51.変態疑惑と無駄な足掻き
私の外見は、『人間』で言うところの十代前半~半ば。
それに対して、私を買った男の年齢は三十手前といったところで。
私は意趣返しに、仮面の男に年下趣味の変態というレッテルを植え付けてやることにした。
こうなると、私の首に付けられた首輪や、使用人の服というのは奇異の視線を集めやすい。
そして、私の不本意ながら妖精に間違われやすい、この外見。
上手く組み合わせて、男へ冷たい視線が集中する様に取り計らうのが、私の腕の見せ所か。
何となく趣旨のずれた反抗心を燃やし、私は男を貶めようと殊勝な態度で従ってみせる。
それが表面的には、また、仮面の男が非道に見えて仕方がない。
私は悲しげに顔を翳らせながら、内心では腹筋が痛くなるほど、笑いを我慢していた。
「………よくも、やってくれましたね」
低く、地を這う様な声。
私にとっては胸のすく思いだ。
どうやら足を踏むなど、直接的な態度よりもずっと、変態扱いが男には効くらしい。
にたにたと笑いたくなるのを我慢しながら、私は思わず同情したくなる表情を心がけた。
私を繋いだ鎖を引き摺りながら歩む男は、やがて重厚な扉の前に立つ。
此処が目的地。散々引きずり回された私としては、息をつく思いだ。
歩調も全く違うのに、この男は気遣いがない。
これ以上連れ回されていたら、絶対にいつか転んでいたと思う。
「何をぼけっとしているのかな? 行きますよ」
「偉そうに指図しないでくれる? 変態の分際で」
「…貴女、自分の立場を弁えないヒトですね。思ったよりも愚かなんですか?」
「そうなのかもね。変態と愚鈍、どっちがマシなのかしら」
「「………」」
男の私を見る目も、いつしか険悪にギスギスしている。
しかし、それが何となく敵意全開でも気にせずにいられるので心地良い。
決定的に相性の合わない相手というのも初めてで、湧き上がる敵意を抑える気もしない。
私達は同時に視線を背けると、肩をぶつけ合う様な勢いで扉を蹴り開けた。
深い意味はない。八つ当たりだ。
だが部屋の中に居た相手にとっては、物凄く驚くことに違いなく。
「おおぉぉぉいっ!? ノックくらいしろよ!!」
ブチ開けた部屋の中、驚きに素っ頓狂な声を挙げる青年が居た。
明らかに悪いのは私達なのだが。
だけど仮面の男は、面倒そうな忌々しそうな顔で、さり気なく舌打ちしていた。
「五月蠅いですね」
「おい、確か、俺はお前の上司じゃなかったか?」
「それがどうしたんです。扉の開け方一つでぐちぐち言う様な、心の狭い上司なんて敬う気も起きませんよ。何ですか、私は只、ノックと開閉を同時に行っただけでしょう」
「だけでしょう、って…俺には、お前が扉を蹴り開けた様に見えたんだがな」
「目の錯覚です。気のせいです。貴方、疲れて居るんですよ」
「そうかー、やっぱり俺、疲れてるのかー…って、ソレとはまた別だろ!?」
………。
…うん。
観察するまでもなく、声を聞くだけで部屋の主が仮面の男に振り回されているのが分かる。
それもどうやらいつものことらしく、常習犯の仮面の男は平然と部屋の主をいなしている。
敬う心は、本当に微塵も、欠片も見受けられなかった。
部屋の主は散々に仮面の男に振り回され、やがて反撃に転じる。
「そういえば、さっき報告に上がったんだが…お前、幼気な美少女の『奴隷』連れ回してるんだって? それもメイド服の、鎖付。『奴隷』は涙目で悲しそうに萎れてたってな?」
「なっ それは…!」
「お前がそんな変態だなんて、知らなかった」
「誤解です! 私は決して、子供相手にその気になる様な変態じゃありません」
「いや、でもな? 対外的にはそう見えるって、報告が何件も上がってるんだよ」
「誰ですか、そんな馬鹿な報告をしたのは!」
「…お前ん所の部下からも来てたぜ?」
「それは…後で、躾けておきます。とにかく、根も葉もないデマですから」
「デマ、ねぇ…」
疑わしそうな視線を仮面の男に向けていた部屋の主は、何気なく視線を流して…
私と、目が合った。
どうやら今まで私の存在に気付いていなかったらしい。
私の存在を認識し、青年の目が見開かれた。
「…って、報告事実じゃねぇか!!」
「違います! 根も葉もないデマです!」
「そうは言うが、そこに動かぬ証拠があるだろーが!」
「あ、アレは…! アレは…アレは、目の錯覚です!」
「無駄な誤魔化ししてんじゃねぇよ! 目の錯覚とか、無理あるだろ!」
「五月蠅いですね。僕が事実といったら、事実なんです。僕が言うからには、そうなんです」
「居直ってんじゃねぇ!! 視覚的に外聞悪いのは変わらないだろうが!」
………。
…男達の無駄な言い合いは、暫く続いた。
仮面の男に言い様にあしらわれ、罵りながらも怒鳴り合う青年。
私はこの時、それが『人間』の中でも魔族から奪った土地の…
この辺り一帯の管理を任されている者だとは、知らずにいた。
青年の名前は、シェイザー・アイレオン
異例の若さで、将軍へと上り詰めた男。
そしてそれに仕える、私を買い取った仮面の男。
これから私にとって、彼等がどんなに忌まわしい存在となるか。
現時点では、それがどれほどのモノか、私は知ることすらなかった。




