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少年小説 アンパンの丘  作者: 丸山寛之
3/6

第3章

少年小説 アンパンの丘      丸山寛之




 第三章


  1


 ある夜、公平は、中村家のおばさんにまた叱られてしまった。


「もういらんとね! ないごと(何事)ネ! もっと、はしっと(しっかり)食べんね!」


 ごはんのおかわりをしないと、きまってこの言葉が食卓の向こうからとんでくる。


 すると、テッチーもとたんに何か思い出した顔で、箸のはこびがのろくなった。


 杉がそんな二人を横目で見てクスッと笑った。


「どげんしたとネ、杉さん、妙な笑いかたをして」


「い、いいや、なんでんなかと!」


 ウソをつくのが下手な杉の顔がパッと赤くなった。


 今日の放課後のことである。


 公平が尾っぽ舘に戻ってくると、部屋のなかでテッチーが即席ラーメンのカップを手にして思案顔をしている。


「おッ、いいものあるじゃんか」


「原田げん(の家)おふくろさんにもろた」


 鯛部落に自宅のある同級生の母親に通りで行きあったら、「一つやっどん」と、買物かごから取りだしてくれたのだ、と。


 原田のおふくろさんだけではない。


 この村は「おひとつやっどん」と、自家製のさつま揚げとかイモアメとかポンカンとかが、よく到来するところだった。


「食うべぇ!」


「どげんして食うとや、お湯が入っちょらんど」


 と、テッチーは部屋の隅においた机の上の魔法瓶に目を向けた。


「いまごろお湯をもらいに行くのまずいな。おばさんに何かいわれちゃうな」


「どうやって? ヤカンもないのに」


「キリストいわく、お湯はヤカンのみにてわかすものに非ず」


「了解!」


 それから、二人が尾っぽ舘のネズミのすみかになっている炊事場のかまどで、洗面器をナベがわりに用い、新聞紙やそこいらで拾い集めた木切れを面白がりながら燃やしてお湯をわかし、


「ぼく、作って食べる人」


「じっとガマンの三分間」


「おいしそう!」


 げらげら笑いながら一個のカップをやったりとったりして食ってるところへ、杉が来た。


「やってるな、おい(俺)にも食わせんけ」


 そういいながら、おや? というような目を洗面器に当てて、


「こいで湯をわかしたとや?」


「左様、びんた(頭)がよかどか」


 すると、杉は言おうか言うまいか、ちょっとためらったあとで、


「おいがさっきパンツをあろた(洗った)洗面器やっど」


「うえっ!」


 アンパンとテッチーはのけぞった。


 尾っぽ舘の生徒たちの洗濯は、中村家の洗濯機でまとめてやることになっている。


 なのに、杉がパンツ一枚だけを別に手洗いしたということは、つまり、その、つまり……だからであって、それを想像すると、たちまち胸がムカムカしてくるのだ。


 それにしても、青春とはなんと厄介な一面をもつものであることだろう。


 ……………


「だけどサ、魔法瓶ってずいぶんオーバーな名まえだと思わないか?」


 夕食をおえて中村家を出て、通りをぞろぞろ下駄を引きずって歩きながら、公平がいった。


 こんどはちゃんとお湯のはいっている魔法瓶をかかえているのは、テッチーである。


「じゃっど、魔法瓶と万年筆、誇大名称の双璧やっどな」


 杉が言った。


「それと、安全カミソリ」


 村田が追加した。


「魔法瓶の英語は何な?」


 テッチーがきいた。


「マジック・ボトル」と、公平。


「サーモス・ボトル」


 杉が笑って、訂正した。


 そんなことを言い合っているうち尾っぽ舘に着いた。中村家からせいぜい五、六十㍍の距離だ。


 尾っぽ舘のなかからは世にもフシギな音がきこえていた。英語教師のイーノックさんが弾くバイオリンの音である。


 いや、それはバイオリンを弾くというよりは、バイオリンと格闘する音というべきかもしれない。


 たとえば、ピアノだったらネコが踏んでもドはドの音だが、バイオリンのばあいはたんにドレミファの音を出すことじたい至難の技であるようだ。


 イーノックさんのバイオリンを聴いていると、そのことがじつによくわかった。


 とにかくバイオリンという楽器からこれほど奇妙な音が発生するなんて、生徒たちのだれも知らなかった。


 おそらくイーノックさん自身も知らなかったのではあるまいか。


    2


 イーノックさんが、彼の愛器とひたむきな格闘を続行しているとき、生徒たちの部屋ではその素っ頓狂な楽器の悲鳴が絶好のBGMであるような激烈にしてコッケイな口論─言語による格闘が展開されていた。


