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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
神器とスケアクロウ
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53.男の要求、私の不自由



 あの男に買い取られてから、何回意識を落としただろう。

 嫌な習慣が付いてしまいそうだと忌まわしく思いながら、私は意識を浮上させた。

 目を覚ました時、また周囲の景色が変わっているだろうと嫌な確信を持ちながら。

 果たして、その確信は外れなかった。

 だけど全く嬉しくない。

 何故なら、目の前に仮面の男がいることもまた、確定していたからだ。


 そして予想に違わず。

 私が目を覚ました時、目の前に広がっていたモノは…


 金の稲穂と、案山子(スケアクロウ)


 そうと見紛いそうな、金に波打つ光の中。

 静かに佇む、揺らがず真っ直ぐな姿。

 まるで案山子の様な、細身の男。

 こちらに向けられる眼差しは、茶。

 麦藁の様に素朴で穏やかな、彩りばかりは優しい瞳。

 目元を覆っていた白磁の仮面は、取り去られて。


 そこに、仮面を外した素顔の男が居た。

 優しく温かな光の中、私を見つめる男の瞳だけが、刃の様に鋭かった。

 冷たい視線の奧に、隠しようのない憎悪が覗いている。

 それは、私を見ている様で別の何かを見ている眼差しで。

 私に重ねた何かに、男の殺意が昂ぶっているのが分かった。

 …分かったところで、私にはどうしようもないのだけれど。

 彼の憎い何者かと重ねられた挙げ句、殺されない様に。

 表面上は平然と構えながら、私の緊張は一気に高まっていた。



「………目が、醒めましたか」

 緊張に舌が固まり、私は何も喋れない。

 だけど男は、返事など期待していないようだから。

 私の様子など一向に気にせず、自分の喋りたいことだけを語り始める。

 私にとっては一方的で、身勝手な、その話を。

「見事でしょう、この光」 

 私の様子など、きっと男の目には映っていないに違いない。

 彼はうっとりと、私に視線を向けることもなく、場を取り巻く金の光を見つめている。

「この光は、この場に惹かれて集まった、穀物神様の加護の光ですよ。奇麗でしょう?」

 金の光に指を遊ばせなながら、男はうっすらと微笑む。

 彼の笑みの下に、光に向けた恍惚が透けている。

 妖しくも現実を見ていないかの様な、浮世離れした男の笑み。

 ちらちらと踊る光に目を細める男は、整った顔立ちをしていたけれど。

 今はその整った顔立ちも、男が私達とは異質な存在だと強調する様で。

 元々得体の知れなかった男の妖艶さは、今や『人間』とは…ヒトとは、思えなくて。

 私や、彼の上司だという青年の意識を奪った時の、男を思い出す。

 その、現実離れした異様な姿を。

 人とは思えぬ迫力と、有無を言わせぬ威容を。

 最早、私は彼をただの『ヒト』だとは思えなくなっていた。


 貴方は何者なのかと、誰何の声を挙げることもできず。

 私は男の放つ空気に呑まれてしまっている。

 大人しくすることしかできず、私は男の出方を窺う以外に正気を保つ術がない。

 今や、男の持つ空気は、私の正気すらも侵蝕しだしていて。

 意識を失いそうになる己を必死に戒めながら。

 なけなしの正気に縋る私は、異質な空間の中で怯えてしまう

 男と同じ場にいる恐怖に、細かく身を震わせていた。


 どことも知れぬ場の、得体が知れない男の前で、不思議な光に彩られる中。

 闇を象徴する神を信奉する私は、ひたすら闇に溶け込みたいと思ってしまう。

 闇の中に身を滲ませてでも、この場から、逃げたいと。

 男の前から、消え失せたいと。

 だけど男は、私にそれを許してくれるほど、寛大でも間抜けでもない。

 ガッチリと獲物をかぎ爪で捕らえる猛禽の様に、男は私の自由を手放さない。

 男の手に握られた鎖を通して、男の冷たい意思が伝ってくる。

 束縛された身。

 それを象徴する、首枷と鎖。

 私に今、自由というモノはない。

 この、目の前の男が、全てを手の平に握り混んでいる限り。


 私は男の意思に、否が応でも従わせられるのだろう。

 いくら抵抗しようとも、反抗しようとも、痛痒すら感じさせられない。

 何をやろうとも、どう逃げようと思案しようとも、それは男に通用しない気がする。

 得体の知れない男の前には無駄な足掻きで。

 そのことの何と滑稽で、何と虚しいことか。

 今の私には、逃げる自由すらないのだから。


 得体の知れない恐怖の中。

 男は私に一つの要求を突きつける。

 それは魔族たる私にとって、何を置いても従いたくないモノ。

 従うことに、同族達への裏切りを感じてしまうモノ。

 私は絶対に、意思の及ぶ限り従おうとはできない。

 だけど私の意思とは裏腹に、自由を奪われた身体が反応する。

 望んでもいないのに。

 絶対に従いたくないのに。

 男の言葉、その意思の前に、私の意思は紙の様に薄く扱われた。

 私は仮面の男の思惑の前に、拒絶を示す自由すらない。


「貴女には、アレを…『剣』を移す為、遠くからお出でいただいたんですよ」


 私に対する笑みに、邪悪と呼んで差し支えのない悪意が見える。

 男の言葉が示すモノ。

 視線を追って振り向いた先には、私達が居る謎の空間の最奥で。

 大量に群がる金の光を帯びた、ナニかが其処に見える。


 月の濃密な光と、闇。

 星の煌めきと、薄明。

 満月に照らされた夜と、星の瞬く銀の夜。

 それを物質という形に、練り上げた様な…

 輝き、夜の静けさを身に宿した一振りの剣。


「あれは…まさか、あれは」

 剣の正体を、魔族たる私は一目で知る。


 其処に、私達にとって何よりも重要な宝…

 夜の神に賜った『神器』が、其処にあった。



 

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