表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
神器とスケアクロウ
95/193

52.激昂、そして…



 口論が一段落した頃には、男達はぐったりと疲れ果てていた。

「それで? お前、『奴隷』買う趣味なんて無かっただろ」

「散々ヒトを変態扱いしておいて、今になってソレを聞くんですか」

 椅子に深く腰掛け、溜息をついたのは、二人の男共に同時で。

 ああ、こいつらは気が合うんだろうなぁと、私は冷めた目で観察している。

「個人的に趣味で買った訳でもなさそうだよな。俺の執務室に無駄なモノ持ち込むのは嫌いだろ、お前。それが『奴隷』連れてくるなんて、どんな心境の変化があったってんだ」

 青年の呆れた様な眼差しに、仮面の男は意味あり気に口許の笑みを深める。

 しかし、仕事先の、上司の前でも仮面着用が通常なのだろうか、この男は。

 それだけでも大した変態だと思うんだけど…周囲の人はそうは思わないんだろうか。

 ………。

 もしかして、もう、何とも思わないくらい、周囲も慣れている、とか…?

 私が青年達に疑惑の目を向けていると、振り向いた仮面の男と目が合った。

 穏やかな笑みを見せるが、仮面の奧に見える瞳は冷たいまま、笑っていない。

 やはり、この男は要注意の警戒対象だ。

「こちらへ来なさい」

 仮面の男はそう言って、手に持っていた私の鎖をぐいと引っ張る。

 そこに敢えて手加減をしようという気遣いはなく、力強く引かれて私は蹈鞴を踏む。

 首が絞まり、軽く咳き込んだ。

「おいおい」

 青年は男の扱いの悪さに呆れた視線を向けてくる。

 ぞんざいな扱いを受ける私に、さり気なく同情の目が向けられた。

「ふふ。あんなに遠くにいるのが、悪いんですよ」

 悪びれた様子のない男の目は、咳き込む私を面白そうに見ている。性格が悪い。

 傍にいたくない一心で、鎖の許す範囲でなるべく遠くに居たのだけど…

 こんな扱いを受けるのも、考えてみれば分かり切っていた気がする。

 私は男に刺々しくも軽蔑しきった冷たい視線を注ぎ、ボソッと呟いた。

「加虐趣味の、変態か…」

「変態じゃありません!」

 先程から変態という言葉を散々に浴びたせいか、男は過剰な拒絶反応を見せる。

 私の軽蔑の目に居たたまれなくなったのか、頭を抱えて何かを呟いている。

「変態じゃない。僕は、変態じゃない…」

 ………。

 …よし。

 どうやら、何かしら男の繊細な心に取り返しのつかない傷を刻むのに成功したようだ。

 一生付き合うトラウマとしては、中々に痛い傷を刻めた現状に、ひとまず満足しておく。

 ああ。刺々しくも、私の性格が悪くなっていく。

 敵に囲まれた状況下、私の態度が歪んでいくのも仕方がない。

 仕方がない…よね?

 なんだか自信が持てないが、これは仕方のないことだと。

 必然であり、当たり前のことなのだと自分に言い聞かせておいた。

 だけど何となく、私のこんな態度と姿は、アイツには見られたくない気がした。

 やっぱり性悪になる自分なんて、親しい相手には知られたくないから。


 落ち込みから復活した仮面の男は、問答無用で私の方を引っ掴むと、ぐいと引き寄せた。

 馴れ馴れしく触る手にむかついて、さり気なく男の鳩尾に肘を突き入れる。

 男の笑みが、不自然なほどに深まった。

 苛立ちの窺えるその指が、私の顎を掴んでぐいと顔を上向けさせる。

 向けられた顔の先、体面に座る青年が「おいおい」と呟きながら顔を引きつらせている。

 表面上からも窺える私達の険悪さに、青年は気まずそうだ。

 だけど仮面の男はそれを気にせず、何事もないかの様に話を続ける。

「シェイザー、ご覧なさい。この、娘の瞳の奧を」

「瞳…」

 どう見ても互いに疎ましげな私達の態度が、まさか自分に向けてのモノとは思わなかったのか、青年は訝しげに私達を交互に見遣る。それから男に言われた通り、私の顔を覗き込む様に青年は顔を近づけてきた。

 って、近い近い…!

 嫁入り前の娘に、親しくもない間柄で、どれだけ近づく気だ。

 私は眉間に皺を寄せ、青年に忌まわしげな色の視線を送る。

「目を細めないで下さい」

 私の様子を見ていた男が、空いていた方の指で、私の目を強引に開かせる。

 本当に、仕草ばかりは乱暴な男…!

