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MAYその3 空から美少女が降ってくる

 落下する女生徒の顔は、ここからでは見えない。


 だが、髪の短い少女だということがわかる。


 屋上のフェンスから、別の女生徒が顔を見せた。


「染谷さん!」


 遠くて細かいところまではわからないが、そちらは髪の長い少女だ。


 反射的に、俺は救助のための動作を開始している。


 肩にかけたバッグをその場に投げ出し、大きく息を吸い込む。


 モールス信号のSのテンポで大きく三歩下がる。


 再度、モールス信号のSを足で打つ。


 一歩で地面を蹴り、二歩目で加速し、三歩目は水平に飛んだ。


 落ちる女生徒に向かって、俺は両腕を広げる。


 受け止めた瞬間、左腕に多少の衝撃を感じたが痛みはない。


 もちろん、彼女を落とすこともない。


 少女を抱えたまま、俺は三回、前転した。


 自由落下する彼女にかかる運動エネルギーを、真横に飛ぶことで緩和する。


 さらに前転をすることで、残ったエネルギーは俺の背中から地面へと出ていくことになる。


 受け止めたのは小柄な少女で、俺の腕の中にすっぽりと収まっていた。


 少し太めの眉の下で、澄んだ瞳が、俺を見つめている。


 つやつやした唇からは「おー」と、小さな吐息が聞こえる。


 物心ついた頃から、俺は痛みを感じたことがない。体でも心でも。


 そうはいっても怪我はする。


 しかし、救出した女生徒に怪我をさせる気は毛ほどもなかった。


 俺の任務はこの学校に在籍する特殊能力を持つ女生徒の護衛。


 対象が不明な現在、二年に在籍する女子全員が俺の護衛対象だ。


 自分の左腕の収まりが悪いように感じたので、ゆっくりとその場に少女をおろす。


「君、大丈夫か」


 安否を尋ねたが、返事はない。


 怪我をさせないよう気をつけたつもりだが、どこか痛めたのだろうか。


 彼女はあいかわらず、俺の顔をじっと見ていた。


 どこかで見たことがあるような眼差しだった。


 右肩の『象』を見やれば、『赤ん坊の目だよ』と書いてある。


 確かに、彼女の白目の部分は青みがかっていて、それは赤ん坊や幼児に良く見られる状態である。


 それが余計に彼女を幼く見せているのだろうと、彼女の黒い瞳に映った自分の顔を見ながら考えた。


「君、本当に大丈夫か?」


 俺が再び問いかけると、そこで女生徒は目をしぱたたかせた。


「はい! あ、ありがと」と、女生徒は言った。


「どこか痛いところはあるか?」


「え?」


 ぴくりと、女生徒は背筋を伸ばし、その場で一回転する。


 自分の尻尾を追いかける子犬のような動きだ。


「うん。大丈夫みたい」


 向かい合って見ると、やはり小柄な少女だった。


 俺の身長は、この国の高校二年生の平均身長と同じだが、彼女の頭は俺の鼻までしかない。


 彼女は、頬をかいた。


 心理学的に言えば、照れているということになる。


 袖で手の甲が隠れているため、指先しか見えなかった。


 服が大きいのか、体の方が小さいのかは俺にはわからない。


「あーあ。やっぱ屋上で飛び蹴りは良くないねー。避けられたら、まっ逆さまだもん」


 少女は屈託の無い笑顔を見せた。


 それは純度百パーセントの笑い顔であり、ビジュアル辞典で「笑顔」の項目を引けば、彼女が載っているだろうと考えるには十分なものだった。


 それともう一つ、「八重歯」の項目にも載っているだろう。


 ざっと彼女を頭からつま先まで見たが、たしかに怪我をしてはいないようだ。


 彼女は俺に向かって頭を下げた。


 ショートカットの側頭部で左右にぴょこんと立った髪が、一緒にはねる。


 何かに似ていると思い『象』の右耳を見ると、『子犬の尻尾だよ』と書いてある。


「ほんとにどうもありがとう。助かっちゃった。二年C組の染谷潤です。キミこそ、怪我してない?」


「む」俺は肯定のしるしに頷いた。「気にするな。このくらいは朝飯前だ。むしろ、夕飯後だな」


 自己紹介がまだだったので俺から名乗ることにする。


「俺は宇野零次。今日から二年C組に転入することになっている」


 俺が言うと、彼女の顔がぱっと輝いた。


「今日くる転校生ってキミなんだ! よろしくー。って、キミ、肩が変になってるよ!」


 染谷さんに指をさされて見ると、確かに俺の肩は壊れたハンガーのように傾いている。


 染谷さんを受け止めた際、脱臼したようだ。


 痛くないので気づかなかった。こういうとき、無痛症というのは厄介だ。


 体全体を意識的にサーチしなければ、怪我をしても気づくことができない。


「い、痛くない?」


 おそるおそるといった風に、染谷さんが俺を見上げている。


「ああ、俺は無痛症なんだ。痛みを感じたことはない」


「へー。凄い……」


 言いかけて、彼女は顔の前で手を振った。


「イヤイヤイヤイヤ。痛い痛くないは関係ないよ。怪我したら治さなきゃいけないのはいけないんだよ」


 彼女の言うとおりだ。


「それもそうだな」


 そう言って、俺は右手で左の上腕部を持つと、肩へと押し込んだ。


 ごき、と音がする。


 腕を回してみた。


 動きが少し鈍いが、任務続行に問題はなさそうだ。


「多少の違和感はあるが、日常生活に支障はないだろう」


「うんうん。あながち間違いではないけど、やっぱりちゃんと保健室に行った方がいいんじゃないかな? ね?」


「わかった。後で行くことにしよう」と俺は言う。


 転校初日に怪我をしたと噂が流れたら、それだけ注目を浴びる可能性が増えるし、マークされるおそれもある。


 腕組みをした密城副司令はいかめしい顔つきだった。


「染谷さん、あとで馬飼野さんと一緒に職員室に来なさい。あなたが屋上から落ちてきたってことは、彼女も一緒だったのでしょう?」


「あ、あはは」


 染谷さんは頭をかいた。


 心理学的にいうと、何かをごまかしたい時に人が行う仕草だ。


「ちょっと学年長決定戦の前に予行練習しとこうと」


「言い訳は聞きません。とにかく今は保健室に宇野くんをつれていきなさい」


 密城副司令は俺に顔を向ける。


「宇野くん。後でといわずに、保健室には今すぐに行きなさい」


「は」


 俺は直立不動の姿勢で答えた。


 視線を副司令と合わせないために、目は空に向ける。


「しかし、自分は大丈夫です。学業の継続に問題はないと認識しておりますが」


「何を言ってるんですか。そのための保健室ですよ。染谷さん。彼を案内してあげて」


「わかりました! 宇野くん、こっちだよ」


 俺は一兵卒。密城副司令はこの学園のナンバー2にあたる方だ。話し合いの余地はない。


 染谷さんにうながされた俺は、密城副司令に一礼し、その場を離れた。

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