心配すぎて、血を吐きそう
部屋の隅で蹲り、目を真っ黒な隈で染め、暗い目をしている少年が一人。
ただひたすらに、無言で剣を研ぎ続ける、その姿。
何とも不気味で、何とも暗い。
普段日頃の太陽の様な輝く笑顔は見る影もなく。
誰にとっても見慣れぬ無表情で、グターは武器の手入れを一心不乱に行っていた。
リンネが斜面を滑り落ち、川に落ちて行方不明となった。
はぐれた時点で飛び出そうとしたグターだったが、フェイルによって敢えなく捕獲。
それ以来、脱走しようにも厳重に見張られ、どうしようもない。
おまけにグターの暴走を防ぐという名目で、誰も操作状況を教えてくれない。
半端に情報を与えたら、何が何でも飛び出すに違いないと思われているのだ。
フェイルの厳命によって、何の情報も回して貰えないから。
剣を磨くことくらいしかできず、グターは腐っていた。
この上は、リンネを見つけた時…
もしもその身を損なう様な状況に置かれていたら…
「………この剣で俺の血祭り第1号にしてやる…っ」
グターは、想像しただけで泣きそうになっていた。
天幕の中に青春爆走中の青少年を閉じ込めたまま、慌ただしく働く者達がいる。
陣頭指揮に立ち、フェイルは柄にもなく真面目に働いていた。
流石に可愛がっている少女が行方不明となれば、彼もまともに働かざる得ない。
それどころか、此処は危険な地。
いつ『人間』に捕まり、奴隷となるともしれないのだから。
リンネが一人でどんな目に遭っているのかと、フェイルは珍しく心配していた。
そしてフェイルの心痛を慮り、いつもの当社比6倍で働くパドレ。
パドレの行動基準は、常にフェイル。
フェイルが心痛を感じていると案じるからこそ、パドレは熱烈な意欲を見せていた。
「すばやく、とっとと、さがしだすの」
「で、ですが…!」
「良いから、探すの。フェイ様のご心労を和らげる為にも」
そう言って、パドレは手に持っていた草刈り鎌を部下の向けてくる。
傷つけられたら破傷風は必至の、鈍く錆びて赤茶けた鎌。
切れ味など皆無に近いはずのそれで、パドレは部下の顔を撫で上げる。
殺る。
フェイルの憂いが晴らされなければ、パドレは確実に殺る。
殺伐とした瞳の中にそれを感じとり、部下は戦く。
パドレの目は、深く病んでギラギラしていた。
リンネの行方を捜す為、ヴィもまた、己の伝手を当たって調べていた。
「この数日、この『市場』に魔族の女の子が連れてこられなかったか?」
「んー? 魔族の女の子って言っても、色々いるからな。どんな子だ」
「金髪に緑の目で、年頃は『人間』で言うと…」
『奴隷市場』に潜伏している混血の魔族達と接触し、情報を集める。
だけど得られるモノは少なく、はかばかしくない。
彼の問いに答える者は望む答えを返してくれない。
首を横に振るばかりの、潜伏者達。
焦りに苛立ち、己の不甲斐なさに苛立つ。
今までの『仲間達』には感じたこともなかったことだが…
新たな『仲間』たる彼女に対する心配で、異に穴が空きそうだった。
あまりの手応えの無さに、八方塞がり状態で。
やりようのない苛立ちに、どうにかなってしまいそうだった。
そこに、一人の華やかな声が割入った。
「わざわざ『魔族』のって、限定して探してるんだ?」
ヴィにとってはあまり望ましい相手ではないのだが…
そこに、妖精のラティが立っていた。
「それじゃ駄目だよ。質問の仕方が悪すぎる。」
そう言って、ラティは堂々と言い放った。
「魔族だけじゃなくて、妖精の方でも若い恩の子が捕まってないか、教えてって言わないと」
「え?」
「どうせ彼女のことだから、また妖精に間違われているに決まってるよ。『人間』の鈍い目で見ると、特に魔族には見えないだろうし」
「…え?」
「今後、彼女を捜す機会がまた来たときのために覚えておくと良いんじゃない?」
そう言われてみれば、確かに自分も初めてリンネを見た時は妖精と間違えた。
それを思い出し、最近失念していたリンネの外見の印象を思い出す。
ヴィは、大慌てで再び各所の潜伏者達に少女の心当たりを尋ねて回った。
一見妖精に見える金髪の少女が、最近連れてこられなかったか、と。
ヴィがリンネの手掛かりを掴むまで、後3時間。