 私がどれだけ痛がっても、一向に男は気にしない。

 青年は手荒な男の行動に咎める視線を送りながらも、私の瞳を覗き込む。

「………」

 最初は、何と言うこともなかった。

 青年は私を見ても感じるところ無い様子で、首を傾げていた。

 だけど次第に、私の瞳をより深く覗き込んでくる。

 その目が驚愕に見開かれていくのは、彼の目に私の瞳の色が鮮明に写り混んでから。

 青年は何度も私の瞳と男の顔を交互に見比べ、やがて険しい顔で私から離れる。

「お前…」

 わなわなと震える声で、青年は男を険しく睨む。

 私の身体が邪魔でなければ、きっと胸倉を掴んでいただろう。

 そんな激情が、青年の顔から窺えた。

「この娘、魔族じゃないか…!」

 え、今更。

 まさか…また、間違えられてた?

 この青年も、節穴の持ち主か…!

 最近は何だか慣れてきたが、それでもやはり、出自を間違われるとイラッとする。

 私の種族を間違えていた青年に、ぶわっと全身から殺意が噴き出した。

 そんな私の様子に危うげなものでも感じたのか。

 男が私の両手を鎖で縛め、長椅子の上に突き飛ばして青年から遠ざけた。

「ラウス・オルコット! 貴様、一体どういうつもりだ!」

 しかし青年は男の行動も目に入らない様子で、詰問口調に真意を問う。

 その口調も表情も、先程の砕けたモノとは様変わりしていて。

 青年が真剣になっているのが、見ただけで分かる。

 …。

 ………。

 …って、なんで?

 え? 私が魔族だと、何か拙いことでもあるの…?

 私の疑問、私の不安。

 その答えは、次いで青年と男の会話からもたらされた。

「シェイザー、貴方が気にしているのは、あの決まり事ですか?」

「当然だろうが! 此処は、禁忌の土地レシェレリア…! 魔族禁制の土地だ。魔族の侵入は勿論、魔族を連れ込んだ者とて処罰の対象となる。それは、貴様だとて例外ではない!」

「ふふん。そんな古くさくも、意味のない掟がどうしたというんです。僕の目的に為には、障害にしかなりません。当然、無視させて貰います」

「貴様、それで済むと思っているのか…!?」

「思ってはいませんよ。ですが、此処は意を押し通させてもらいましょう」

 青年に責め立てられているというのに、仮面の男は落ち着いた姿勢を崩さない。

 それどころか一層穏やかな笑みを浮かべると、青年をひたと見つめる。

 その意味ありげな視線に、青年は息を呑んだ。

「貴方を、共犯に引きこんで、ね…?」

 青年の身体は。

 男がそう言った瞬間に、金縛りにでも遭ったかの様に硬直して…

 そうして、男が青年の額を指でつく。

 軽い、軽い、小さな接触。

 それがまるで衝撃だとでも言う様に。

 青年の身体はびくりと跳ねて、意識を失い、頽れた。

 私は。

 私は、男が何をしたのか全く分からなくて。

 ただ目を見開いて、目の前で起きた一連の出来事を眼に焼き付ける。

 青年の身体を担ぎ上げた男は、私に妖しげな笑みを向ける。

「ふふ…大丈夫。彼はただ、意識を失っただけですから」

 そう言って伸ばされる男の手は、今度は私の方へ向けられて…

 勝手に震える体は、怯える証拠。

 私は逃げることも避けることもできず、伸ばされる男の手を見ている。

 細くて白い、男にしては繊細な指を。

 それが近づいてくる光景を最後に…

 私の意識は、闇の中に閉ざされた。



 彼等の言う、禁忌の土地…魔族を決して入れてはならない、重要な土地。

 深まる夜に沈む、レシェレリア。

 『人間』にとって何より大事な、魔族から奪ったモノ。

 ああ、私はいつの間にか、その土地に連れ込まれていたのか。

 魂が何よりも懐かしく求める、郷愁の地。

 我等が魔族の起源たる、父祖の土地。

 私達の、追われた故郷に。

 

 私は微睡む闇の中、魔族にとって最大の目的地たる、この場所…

 魔族の故郷たる土地に居るという皮肉に、非常に困惑していた。


 願わくばこの土地で、見失った『神器』の手掛かりを得られれば…

 まさか間をおかず、『神器』に対面するとは知らず。

 私はすぐに叶えられることになる切なる願いを抱え、意識の闇に沈んでいった。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