46.種
更新にちょっと間が空いてしまいました。
お待たせした方、済みません。
牢獄の中に入れられ、妖精のおばさんと遭遇して早、数日。
本日私は、何故か美麗な装飾品で飾り立てられ、衆人環視の中に放り込まれそう。
今日は新年を祝う祭りの第3日。
例年通りであれば、最も盛り上がる、新年の第1日目でもある。
私はこの日、突如として年に一度の特別な競りにかけられることとなった。
一般の民衆が気軽に参加できる様な、普通の競りではなく。
貴族や大商人といった、顧客の中でも、特に別格に値する者達を対象とした大競り。
そういった特別な顧客が相手だからこそ、見苦しい格好はさせられないと言って。
私達は衣服を剥ぎ取られ、風呂に叩き込まれた挙げ句、望んでもないのに飾り立てられる。
こんなに着飾ったのは、生まれて初めてだ。
美しく、従順な者が一番売れ筋で、ちょっと変わり種でもやはり美しい者が好まれる。
要は、外見重視。『奴隷』で一番大事なのは外面という、あからさまな傾向。
それがこの過剰装飾に繋がるのかと思うと、何故か参列される私もげんなりだ。
毎年これを楽しみにする者もいるとは、私達の牢獄を担当していた商人の言葉だけど。
楽しみにしているのは、所詮、買う側だけだろ。
私の周囲には、怯えて身を縮め、涙する妖精さんしかいない。
…毎年参加した挙げ句、見事売れ残っている妖精のおばさん以外。
「あらあら。私も参加するのは9回目かしら?」
おっとりしているおばさんが、今はちょっと忌々しい。
そして今日まで妖精に間違われたまま、魔族と気付いてもらえなかった事が虚しい。
というか、売られそうになっている場合じゃないでしょ。
競られてどうする、私。
身勝手に脱走を図って仲間達の計画を狂わせてはいけないと、救出を待つことにしたけど。
それで売られたら、洒落にならない。
仲間達の計画では、襲撃決行は今夜。
そして私の参加させられる競りも、今夜。
このままではすれ違いに売られてしまうと、私は気が気じゃない。
何とか上手いこと、タイミング良く仲間達の救出が間に合う様に。
そう祈りつつも、私は不安で今にも泣きそうだった。
都合良く助けて貰えるだろうか。
自分の運の善し悪しが、現実で試される時が迫っている。
妖精のおばさんは胃の悪い思いをしている私を心配して、常に寄り添ってくれている。
それでも『奴隷街』一の古株ということで、色々な相手に頼りとされている。
今も不安そうな妖精の美少女達に取り囲まれ、ここだけ鮮やかな花に彩られているよう。
色とりどりのドレスの海は、どうしても漂う悲壮感とは場違いだ。
「リンネちゃん、大丈夫ー?」
「心配しすぎて、口から心臓吐きそうです」
「あらー、大変。でも、大丈夫よぅ。きっと絶対、お仲間さんが助けてくれるわぁ」
「根拠のない気休めは止めてほしいです。私はきっと売られる、売られる…」
「リンネちゃんは『解放軍』の参謀よ。大事な人なんだから、必死に助けようとするんじゃないかしら? ううん、ラティ君の手紙を信じるなら、絶対にグター君がなりふり構わず助けに来ると、おばさんは思うんだけどな」
「私一人に、計画の信仰を滞らせる程の価値があるとは思っていません。だから、何れ此処に救出の手が伸びるとしても、後回しになっても仕方ないんです。アイツは…守られ、やるべき事のある立場で、それを放って来ようものなら…」
折檻するしか、ないかな。
ぼそりと内心で零した呟きが聞こえたのか、おばさんはとても困り顔で。
それでも宥める様にぽんぽんと、私の肩を叩く。
こういう、暖かみのある仕草に、彼女が母親なのだと感じる。
「あんまり、男の子の気持ちを否定しては可哀想よ? 誰だって必死に守りたいモノはあるし、リンネちゃんが誰かにとってソレに当たっても、不思議はないんだから」
「でも…」
でも、アイツは『解放軍』のリーダーで、いつか成す建国の旗印で。
そんなアイツが守るべきは、私という個人じゃなくて、仲間という全体の筈で。
私がそう、頑なに思っているだけなのかもしれないけれど。
でも、私一人を特別視されるのは、なんだか正しくない気がしたんだ。
「もー、リンネちゃんったら、まだ小さいのに考え方が狭すぎよ? おばさん、直接あった訳じゃないから断言はできないけど、話を聞くにグター君がリンネちゃんを特別扱いしちゃうのは仕方ないと思うな。だって、グター君はリンネちゃんが大好きなんでしょ?」
