115 フィオの実家
「……」
今、ユージ、マリイ、そしてフィオレとドナは一緒に馬車に揺られていた。
約束通り、フィオレの家へ行くためである。フィオレの家は王都の近郊にあるので、夕方には着ける筈だ。
「使いの者をやったから、歓迎してくれると思うわよ」
「クアトロ子爵邸、か。行ったことはなかったな」
「ユージは大陸出身だったわね。どこの生ま…あっ、あそこ見てごらんなさい、マリイちゃん」
くすっ、とユージは笑った。前に自分の家族が大陸戦争でいなくなったことを話していたので、うっかりとそこへ踏み込みそうになったフィオレがあからさまに話を逸らしたのが可笑しくも嬉しかったのである。
一方、マリイはユージの事が気になって、沈みっぱなしであった。
「どうしたの、マリイちゃん? まさか馬車に酔った?」
「…いえ、そんなことは」
「そう? ならいいけど。もうすぐ着くからね?」
ユージも、マリイの事は気になっている。そしてそれが自分が魔導強化兵であることを知ってからであることも感じていた。ただそれが、嫌悪なのか恐怖なのか、それともどちらでもない別の感情なのかはわからない。故にマリイに直接尋ねるのを躊躇っている。
(なんだ、俺も結局マリイに依存してきたってことなのかな)
ふとそんな事さえも考えてしまう。そしてそんな己を恥じるように、
(フィオレがマリイを気に入って、可愛がってくれるなら預けてもいいかな)
などとも考えてしまう。アンヌに預けるのとどちらがマリイの為になるだろう。
(形見の星の欠片を探し、母親の故郷を見つける、それでマリイが幸せになれるのだろうか)
どうも今日の自分は負の感情に囚われているようだ、とユージは自嘲する。
(故郷大陸に戻ってきて感傷的になっているのかもな)
とりあえずはあと数日、約束通りフィオレの相手をせねばなるまい。その間にマリイとのわだかまりも解けるかも知れない、そう結論づけるユージであった。
「ほら、見えてきた。あれがあたしの家よ」
そんなフィオレの声に、ユージも窓の外を覗いてみる。そこには、大きくはないものの、がっしりとした造りの館が建っていた。周囲は林である。
「この辺りは戦争で焼かれなかったのよね」
そう説明するフィオレの横顔は、ユージにはちょっと済まなそうにも見えた。
館の前で馬車が停まる。既に使用人達が出迎えており、
「お嬢様! お帰りなさいませ」
「ご無事でのお帰り、重畳で御座います」
などと口々に挨拶し、フィオレが彼等に慕われていることが感じ取れて微笑ましい。そのフィオレはというと、
「ただいま、みんな。紹介するわね、バルーダ伯父様の部下だったユージと、その妹分のマリイちゃん。2人ともあたしのお客だからね」
そう2人を紹介している。
「はい、使いの者から承っております」
使用人代表として初老の執事がそう答え、
「ユージ様、マリイ様、どうぞこちらへ」
2人を案内していく。ユージはともかく、マリイは慣れないのでびくびくしている。見かねたユージがその手を握ってやると、マリイは一瞬だけびくっとしたが、ぎゅっとユージの手を握り返してきた。それでユージはそのままマリイの手を引いて、クアトロ子爵邸内を進んでいったのである。
「こちらをお使い下さい」
通された客間は質実剛健な印象の部屋、とはいえ子爵の館らしく、品のいい設えである。
「お疲れでしたでしょう、浴室の準備も整っております」
「お、そうか。じゃあさっそく浴びに行こうぜ、マリイ」
風呂好きなユージが言うと、
「はいっ」
すぐにマリイもそれに応じた。
流石子爵邸、脱衣所も広ければ浴室も広かった。おまけに浴室用の薄物を着た侍女が背中を流してくれる。マリイはユージに洗って欲しそうだったが、待機していた侍女達に半ば無理矢理洗われていた。
「きれいな毛並みですね」
マリイの尻尾を洗いながら侍女がぽつりと漏らした。
「そ、そうですか?」
「はい、そんじょそこらの犬の亜人とは比べものになりません」
「あー、マリイは狐の亜人だからな」
ユージが助け船を出す。
「狐?」
「ああ、狐」
「わたくし、狐というものは存じ上げないのですが、皆さんこんなきれいな毛並みなんですか?」
「俺もマリイしか知らないけどな」
「そうですか。…マリイさま、かゆいところはございませんか?」
「あ、だいじょうぶです」
頭を洗いながらしみじみとつぶやく侍女。どうやらフィオレと同じく、ここの使用人達は可愛いもの好きらしい。
アルデンシア大陸では亜人は差別対象とみなされることが多いだけに、これは意外でもあった。
身体を流してもらって浴槽に身体を沈めたマリイに、ユージは、
「どうだ、マリイ、気分の方は? さっぱりしたか?」
「え、あ、はい。気持ちいいです」
「そっか。お前、なんだか元気なかったから、心配してたんだぜ?」
「…ごめんなさい」
「バカ、なんでもなきゃいいんだ。…あ、あとはあったまったら出るから、君達はもういいよ」
後の台詞は侍女達へ向けてだ。そう言われた彼女達ははい、と一礼して浴室を出て行った。
「…さて、マリイ、これで2人きりだ」
「はい、そうですね」
「お前が何を気にしているかなんとなく判る気もするがよ、言いたいことがあったら言ってみな?」
「え…」
まさかユージからそう言われるとは思っていなかったと見え、うろたえるマリイ。そんな彼女にユージは、
「お前、俺が魔導強化兵だって知ってから、明らかに態度がおかしくなったものな。…もしかして俺が怖くなったか? それとも嫌になったのか?」
そう言うと、マリイは泣きそうな顔をして、
「違います!」
そう叫んでユージに抱きついた。そして、
「ユージさんがどんな人だって、わたし、かまいません。ユージさんはユージさんです!」
涙声である。
「ただ、ユージさんが、魔導式を刻まれて、どんなつらい目に遭ってきたのか考えると、わたし、何をしてあげればいいのか、わからなくって、それで、」
狐耳もぺたんと倒れ、小さな肩が震えている。
「魔力のない人に刻まれた魔導式は命を削るんでしょう? だったらユージさんは、ユージさんは…」
そこまで言うとマリイはとうとう泣き出してしまった。
考えてみると2人ともおフロの中なので裸なんですね…繰り返しますがユージはロリコンじゃありません、念のため。




