004 待ち伏せ
『ワーデイ』を出たユージは、マリイを連れ、商店街へとやって来た。現地時間でまだ8時過ぎなので、半分以上の商店は開いている。
「ここでいいか」
ユージが入っていったのは衣料品店。もちろん自分のではなく、マリイの服を買うためである。
「いらっしゃいませ」
出てきた女の店員に、マリイの服を見繕わせた。ユージには女の子の服などよくわからないし、マリイは遠慮して何も買いそうもないからである。
「これなどはいかかがでしょう」
試着したマリイが出てきた。襟元に付いた首輪の跡が目立たないようなハイネックの白いシャツとワンピース風の紺色をしたジャンパースカートである。
ジャンパースカートの後ろにはちゃんと尻尾を通す穴も開いていて、動きやすそうだ。
「なかなか似合うじゃないか」
ユージがそう言うと、マリイははにかんで、
「そう…ですか?」
その仕草が可愛らしいのでユージは微笑んだ。
「じゃあこれにしよう。パジャマもほしいな。あ、あと下着も4、5着、見繕ってもらいたい。…それと肩から提げるようなバッグはあるかな? あったらそれに買ったものを入れておいてくれ」
「かしこまりました」
即決で買っていくユージにほくほく顔の店員であった。
「ありがとうございましたー」
店員に見送られて、ユージとマリイはその店を出た。
「ユージさん…なんで…わたしなんかにこんな…」
喜ぶかと思いきや、泣きそうな顔をしているマリイにユージは、
「俺が勝手にしていることだ、気にすんなよ」
そう言って頭を撫でた、その手が止まる。
あたりはちょうど倉庫などの建ち並ぶ森閑とした場所、二人の前には5、6人の影が立ち塞がっていたのである。
「マリイ、そこの陰に隠れてろ」
マリイをかばい、建物の凹んだ陰へと押しやるユージ。その前に出てきたのは、背の高い痩せた男。ユージは臆するでもなく、一歩前に出た。
「俺になんか用か」
「へへへ、ちょっとな」
へらへらとした態度で痩せた男が言う。
「ははあ、ひょっとしてお前等、チョロゥの差し金だな? あの手の顔がやりそうなこった」
「ふふん、わかってるなら話が早い。有り金全部と、そこの亜人のガキをいただいていこう」
「いやだと言ったら?」
「明日の朝、港に浮かんでいたいならいいさ」
痩せた男の物言いに合わせて、後ろの4人が笑う。
「言っとくが、俺はこれでも魔法が使えるんでな、逃げようとしても無駄だぜ」
そう言って痩せた男は、右手の指で空中に円を描くようにした。するとその円の中から小さな炎が飛び出し、ユージの足元に着弾し、すぐに消える。
「今のは脅しだ。本気になれば10倍の炎を出せるんだぜ」
ユージは足元の焦げを見、
「…傭兵かなんかやっていたのか?」
と聞いた。
「ん? よくわかったな。この前の『大陸戦争』でも前線で活躍したんだぜ?…さあ、わかったら有り金寄越しな」
だがユージは不敵な笑みを浮かべ、
「はははは、ほらを吹くのも大概にしとけ。お前程度の腕前で前線だ? 笑わせんな。死体から金目の物剥ぎ取ってた口だろう」
半分当たっていた。痩せた男…モタウリーは確かに大陸で先頃まで起きていた戦争に参加したことはある。だが後方で、残党の掃討くらいしか任されたことはない。
「ほらかほらでないか、喰らってみろ!」
いらついてきたモタウリーは指で空中に大きな円を描いた。そこからさっきとは比べものにならない程大きな炎が出現、ユージに向かって飛んでいく。
「ユージさん!!」
物陰から見ていたマリイは、黒こげになったユージを想像して思わず目をつぶってしまう。が。
「だから、こんなもんじゃ前線になんか出られないって言ってんだろうが」
左腕の一振りでその炎を掻き消してしまうユージ。それを見たモタウリーは青ざめる。
「ま!…まさか…! そ…その左手! その紋様は…!」
後じさるモタウリー。ユージの目が殺気を帯びた。
「ふん、この紋様を知っているか。大陸戦争に出ていたというのは本当らしいな」
炎を掻き消したユージの左掌には、複雑な紋様が浮かび上がり、淡い光を放っていた。
「お前の思ってる通りだよ」
そう言った後、ユージは消えた。いや、消えたように見えるほど速い動きで、モタウリーを初めとした5人を一瞬のうちに叩きのめし、地面に這いつくばらせていたのである。
「ちぇ、やなこと思い出させやがるぜ」
そう吐き捨てるように呟いた後、殺気を消したユージは背後を振り返り、
「マリイ、もういいぜ、出てこい」
すると泣きべそをかきながらマリイが出てきた。耳も尻尾もぺたんと力なくうな垂れている。
「ぐすっ…ユージ、さん、…だいじょうぶ、でした、か?」
ユージは苦笑して、
「ああ、大丈夫だ。俺はこの程度のチンピラになんかやられやしねえよ」
そう言ってさっきの続きのようにマリイの頭を撫でた。
「よかった…」
マリイの耳が立ち、元気が戻ってきた。
「さあ、帰るぞ。お前のルーツ探しは明日からだな」
ユージはそう言うとマリイの手を引いて船へと足を向けたのであった。
今回はちょっと短いですが。ユージの過去はだんだん明らかにしていきます。