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プロローグ

 五月一日の放課後。


 生まれて十六年。戦場には何度も赴き、死線をかいくぐって来た俺だが、命の危機って時はなんとなくわかる。


 例えば今だ。


 学校の屋上で、俺、二年C組の宇野零次うのれいじは、一人の少女と対峙たいじしている。


 馬飼野真央まかいのまお。魔界の魔王の生まれ変わりだという女子高生。俺のクラスメイト。魔王だからか、制服の上にマントを羽織っている。


 彼女の敵を、俺が狙撃したことを、彼女は卑怯だと怒っている。


 俺は彼女を撃つ気は無いが、彼女は俺に魔王暦まおうれきという魔法を撃つ気でいる。


 それもこれも、俺が命じられた任務のせいだ。 


   ■■■   ■■■   ■■■


 二週間前のことだ。


「学校ですか?」


 言った瞬間、自分でもいつもとは違う表情になっているのがわかった。


 直立不動をしたまま、俺は微動びどうだに動かない。


 広いブリーフィングルームに俺一人が呼び出され、任務として『学校に行け』と言われれば、誰しも今の俺のような顔になるのではないだろうか。


 笑うでもなく、いぶかしむでもなく。


 疑問や警戒、そのほか、脳内で警鐘が鳴らされるべき諸々(もろもろ)。


 それらすべてが混ざり合ったような感覚だった。


 俺にしてみれば、これがそうだとわかる感情、それ自体がわからない。


 目の前の演壇、その上に置かれたスピーカーから、上官の声がする。


「そうだ。学校だ。君は今回の任務が不服だとでも?」


 問いかけた相手は、その声から、今の状況を楽しんでいるようだった。


 いつもと同じく相手の姿は見えない。


 無機質の黒いスピーカーは俺への指示を伝えるだけで、詳細な資料は俺が入室する前には、演壇の上にファイルとして置かれている。


「不服などありません」


 満足の反対を不服というらしいが、俺にはよくわからない。


 俺は、この『安穏あんのんの家』という組織で育った。


 とぼしい知識で推測すいそくするに、ここは組織や機関と呼ばれるものらしい。


 俺が今まで服した任務は、主に夜獣やじゅう狩りだ。


 冷戦時代に、どこかのバカが軍事目的で世界各地にある『スポット』を開放したそうだ。


 そのせいで、夜と闇とが同義語である国じゃ、日暮れ後、夜獣が現れるようになった。


 ブーゲンビル、パキスタン、タジキスタン、アフリカじゃスーダンにケニア。


 俺が任務で訪れた国を赤く塗れば、世界地図のアフリカとアジアはほとんどの国が赤になる。


 その俺がだ。学校に行くなどとは、意味がわからなかった。


 俺の思考を上官は読んだようだ。スピーカーの向こうで低い笑い声がした。


「まあ、いいだろう。今回の任務は護衛だ。日本のハイスクール『鶴翼かくよく学園』に通う生徒の護衛を行ってもらいたい。


 ついては、君に転校生、宇野零次うのれいじとして編入してもらう。期限は来年の三月末日まで。何か、質問は?」


「護衛対象は?」


「現在のところ、不明だ」


 意味がわからなかった。それでは護衛のしようがない。


「クライアント(依頼主)の意向はどうなっているのですか」


「クライアントは女性であること、護衛対象は彼女のご令嬢であること。そのご令嬢は二年生であること。そして特殊能力を持つそうだ。この四つだけはわかっている。心配するな。金は振り込まれている」


 そういう問題ではないと考えるが、俺がここで反論したところで、命令は絶対だ。


 だが、どうしても一点だけ確認しておかなければならないことがある。


「護衛対象が判明する前に、何かあった場合はどうなるのでしょうか?」


「お前は任務失敗。依頼はキャンセル、ということになるだろうな。ついでに言えば、クライアントはお前のマンサーチの能力を知っておきたいらしい」


「それで護衛対象が隠されていると?」


「まあ、そうなるんだろうな」


 まったく不可解だ。しかし、俺はノーといえる立場にない。


「了解しました」


「それでは来月、五月一日から潜入してもらう。準備にかかれ」


 小脇に資料を抱えたまま俺は敬礼し、ブリーフィングルームを出た。


   ■■■ ■■■ ■■■


 組織内にあてがわれている自室に戻ると、入って右側に置かれた机の上に資料を乗せる。


 部屋は狭く、椅子に座った状態で反り返れば、ベッドにすぐ手が届くほどだ。


 A3のマニラ封筒から資料を取り出し、目を落とす。


 『私立鶴翼学園』の調査資料と書かれている。


 二十ページ程の資料は丁寧に読んだので、終わるのに十五秒かかった。


 別に俺自身が覚える必要は無い。


『象』が覚えていてくれるからだ。


 物心ついた時から、『象』は俺の右肩あたりに浮かんでいる。


 俺の握り拳ほどのサイズだが、俺が見聞きしたことの記録係で、俺が目にしたもの、聞いた言葉をすべて覚えていてくれる。何か忘れたことがあるときは、彼の右耳を見れば、そこに答えが書いてある。


 尋ねてまわったことはないが、どうやら『象』が見えるのは俺だけらしい。つまり『象』は、俺の脳内の何かが生み出したものということになるだろう。俺は感情というものを持ちあわせていないし、肉体的にも痛みを感じたことがない。その分を補うために、見えているのだろう。


 資料から、学校の所在地、銃器類の持込禁止の校則が無いことさえ確認できれば、あとは生徒数が六百九十八名だろうと、校名にちなんで鶴が翼を広げた形の校舎であろうと、俺には関係ない。


 ふと、俺は机の上の端末に向かった。WEBブラウザを立ち上げると、トップページに設定した検索サイトで学校名を打ち込んでみる。


 私立鶴翼学園のホームページはすぐ見つかった。


 トップページには大きく、『学年長決定戦開催!!』という文字が大きく浮かんでいる。


 聞いたことのない言葉だった。


 俺が転入する日と、決定戦が始まる日が同じらしい。


『おい、クリックしてみろよ』と左肩の『蛇』が言う。


 こいつは俺の左肩あたりで、いつもとぐろを巻いている。やはり、俺にしか見えない存在で、いつも俺の代わりに、喜怒哀楽の感情を口にする。それにもとづき、俺はその場その場であらわすべき表情や態度を演じるようにしている。感情がないというのは、他人にあまり良い印象を与えないらしいのだ。


 基本的に俺は一人でいるときは、奴の軽口に反応しないのだが、今回ばかりは俺も同じことを考えていた。


 開いたページを読むに、学年長決定戦のあらましが書いてある。


 それを『象』がまとめてくれた。


 俺たちが読み終わると、『蛇』が笑った。


『なんだよ、この学校。ありえねえぞ』


 俺は学校に通ったことがない。組織内の養成所で育ったからだ。


 だが、一つだけわかっていることがある。


 生徒同士が戦うというのなら、俺は早い段階で護衛対象者を見つけなければならない。


 それができなければ、二年の女生徒を全員守るだけだ。

読んでいただいて、ありがとうございます。

最初のマリーアントワネットのくだりは、厨二病漫画の金字塔「ARMS」の有名なセリフに似ていますが、真似しました。

次回もよろしくお願いしま~す。

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