 ことの発端は、公平が日記に中上光子と彼女の父親のことをかいていて、ふと、


「おじさんのじは、しのほう? ちのほう? どっちだっけ?」ときいたことだった。


「旧かなづかいでは、ち、新かなづかいでは、し」と、杉。


「だから森鷗外の『ぢいさんばあさん』は、ちに濁点だ」と、これは川西。


 そこで公平が、


「どっちにしても発音は同じだね」といったのが、まずかった。


 村田が、へっ! と小馬鹿にしたような顔(と公平には見えた)をして、


「ちゃう、ちゃう、ちに点々のぢと、しに点々のじは発音がちがいまんのや」と、きた。


 公平は、たちまちカッとなって、


「えっ! 冗談じゃないよ、大阪弁じゃどうかしらないけど、日本語じゃ同じだよ」


 ゴングが鳴った。戦闘開始である。村田の顔がブルドッグに似てきた。


「なに言うてけつかる! ぢとじの区別も知らんと、日本語が聞いてあきれるわ!」


「どうちがうんだよ、どう。言ってみな!」


 こっちは興奮状態のポケットモンキーみたいだ。


「ぢはぢ、じはじ、やんけ」


「同じじゃないか」


「ちがうじゃんか」


「じゃ、言ってみな。ちに点々は?」


「ぢ!」


「しに点々は?」


「じ!」


「同じじゃないか!」


 ポケットモンキーが勝ちほこる。


 ブルドッグが顔をゆがめて、


「ちがうんや、アンパン、耳もわるいんか」


「じゃ、言ってみなよ、しに点々は?」


 しつっこいモンキーがくり返す。


「じ!」


 強情なブルドックがこたえる。


「ちに点々は?」


「ぢ!」


「全然同じじゃないか」


「全然ちがうやんけ」


「じゃ、言ってみな、ちに点々は?」


「ぢ!」


「しに点々は?」


「じ!」


 まるでエンドレステープみたいなこの「じぢ論争」がつづけられているあいだ、ほかの三人はどうしていたか。


 日高テッチーは、机の上に教科書とノートをひろげて、むっつり、怒ったような顔でエンピツを走らせている。


 川西は机上にほおづえをつき、歴史の本を読みながらときどき二人へ目を向けて、笑い声をあげたりして、ちょっと面白がっているようにもみえる。


 杉は終始困ったような顔でうつむいたきりで、組んだひざの上のサマセット・モームの小説に目を落としている。


 三者三様の中立の姿勢であった。


 ノックの音と同時にドアが開いた。


「うるさなあ、君たち、また、やってるのか」


 イーノックさんは、自分のバイオリンは棚に上げたようなことを言い、


「今日のテーマはなんだい?」ときいた。


 川西がクスクス笑いながら説明すると、


「バカだな、そんなこと二人で言い合ってないで、ダルマさんに教えてもらえばいいじゃないか」


 なるほど、それは名案だ。


 川西が国語教師、ダルマさんの部屋に呼びにいった。


 ダルマさんがにやにや笑いながらやってきた。


「なかなか面白い論争をやってたそうだな」


 空いている腰掛けに尻をおろし、


「ぢとじの発音は厳密にいうとちがうんだ」と言った。


 公平が「あ!」という顔をし、村田の面上に得意げな色が流れる。


 ダルマさんは、そんな二人にはおかまいなしに、


「やってみようか。まず、ちの濁音のほうは、舌の先を上の前歯のウラにつけるようにして、ぢ、ぢ、ぢ……」と発音してみせた。


「それから、しの濁音は、舌を伸ばしたままで、じ、じ、じ…。ちのほうはぢ、しのほうはじ」


 なるほど、違いが明瞭にわかる。


「もっとも…」と、ダルマさんの話はつづく。


「ぢとじを区別して発音する地方は、九州の筑後地方だけだそうだ。これは国語学者の金田一春彦先生の説だ。だからか、久留米が発祥の地のタイヤ会社の社名は、ブリヂストンとヂなんだ」


