47.薔薇の髪飾り
醜悪な欲望と打算と民族差別。私には分からない何か。
競りの会場は、そんなモノでギラギラとした熱気に満ちていた。
正直、いるだけで気持ち悪くて嘔吐しそう。
一瞬だけ、実際に吐いたら競り落とされなくて済むかな、と思ったけれど。
そんなことは私の無駄な矜持が我慢できそうにないので敢えなく断念。
代わりに今にも売れそうな外見をしている癖に全く売れないという、伝説とかしたおばさんの手腕でも見て参考にしようと思う。といっても、ほぼ全て惚気らしいが。
それを真似できるか否かは、全く自信がないのだけど。
会場に出される直前、おばさんが私の髪に触れた。
「おばさん…?」
「うふふ。リンネちゃんが無事にいられますように、おまじない」
そう言って、外見だけなら乙女のおばさんが、私の髪を弄る。
「これから騒動になるだろうから、気休めでも…ね☆」
何気なく『奴隷市場』でも古株のおばさんは、『奴隷』に堕とされた妖精達の取り纏め役をしているらしい。だから、彼女は私と会う前から知っていた。
魔族の襲撃が、今夜あることを。
私達が混血の魔族達に依頼した、『奴隷』と協調する為の繋ぎ。
それによって話を通された数名の『奴隷』の内、一人がおばさんだった。
彼女はこれから、荒事が『奴隷市場』を支配することを知っている。
そんな彼女が心配しているのは、きっと私一人ではない。
それでも特別に目をかけてくれているのは、きっと私が『解放軍』の一員だから。
特別に助かる確率が、他の誰より高いから
だからこそ子供を託し、今も助かる確率を上げようと協力してくれている。
助かった後…その時のことを、視野に入れて協力したという実績も欲しいのだろう。
彼女は私に対して、『息子の友達』という以上に、親切だった。
そしてその恩に、できるだけ報いたいと私も思っている。
「できた」
おばさんは満足そうにそう言い、私の顔を色んな角度から見て確認している。
一体、私の頭に何をしたのだろうか。
競りの控え室。丁度其処にあった鏡で、自分の姿を確認してみる。
「これは…」
鏡の中、私の頭には、おばさんとお揃いの大輪の薔薇が咲いていた。
私自身に対して似合うとも思えない、艶やかに鮮やかな、麗しの薔薇が。
飾られるのではなく、咲いていた。
髪に絡みついて、離れない。
「うふふー」
「おばさん、これ、髪飾りじゃなかったんですか!?」
普通に頭に飾っているから、てっきり髪飾りだと思っていたのに!
「おばさんね、実は薔薇の妖精なの」
「それは、大変お似合いですね」
それ以外に、何を言って良いのか分からない。
「この薔薇は、リンネちゃんの魔力が通される限りずっと咲き続けるわ」
「それって、私を養分にしてるって事ですか…?」
そんなモノを無断で付けられたのなら、私も全力で抗議しますよ。
そしておばさんはそれに対しては何も言わず、流した。
って、本当に養分ですか!?
「この薔薇は、三回だけリンネちゃんを危険から守ってくれるわ。絶対に」
「回数、限定なんですね」
「こんな急場じゃ、あまり強い花は咲かせられなかったの。ごめんね☆」
最早何も言うまいと思いつつ、それでも色々な疑問が渦巻くけれど。
おばさんが応えてくれないだろう事を、何度も聞くのも無駄なことで。
私は諦めて、必要なことだけ質問する。
「おばさんは、この花を使って外部と連絡を取っていたんですか?」
「あらー」
はぐらかすのは許さないと、私は視線に力を込める
「否定、なさらないんですね?」
「んー…まあ、間違ってはないかな。でも、なんでそう思ったの?」
襤褸は出してなかった筈なんだけどなーと、それでもおばさんの口調は呑気だ。
この程度のことは、大したこととも思っていない。そんな口調だった。
「おばさん、だって度々言っていたじゃないですか。ラティの手紙って」
「うん。でも、息子から親への手紙なんて、珍しくないでしょ」
「でも、おばさんは八年前からこちらと聞きます。でも、私達とラティが会ったのは三年前。それでおばさんに私達の情報が行くのは、計算が合いませんよ」
「あら、おばさんったら、うっかり」
「おばさん、長く生きすぎて年月の計算があやふやになってません」
「なってるかもー」
ふわっと笑う顔は、微笑ましそうに私を見ている。
その視線の、意味は何ですか?
「それで、連絡手段は薔薇だけですか?」
「薔薇だけよ。でも、連絡って言っても、そんなに深く詳しい連絡はできないの。精々、同じ薔薇を持っている相手の感情が伝わるだけって言うか」
「それじゃ、これで『解放軍』とは…」
「無理よ。だって私、今まで薔薇を渡したことのある相手は家族だけだもの。ラティ君が一緒にいなければ、無理。一緒にいても、伝わるのは断片的な情報が多くなるわ」
うわー。
なにかしら外との連絡手段を持っている様なので期待したけれど。
予想以上の使え無さに、私は期待していた分だけ、がっくりと肩を落とす。
でも、全く使えない訳じゃないよね。
私は少しだけ気を取り直し、おばさんに頼むことにした。
「折角好意を戴いて、こんな事まで頼むのは厚かましいかも知れませんけど…」
「ん? 別にお願い事があるなら聞いちゃうよ。貴女には私の子も預けてるし」
「それじゃあ、お願いです。私が助けられるよりも先に『解放軍』と合流できたら、アイツ…グターにも、薔薇を与えてやってくれませんか」
「あら」
「私の助けが遅れたときのために、何かしらの連絡手段を持っておきたいんです」
「でも、その薔薇の効力は先刻も言ったけれど、三回が限度よ?」
「それでも、良いので」
「………分かったわ」
おばさんは私よりも先に助けられたら、必ず薔薇をアイツに渡すと約束してくれた。
そのことで、ほんの少しだけ、胸が軽くなった。