間怠っこしい思いに焦れたのか、おばさんは唇を尖らせて言ってくる。
しかし話を聞くにって、彼女の息子は彼女にどんな手紙を…。
いや、そもそも、前から気になっていたけれど、なんで牢獄にいるのに手紙が遣り取りできるんだろう。母親が『奴隷市場』にいるなど、知らないのではなかったか。
妖精族には私の知らない情報伝達の手段が沢山あるとは知っているけれど、本当に謎の多い種族だ。今度、じっくり聞いてみようかな。といっても、魔族には流用できない種族特有の手段だったらどうしようもないんだけど。
「リンネちゃん、聞いてる?」
「済みません、聞いていませんでした」
「もぉっ!」
おばさんは思考の海に没しかけた私に一所懸命話しかけていたらしく、話を聞いていなかった私に頬を膨らませて不満を露わにする。そんな仕草も、可愛く似合うおばさんだ。
「とにかく、グター君はリンネちゃんが好きなんじゃないの? 違うの?」
「どうしてこんな時に、そんな質問を…」
「おばさん、退屈してるからよ!」
清々しく言い切られた。
こんなにきっぱり言い切られると、何だか呆れる気にもならない。
「それにどうしても、おばさんはグター君がリンネちゃんを好きだと思うの」
そう言いながら、今までの清々しさから一転、へにょんと眉を情けなく歪める。
なんとなく心配してくれている雰囲気が、した。
「リンネちゃんはどう思うの? グター君のこと」
「どんなって」
「リンネちゃんを好きだと思う? リンネちゃんは? グター君をどう思うの?」
「好きって…グターが私を好きなのなんて、知ってますよ。私も好きですし」
「え…!?」
「だって幼馴染みなんですよ。それでずっと一緒にいる様な、仲良しなんです。お互いに相手が好きなのは当然じゃないですか。じゃなきゃ、とっくに別の道歩いてますよ」
「………」
あれ、何故だろう。
おばさんが黙ってしまった。
何となく真剣に深刻そうな、悩める顔つきをしている。とても珍しい。
「…なんとなく、だけど。リンネちゃんの答えはおばさんの望んだ答えとは意味が違う様な気がするなー? うん、激しく意味が違う気がする」
「???」
意味が違う?
それって、どういうこと?
「うーん…噂に聞くグター君が報われないっての、見て実感しちゃったかも」
そう言って、おばさんは「まだまだリンネちゃんは子供なのねー」と苦笑い。
どんな意味か、よく分からなかったけれど…
なんだか物凄く、子供扱いされていることだけは分かった。
そんなこんなでぐるぐるしていたら、気付けば時間はすっかり宵の口。
これから私達は、実際に競りにかけられてしまうのだ。
移動の時間が、刻々と迫っている。
「う゛ー…」
何とも言えない顔で、つい唸ってしまう。
おばさんは青い顔の私に付き合って、一緒に身を縮めている。
「あらら。もっとお仲間さん達…というか、グター君を当てにしちゃえば? 君の幼馴染みなんでしょ。大切な人なんでしょ。グター君のこと、信じてあげなさいね」
「信じてない訳じゃありません。ただ、私ばかり優先するのは、駄目だと思うんです」
「貴女は優先されても良い場所に立っていると思うんだけどー…本人が納得してないなら、何を言っても駄目かしら? おばさん、リンネちゃんに頼みたいことがあったんだけど、どうしましょうかしらね」
「え、なんですか?」
この際、気を紛らわせられるなら何でも良いと、私は思っていた。
だから、おばさんの頼みにも直ぐに飛びついた。
「何だかんだ言ってたけど、やっぱり救出される確率は私達とリンネちゃんじゃ、リンネちゃんの方がダントツで高いと思うのよね。嫌味でも何でもなく、事実として」
「そんなことはないと言いたいですけど、否定はしません」
「ん。リンネちゃん、素直な女の子は可愛いって忘れないでね」
言い辛い思いで言った言葉に、おばさんはうふふと笑う。
女の子らしい仕草がとてもよく似合う、八児の子持ち。
彼女は自分よりも助けられる確率の高い私に、ふわっと花の様に笑んだ。
「これなんだけどね」
おばさんが私に、白い手の平を差し出してくる。
そこには、黒くて小さな、硬い何か。
「これは…植物の、種?」
「うん。おばさんの子供なの」
「は!?」
いきなり何かを言い出したおばさんに、私はぎょっと目を剥いた。
って、子供!?