「わかりました。負けたよ」


 公平は言った。あとのほうは村田に向かって─。


 すると、村田はなんだか悪いことをしたようにうろたえて、「いやいや…」と口ごもった。 


    3


 もし、おとなの友人同士と、若者たちのそれとをくらべて、なにかちがいがあるとすれば、それはケンカのあとの回復力の差ではないだろうか。


 おとな同士のばあい、ひとたび争ったがさいご、ついに仲直りできないことだってあるだろうし、だから逆に遠慮会釈なくケンカができないということもあるのではないか。交際に打算的な思惑がからんでくることがあるのではないだろうか。


 若者たちのあいだではそんなことはない。言いたいことを言いたいだけ言い合い、ときには殴り合ったりもするが、仲直りするのも早い。ケンカのあとでいっそう深い友情が生まれることだってある。


 つまり若者たちのケンカが可逆反応的であるのに対して、おとなのケンカは不可逆反応的といえるのではないか。


「じぢ論争」のあと、公平と村田はけろっとし顔で、れいの竹の浦の洞窟探検の打ち合わせをはじめた。


 あしたの午後が週一回の「労作」で、桜岳の中腹にあるポンカン園の手入れ作業に行くことになっている。


 そこから洞窟のある磯辺までは山道を駆け下りると、三十分ほどで行けるだろう。絶好のチャンスだった。


「懐中電灯は絶対必要だね」


「それと細引き」


「なるほど」


「トンカチもいるでぇ」


「トンカチ? 何につかうんだ」


「まかしといてんか。そのときになったらわかるテ」


「よし、まかせる」


 こんどはいやに協調的だ。


「ネコはどげんすっとや」


 テッチーが口をはさんだ。


「ネコは現地調達だ」


 村田がキゲンのいい声でこたえた。


 労作の日。五月晴れの青い空が午後にはさらに光りかがやいた。


 鯛村高校の教師と生徒は、全員、学校を出発してポンカン園に向かった。


 めいめいクワをかついだり、カマをもったりしている。


 肥料の入った重い麻袋をかついでいるのは、木庭次男という朴訥で力仕事の好きな生徒である。


 塩部落に家のある木庭は、すでに一人前の漁師で、亡くなった父親にかわって一家を支えている。


 学校を休む日も多いし、夜の漁労がつづくときはよく教室で居眠りをしている。


 しかし、いつでも屈託のない元気な顔で、自分よりうんと年少の同級生に「教えったもんせ」と教科書のわからないところを教わったりしている。


 二十三歳のこの高校一年生は、自分では意識することなく、男の生き方のひとつの典型を、彼の同級生たちに見せているのだった。


 いつものようにコーラスの歌声を村道にふりまきながら歩いていると、


「よかお日和ごわんなあ」


 とか、


「どけ(どこへ)おじゃっとな」


 と、行き合う村の人たちが声をかける。


 こちらも、


「はい、よか肌もち(気候)なした」


 とか、


「ポンカン山の労作やっど」


 などとこたえる。


「ポンカンの木よっか人間のほうが多かが」


 そんな冗談口を投げていくおじさんもいる。


 労作というのは、鯛村高校のこれまた重要な教育眼目の一つで、毎週一回、午後からの半日を校庭整理、村道の道ぶしん、つわぶき採り、働き手の少ない家の麦刈りやカライモ(サツマイモ)植えつけの手伝いなど、教師も生徒も一緒に働くのである。


