並んで歩く。
古い店が立ち並んでいて、若者には縁のない場所にも見える。けれども、最近は古民家カフェブームなんかで、隠れ家的なスポットが増えてきている。
あと、手作りアクセのお店とか、無農薬有機野菜を使ったデザートのお店とか。
こう言っちゃなんだけど、「女の子が好きそうな匂い」がプンプンしてるんだ。
気取ってカフェ? バッカみたい。
ランチなんて言葉使ったことなかったじゃん。おーい、昼飯食おうぜー、って。
服だってそう。わざわざつけ慣れないシルバーアクセサリー買っちゃってさ。何カッコつけてるのよ。
オシャレで甘い雰囲気なんかで誤魔化されたりしないんだから。
じゃあ、なんで付き合ってるのかって?
それはまぁ……私もこいつを好きだったからなんだけど。
こいつ──蓮と付き合い始めて一ヶ月。
仲の良いクラスメイトだった蓮から告白されて、現在に至る、という。
バスケ部の蓮とバレー部の私。
体育館のコートを半面ずつ使って練習してたから、毎日顔を合わせてた。
練習の休憩時間に何となく話をするようになって意気投合。教室でもよくバカ話をするようになった。
突然の呼び出し、からの告白。
顔を真っ赤にして、改まった口ぶりで……「好きだ」、だって。
「理恵、なぁ、聞いてんのか? ぼぅっとして、大丈夫か?」
「あ、うん、ごめん」
「まぁ、いいや。……あのさ、それ」
蓮は私の頭を指差す。ゴミでもついてたのかと焦ったけど、どうやら違うみたい。モジモジと口ごもる蓮を見て、私はハッとした。
「その髪飾り、似合ってるじゃん」
ベリーショートの私の頭に咲いた、可憐な白い花。
朝、お姉ちゃんから借りた、レースモチーフのヘアピン。
「違うの! これは、朝っ……お姉ちゃんが無理矢理っ……!」
私はあたふたと慌てて言い訳した。
だって、デートのために張り切ってたなんて、恥ずかしいじゃない?
「加菜さんから?」
「そ、そうっ! 似合わないよねぇ、私なんかにさ。服だってお姉ちゃんがこれ着ていけってさぁ。私ってば、いつもジャージで汗かいて、髪もボサボサなのにね。あはは……」
嘘、嘘、大嘘。
今日の服だって、お姉ちゃんに頼み込んで選んでもらったのに。ライトグレーのカーディガンと、柿色のフレアスカート。背伸びして大人ぶってみた秋コーデ。
蓮のために、頑張った……って言えたら可愛いんだけどなぁ。ついこの間まで友達だったのに、急にそんな風にはなれないわけで。
「いや、似合ってるよ。なんか……新鮮」
バッカじゃないの。
私はプイッとそっぽを向いて、唇を尖らせた。精一杯の照れ隠し。あぁ、やっぱり私、可愛くない。
逆ギレじみてるって分かってるけど、「似合ってる」なんて言葉で私はなびいたりしないんだからねっ!
「私には似合ってないよ、変だよ」
らしくない服なんて着てくるんじゃなかった。
今すぐ体操服とジャージに着替えてしまいたい。可愛らしさとは縁遠い自分のビジュアルに、なんだか戦意喪失。……って、何と戦ってるんだって感じだけど。
友達同士でいた方が楽しかったのかな、なんて贅沢な疑問が私を悩ませる。
だって、全然上手くいかない。ギクシャクしてばっかりで、距離が遠くなった気がして。
付き合う前は、こんなじゃなかった。
部活帰りに肉屋によって、一緒にコロッケ食べたっけ。お腹ぺこぺこで、ガブッとかぶりついたコロッケがすごく熱くって──二人で口の中、火傷した。
昼休み、クラスで蓮とふざけ合って、私が蓮のお弁当ひっくり返しちゃったんだよね。結局、私のお弁当を半分、蓮に分けてあげたんだ。私が作ったゴボウの肉巻き、すっごく美味しいって褒めてくれた。
テストの打ち上げで行ったファミレスで、どっちがたくさん食べられるか、競争したこともあったなぁ。確かあの時は、私が勝ったんだっけ。それからしばらく、蓮に「理恵の胃は四次元ポケットだ」ってからかわれたんだよね。あー……なんだか思い出したら腹が立ってきた。
付き合ってからはオシャレなカフェで、オシャレなイタリアン。デザートは甘い甘いフォンダンショコラ。
嬉しいよ、嬉しいんだけど……何かが違うの。
「……理恵……理恵ってば! どうしたんだよ、今日は。体調悪いならどっかで休むか?」
蓮は心配そうに私の顔を覗き込む。
遠い、遠い。蓮が遠い。
大事にしてくれているのは分かる。でも、ガラス箱に触れるように、壊れ物に触れるように扱ってほしいわけじゃないの。
「私……き……食べたい」
「え? 何て?」
「だからっ……私、たこ焼きが食べたいのっ!」
「た、たこ焼きぃ?」
ひっくり返った蓮の声。
私は俯いて、蚊の鳴くような声で呟いた。
「駅前の、たこ焼き屋さん。付き合う前に一緒に行こうって約束してたじゃない……」
「そ、うだけど……」
あぁ、言ってしまった……。
雰囲気ぶち壊しやがって、って思われてるのかな。せっかくのデートなのに、って呆れてるのかな。
でも、私は……蓮と二人、付き合う前みたいにはしゃいでいたいの。
「──ぷっ」
蓮が笑った。
っていうか、なんで笑うの⁉︎ こっちは真剣なのに。
「あはははっ! お前、言うに事欠いてたこ焼きかよ」
ひぃひぃとお腹を抱えて、蓮が笑う。
そんなに笑うことないじゃないっ!
「分かったよ。約束してたもんな。行こうぜ、たこ焼き屋」
蓮が私に手を差し伸べる。
私、頑張るベクトルを間違えたのかな? 一気に気分が萎んでいく。
「……いい、やっぱ、いい。カフェでいい」
「何言ってるんだよ、たこ焼き食いに行こうぜ。別にカフェなんて今度でいいじゃん」
「……だって、歯に青ノリついたら、ヤだし」
バカじゃねぇの、と言うのは、今度は蓮の番。
躊躇う私を前に蓮は短く言い放ち、私の手を強引にギュッと握った。
「ついてたら、からかってやるよ。理恵、前歯が虫歯になってんぞ〜、ってな」
「やだ、そんな言い方しないで、ちゃんと教えてよっ!」
悪戯をする子供みたいにニカッと歯を見せて笑う蓮を見て、キュゥ……と胸が苦しくなった。
これ、この顔が見たかったの。ずっと。
私が好きになった、蓮の笑顔。
「理恵の分だけ青ノリ増し増しで、って注文してもいい?」
「余計なことするなっ!」
だけどやっぱり、ちょっと蓮の特別になりたくて、友達以上でいたくって。
私はもぞもぞと蓮の手を解き、そして恐る恐る指を絡ませて繋ぎ直した。恋人繋ぎ、っていうんでしょ?
チラリ、と横目で見ると、蓮の顔はタコみたいに真っ赤っか。私もつられて、頬が熱くなる。
甘けりゃいいってもんじゃない。
でも、少しくらいなら甘いのもいいかな、なんて。
そう思った──秋の昼下がり。