これが!?
私は噂にだけ聞いていた、妖精の生態を思い出す。
植物と対になって生まれて来るという、その生態を。
彼等は生まれる時、母の身体から植物の種という形で生を得るという。
その種を植えた後、一年で特別な大輪の花が咲く。
花の咲かない植物でも、必ず咲くと聞く。
咲いた花の中から生まれるのが、新しい妖精の子供で。
自分の母体となった植物を対とし、枯れない限り共に生き続けるという。
そんな妖精の子供たる、小さな黒い種。
それはまるきり、普通の植物と変わりない様に見えた。
大事な大事な、妖精の子供。
六種族の中で最も増えづらいと言われる、妖精の子供。
おばさんには既に八人の子供が居ると言うが、それでも大事で愛しい筈の、命。
「これをね、リンネちゃんに託したいの」
あっさりとそう言うおばさんの顔は、あまりにも軽やかな笑みを浮かべている。
そんな笑みで大切な子供を託されても、私には戸惑うしかできない。
「こんな、大切なモノ…とても預かれるモノじゃないんですけど」
「でも、リンネちゃんだったら絶対に助かるっておばさんは信じてる」
信じないでください。
そんな無駄に、根拠の薄い信頼を寄せられても困ります。
本当に助かる保証なんて、何処にもないんです。
「そんなこと言って、何かの事故で私が死んだり…売られたら、どうするんです」
「その時はその時で、運が悪かったと嘆くけど。でも、リンネちゃんに預かってほしいの」
「そんな、なんで…」
確かに私は、『解放軍』の関係者で。
その分、助けが来る確率も、他の者達よりは大きいかも知れないけれど。
それでも大事な子供を託すというのは正気の沙汰じゃない気がするのだけれど。
「んー…おばさんもやっぱり、自分の子供は超可愛いから、できるだけ早く生まれさせてあげたいと思うじゃない? だから、私より先に助かりそうなリンネちゃんに植えてほしくて」
「私にだって、この子を守り通す約束も、無事に生まれさせられるって約束もできない…」
「良いのよ。それでも、リンネちゃんが持っていれば、きっと無事だと思えるもの」
「おばさん…」
大事なモノを託されたという事実に、胸の中は熱くなる。
だけど信頼に確かに応えられるという確証のない私は、戸惑いに瞳を揺らしてしまう。
そんな私に慈愛深く微笑んだ、おばさんの顔は女神の様にも見える。
しかし口から出てくる言葉は、やはりおばさんのもので。
「それに大事にできるモノがあれば、いざって時にはすがれるし、支えになるし? とか?」
「………何故、そこで疑問系」
絶対に、このおばさんは何も深く考えていない。
そう確信してしまった、この時。
もっと強く、熱心に、私は種を預かれないと主張するべきだった。
何が何でも、おばさんの手に突き戻すべきだった。
できなかったのは…しなかったのは、私の方が助かり易いかもと思ってしまったから。
そんなこと無かった。
全然、そんなこと無かった。
誰が助かるとか、誰が助からないとか。
そんなこと、私達には…神ならぬ身には、到底予測などできるはずもなかったのに。
安易な気持ちで受け取って、返さなかったこと。
手の中に残った種の感触を思い出す度に、私は苦く、原の中に渦巻く感情に苦くなる。
持ったまま、持ち越したまま。
私は何度、自分の選択を後悔するのか。
それが分からないままに、大事な命の重みを、軽々しく預かってしまったのだ。
この後、自分がああなると分かっていたのなら…
『奴隷市場』からも遠く離れた場所に、行くことになると分かっていたのなら…
もしかしたら私は、種なんて、妖精の子供なんて、預からなかったかも知れないのに。