 都会育ちの教師が、生徒にクワやカマの使い方を教わったりしながら……。


 ポンカンは、ミカンの一種で甘く香気の高い、栽培のむずかしい果実だが、鯛村高校生のなかにはちゃんとそのほうのプロもいる。


 さて、そのポンカン園で施肥や除草などの作業がはじまったころ、尾っぽ舘の三人組─村田と公平とテッチーは、竹の浦の洞窟の前にいた。


 行列のいちばん後ろを歩いていて、道が竹部落から桜岳への山道にさしかかったとき、身をひるがえして反対側の海へ向かう下り道を逃げたのである。


「うまくいったな!」


「探検開始!」


 公平が背負ってきたリュックサックのなかから懐中電灯、細引きの束、トンカチといったものを取り出した。


「おい、ムータンよ、このトンカチ、何につかうんだよ」


「細引きの先に結びつけてオモリにする」


「あ、バカだな。穴はタテアナになってるんじゃないって言ったじゃないか」


 荒磯のはずれの岩山にできた洞窟のなかに安置された祠には木像の恵比寿さまがまつってある。


 祠のうしろに小さな穴があいていて、これがなんと延々と二○〇㌔彼方の屋久島まで続いているのだという。


 三人は、祠の裏の窮屈な空間に這い込んだ。


 湿っぽくよどんだ空気中に線香のようなコケのにおいがただよっている。


「ホラ、この穴だよ」


「案外小さいやんけ、これやったらネコ入らへんで」


 穴はいびつにひしゃげたラグビーボールのような形で、奥のほうはくろぐろとして、ほんとうにどこまで続いているのか、わからない。


「なんや気味わるいなあ」


「先のほうは見えないなあ」


「懐中電灯は?」


「ここだ、つけるぞ」


 穴の奥へ向けて、懐中電灯のスィッチを押した。一条の白い光が伸びて穴のなかを照らしだした。


 と、すぐ間近の穴の底におびただしい黒い紐状のものが絡み合うようにかたまっているのが目に写った。


「ヘビだ!」


 テッチーが叫んだ。


 その声と同時に三人は我を忘れて逃げ出したが、公平は立ち上がるはずみに思い切り尻を祠にぶつけた。


「いてぇ!」


 よろめくところへ、村田の体がぶつかってきた。


 二人は同体にうしろ向きに倒れかけたが、丁度そこに祠があった。


 祠を向こうへ押し倒して、その上に腰かけるみたいな格好になった。尻の下でバリバリッと板の割れるいやな音がした。


「ひやぁ!」


「たすけてくれ!」


 わけのわからぬことを叫びながら洞窟の外へ飛び出した。


    4


 しばらくはえたいの知れない笑いがつぎからつぎにこみ上げてきた。三人は顔を見合わせて笑いつづけた。


「おい、おい、これはひどいなあ」


 祠が前のめりに倒れて、恵比寿さまは捨てられた人形みたいに砂地にころがっている。


「バチが当たっど、早よう直そうや」


 テッチーが祠を起こそうとすると、


「待て、待て、先に穴のなかを見てからじゃ」


 村田が言った。


「うん、どうも、あれは蛇じゃなさそうだ、全然動かなかったもの」


 公平も賛成した。


「ちゃんと見とかんとあとで後悔するでヨ」


「そや、そや」


 こういうことになると、フシギに村田と公平の気は合うのである。


 テッチーの制止を聞き流し、それでも、いつでも逃げ出せるように及び腰で二人は穴に近づき懐中電灯を点けた。


「なんだあ? これ」


「紐やんけ、腰紐いうんか、女の着物の下に結ぶやつとちがうか」


「ずいぶんあるなあ、二、三十本はあるよ」


「なんかのまじないやでぇ、これは。ずいぶん古いやつもある。ぼろぼろになってるやんけ。なんや気味わるうなった。もう見んとこ」


 村田が穴の前を離れ、かわりにテッチーが、やはりこわいもの見たさで、


「どれ、どれ」と近寄ってきたときだった。


「こらッ! お前たちはなにをしとっとか!」


 背後から大きな怒声が飛んできた。


 仰天して振り向くと、洞窟の外に中上光子の父親が仁王立ちに立っていた。


「出てこい!」


 三人がおずおずと進み出ると、


「今日はポンカン山の労作じゃなかとか」


「ハイ」


