48.競り
おばさんのアピールタイムは凄かった。
あんなに鬱陶しくも熱烈で、それでいて耳と頭にこびり付いて離れない。
そんな強烈すぎる、惚気。
あれで大幅に時間を押してしまい、他に与えられるアピールタイムは大分短くなった。
おばさんのノリで惚気まくり、おばさんは止まらない。
それ故、今では奧に差し戻されて既にいない。
今ここにいるのは、おばさん以外の『商品』達。
全く以て不名誉なことだけど。
妖精に間違われた私は、一人場違い感に眉をしかめながら。
それでも、今ここで競りにかけられようとしている事実を変えられずにいた。
「………」
そうこうしているうちに、いつの間にやら私の順番。
私は問答無用で前に突き出され、どんな態度を取ったモノかと混乱してしまう。
おばさんはこんな時、どうしろとアドバイスしてくれただろうか。
必死に思い出すその記憶の中で、おばさんの声がする。
「暴露話とか、惚気とか、下らない駄洒落とか。とにかく、ドン引きさせた者勝ちよ☆」
それって、どうなんだろう。
そう思いもするけれど、頭の中がぐるぐるしている私には、その言葉に従う以外にない。
それ以外の選択肢が思い浮かばず、私は脳内の引き出しから相応しい話題を探した。
惚気は無理。駄洒落も性格的に、無理。
それじゃあ、暴露話?
でもそれって、何を言えば良いの?
暴露…暴露…暴露…
頭の中が、ナニかを暴露しなければと焦りに乱れる。
悩んだ挙げ句、私の口から出てきたのは、私にとっては今更のこと。
でも、この場にいる者達には青天の霹靂になることを。
この場は妖精の少女専用の競り場。
だとしたら、此処で言うことは一つしかないのではないだろうか?
そんな思いに背中を押され、私は魂の叫びを発した。
「私は妖精じゃなくて、魔族なのに! 私を魔族とも気づけない節穴共め、滅べ!!」
目玉抉るぞ、ほじくるぞ!!
…と、気付いたら私が叫んでいた訳で。
いけない、いけない。ついうっかり、本音が。
うっかり暴露どころか、正直すぎる素直な気持ちを叫んでいた。
気持ちよい程に顧客共の気持ちが波の様に引いていく。
それを表す様な、ザーッという音がした。
だけど私は気付かなかった。
多くの客達が私の発言にドン引きし、儚くか弱い妖精の乙女を求める中で。
まさか私の発言を面白そうに眺め回し、満足そうに頷く奴がいたなんて。
「うん。丁度良いの見ぃつけた」
うっすらと酷薄そうな笑みを浮かべる男の、瞳は狐の様に狡猾で。
自分の思っても居ないところで私が其奴の標的にされようとは。
何とかお買いあげされまいと必死になっていた私には、到底気付くことができなかった。
競りの進行が進む中、哀れな乙女達に買値がついていく。
順番に競りは行われるけれど、乙女達の落涙に順番は関係なく。
儚げで今にも消えてしまいそうな乙女達が、胸を痛めて涙する。
その光景がまた、客達の購買意欲を煽るという悪循環に吐き気がする。
何とか彼女達が買い手に引き渡される前に、競りをぶち壊しにしてほしい。
一刻も早く此処に仲間達が駆けつけ、乙女達の救出を願った。
太々しく踏ん反り返って開き直った私と、お花畑よろしくお花を飛ばすおばさん。
妖精に求めた期待を大いに裏切った私達に向けられる視線は冷たい。
その中にも変わり種を求める変わり者の視線が混ざっている様だけれど。
それらは一様におばさんのウザイ惚気が弾き返している。見事だ。
真似したいけれど、おばさんの鉄壁ガードを真似するには私にとって難易度が高すぎる。
私には私にできることをするしかない。
私は向けてくる奇異の目に対して、あかい人を真似して鬼の様な睨みを向けた。
…私がやっても、今一迫力に欠けていたけれど。
「さ、さあーお次はこの一点! 白金色の髪の乙女です!」
焦った様な乱れた口調で、進行役が私を目立つ様に突き出す。
その横顔は、私の扱いに困惑している空気を醸し出している。
「私は魔族だって言ってるのに。それでも売ろうとか」
てっきり魔族だと暴露した時点で舞台袖に下げられるものと思っていたのに。
どうやらこのまま売り払えるものなら売るつもりらしい。
とても肝の太いことだ。
魔族と妖精では種族特性も異なり、扱い方も変わるだろうに。
妖精を求める客しか居ない中、魔族でも試しに売ってみようとするとは。
売れるのならば何でも売ろうという、その根性を切り刻んでやりたい。
私に対するドン引きの音が、確かに聞こえたと思ったのに。
それでも変わり種に手を出してみようと言う、変わり者は決行いたらしい。
私の願望を大いに裏切り、今、目の前で私の売値がどんどん吊り上がっていっている。
こんな私でも買おうとするなんて…
「私、妖精じゃなくて魔族なのに」
私の不満など、誰も気にしない。
私の意思など、誰も気にしない。
『奴隷』の競りなど、そんなものなのだろう。
私を欲しがる者達の目を、悉く抉り出してしまいたい。
私にかけられた額は、私の意思とは関係無しに跳ね上がっていく。
その打ち止めとなる金額を提示したのは、黒髪の優男だった。
『人間』しか居ない中、顔を知られたくないのか、陶器の仮面で顔を隠している。
何とも胡散臭く、何とも不気味。
溢れ出す嫌悪感のままに、その喉笛を噛み千切ってしまいたい。
いつにない獰猛な気持ちで睨み付ける私に、男が仮面の下で薄く笑ったのが分かった。
顔など、少しも見えなかったけれど。
その雰囲気は私にとって明白に、嘲笑の意思を伝えてきていた。
本当だったら、こんなことになることなんて…
心の中で私は惑うけれど。
私にかけられた鎖に手をかける、男の手袋に隠された手。
私に対して注意を怠らないのは、魔族が外見で実力を計れないことを知っているからか。
私に対して笑みを含んだ声で、低く囁きかけてくる。
「よろしくね、お嬢さん。これから、俺が君の飼い主だよ…?」
声に含まれた嘲りが、私の矜持に爪を立てようと迫ってくる。
こんな男の好きにされてなるものか。
こんな男の『奴隷』になど、成り下がってなるものか。
反抗の意思も、反逆を窺う目もなくしはしない。
私は自分を買い取った男に、殺意という明確な悪意を向けた。
胸の前、組み合わせた手をぎゅっと握る。
手の中にあるのは、硬く小さな黒い種。
おばさんに預けられた、妖精の子供。
だけど私は、それを硬く握りながらも後悔する気持ちで一杯で。
胸の内は硬く握った種に縋りそうになっていたけれど。
預かるんじゃなかった。
おばさんから、受け取るんじゃなかった。
これは、絶対に返すべきモノだった。
私は男の手で鎖に繋がれ、口を強く引き結ぶ。
男に買い取られ、私の行く末は知れない。
仲間に上手く助け出して貰えればいいけれど、やはりそんなに上手くはいかないらしい。
そんな私の道連れとなる羽目になってしまった、未だ種の妖精の子供。
いつ助けてあげられるのか、そもそも助かる日は来るのか。
それが知れぬまま、私は種を手に歩く。
気安くおばさんから預かってしまった、己の迂闊と浅慮を大いに悔やみながら。
私は、何とかして自由を得ることを心待ちに願う。
自分だけでも絶望しそうなのに、巻き添えを作ってしまったこと。
そのことに、心は凍りそうに冷たく冷えていく様だった。