「ないごて、こげんとこに居っとか! サボったとか!」


「ハイ」


「仲間が働いとるときにか! そげな根性で、はるばる東京から来た甲斐があっとか! あ、坊や!」


「すみません」


「この有様もおまえたちか」


 おじさんは、おっかない目で洞窟のなかを見回した。祠が倒れ、恵比寿さまがころがっている。


「ごめんなさい」


「何ちゅうことをすっとか!」


 ヤギひげがぶるぶるふるえている。


「あのゥ、わざとじゃないんです」


 公平のことばに、「穴の中にヘビが居ったかと思うて…」と、村田がつけたすと、


「なに、穴の中の蛇!」


 おじさんの目がキラッと光った。


「いいえ、ヘビじゃなくてヒモでした」


「ヒモを見たとか?」


「はい」


 すると、おじさんはひとつ、大きくため息をついて、


「見てしもうたとならしようがなか」と言った。そして、


「この穴は、業ン穴ちゅうて、がっつい(非常に)つらか目に会うたおなごや、苦しゅうてならん女ごが、ごうを捨てにくるとこじゃ。つれあいや子どもに死なれて、わが身も死んだほうがましじゃち思いつめたとき、この穴に業を捨てに来っとじゃ。自分の肌につけた腰紐を投げ込んで、浮世の辛苦を地の底に捨てて、新しゅう生まれかわっとじゃ」


 おじさんは、ここで言葉を切って、


「パンドラの箱ちゅうのを知っとるか」


「ギリシャ神話のですか」


「そうよ。ゼウスがパンドラに持たせて人間界によこした箱だ。ふたを開いたためにあらゆる災い、不幸がこの世にとびだした。箱の底に希望だけが残った。この穴もパンドラの箱のようなものじゃ。不憫な女ごのいろいろさまざまな苦しみや悩みがつまっとったとじゃ。哀れな話じゃなかか」


 哀れというよりは気味がわるかった。女っておっかないなあ、と公平は思った。


 この穴に耐えられない苦悩を捨てにきた女のひとは、ほんとうにかわいそうな人なのである。同情すべき人なのである。それなのになぜか、公平は、おっかないなあ、〝あっましかなあ〟と感じたのだった。


「おまえたちはパンドラの箱のふたを開けてしもうたんじゃ。とびだした不幸の二つ、三つは、おまえたちに取りついたじゃろ。まあ、労作をさぼって、ふらちなしわざをした罰じゃっで、それくらいはしかたがなかじゃ」


 おじさんはそういうおどかすような言葉を、彼の前に直立する少年たちに残し、ようやくその場を立ち去った。


「あとはきちんと元どおりに直しとけよ」


「ああ、えらい目に遭うたわ」


 村田のぼやきは、公平やテッチーのものでもあった。


「だけど、トンカチ持ってきてよかったな」


 こわれた祠を直すのにトンカチが思いがけず役に立った。


「ムータンの先見の明やったな」とテッチーが言った。


「ほんとだ」


 公平も賛成した。


 少年たちは、なんだか知らないけどひどくさびしくて、たがいに慰め合わずにはいられない気もちだった。


 祠はどうやら元通りになった。


「おおい!」


 道の高みから叫び声がして、手をふりながら一人の生徒が駆け下りてきた。笹川という同級生だった。


 息を切らしながら、


「こげなとこに居ったとか、がっつい探し回ったど!」


「どげんしたとや?」


「どげんしたも、こげんしたも、おまんたちが居らんごとなったで、マッチャマ(松山)どんが心配してよ、手分けして探しちょったら、ヤギ校長がここやちゅうて教えっくれたとやっど!」


 えっ、松山先生にばれちゃったのか!


 さあ、どうする!


「アヨー、あっましかァ!」


 公平の口から鯛村弁がとびだした。いやだなあ、うっとおしいなあ、おっくうだなあ、参ったなあ……といった感情がいっしょくたになったお気に入りの方言である。


 悄然となったところへ、笹川が、


「ところで、今日はがっつい面白かことがあったど」と意外なことを話しはじめた。


 それは中上光子にまつわる信じられないデキゴトの話だった。


                (つづく)


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