45.彼女は常に売れ残り(もはや非売品)
妖精のおばさんは、子持ちとは思えない若々しさでお喋りに夢中。
「まさか参謀さんがここに来るなんて思ってなかったから、びっくりしちゃった。でも本当に貴女、ラティ君が手紙に書いていたままで、おばさん直ぐに分かったのよ!」
「ラティが、手紙に…?」
彼が結構マメに、故郷と手紙の遣り取りをしているのは知っていたが。
殆どは故郷の女王への報告書だろうと思っていたが、この様子では別にカモフラージュでも何でもなく、普通に実家への手紙も多かったらしい。
おばさんの雰囲気から、ほんわかあったかな家庭が連想される。
「そうよ。参謀さんとリーダー君のことは特に良く手紙に書いていたの。貴女なんて、本当に手紙そのままよ。『近くでよく見ると確かに純血の魔族だけど、一見すると妖精にしか見えない。それなのに妖精に間違われると剥き出しの殺意を露わにして内心で呪詛を募らせる女の子』って」
「ラティ………」
故郷に、一体どんな手紙を送っているのか。
どうやらじっくり語り合う必要のある相手が、アイツの他にもいたらしい。
帰ったらお仕置きしてやろうと心に決めるが、その母を前には穏便に振る舞うしかない。
「ところで、そのぅ…ソフィさんは、なんで此処に?」
確かこんな名前だったよな、と思いながら呼んでみる。
「いやぁんっ ソフィさんだなんて、照れちゃう! 私のことはおばさんって呼んで」
そんな…! こんな若々しい相手を、「おばさん」と呼べと?
下手すれば年下にも見える、この人を?
「だって貴女は息子の友達だもの」
…と言われても。
私達とラティは『解放軍』という同じ組織に属する身だけど、友達というと違和感がある。
私の蟠りなど全く気にせず、おばさんはてれてれと頬を染めて身をくねらせている。
可憐な外見のお陰で、大変可愛らしい。
「そうそう。それでなんでこんな所にいるか、だったかしら?」
「あ、はい。聞いても良いですか?」
「それがねぇ、おばさんヘマしちゃってぇ! ラティ君がお手紙で、初めて海見て凄かったって書いてたから、おばさんも海が見てみたくなっちゃったのよね。無駄に長く生きてるのに、海なんて見たこと無かったからぁ。それでぇ、ダーリンと二人でデートに海まで行ったのよー」
「デートで海、ですか」
そして「ダーリン」ときた。
何だか物凄く、鬱陶しそうな空気が。
デートとか、なんだか最近よく聞くけど…
何となく、良い印象はない。むしろ災難を招く単語の様な気がする。
「そうなのぉ。そうしたらダーリンと一緒に捕まっちゃって。もう困っちゃった☆」
なんだろう。
何故だか凄く、困っている様には思えない。
呑気に微笑む彼女は、牢獄という場所に思い切りそぐわない。
「でもラティは、お母さんが『人間』に捕まったなんて言っていなかったのに…」
「ん~? ラティ君も知らなかったのかしら? もう8年くらい此処にいるのよ、私」
「8年!?」
予想以上に長くいるおばさんに、目を剥くくらい驚いた。
なんでこんなに元気なんだろう。
そもそもラティもラティで、何故に平然と暮らしているのか。
知っているのかどうかは分からないけれど、8年も両親が消息不明で平然としているラティがよく分からない。それとも長く生きると、肉親でも情が気迫になるのだろうか。
「でも、失礼ですけど…貴女ほどお綺麗な方が、なんで8年も此処に…?」
「あら。綺麗だなんて、照れちゃう☆」
うふふと笑うおばさんは、なんだかとっても悠長に見えた。
そんなにこんな牢獄でのんびりしていても良いのだろうか…?
「おばさんね、毎回競りに出されるんだけど、毎回売れ残っちゃうの」
「え…なんでですか。特に問題がある様には見えないんですけど」
「あのね、競りの時に『奴隷』にはアピールタイムが儲けられてるんだけど、妖精の子達はみんな怯えちゃって、アピールをせずに震えていることが常なのよ」
「確かに、彼女達の気の弱さを見ると、それっぽいです」
言いながら、二人の視線は牢の隅で身を寄せ合っている少女達へと向かう。
この中で、平然としているおばさんだけが異質に見えた。
「でもおばさん、アピールタイムって聞いて、自分の良いところを言わなくちゃって、思っちゃって。それで趣味特技のお話とかしたんだけど、いつも何故かダーリンの話になっちゃうの。初めての時も裁縫の服作りが趣味って話をしたら、結婚以来ダーリンの服は全部私の手作りでって、話が続いて…」
「つまり、持ち時間中、延々と惚気続けた…と」
「ううん。持ち時間、オーバーしちゃった。どうにも話が止まらなくって!」
「オーバーしちゃったんですか!?」
「愛しのダーリンと可愛い子供達のお話なら、何時間でも話せちゃう☆」
本当に剛毅なおばさんだ。外見とは裏腹に。
どうやら聞くところによると、彼女の惚気は既に毎回のパターン化しているらしい。
具体的に言うと夫の惚気、家族の惚気、夫の惚気とループして延々と続く。
酷い時には2時間一人で惚気続けたと言うから、凄まじい。
その可憐な容貌との容赦ないギャップ。
鬱陶しくも止まらない、果てしない惚気。
そこあたりが敬遠される材料となり、毎回売れ残っているという。
「おかげでもう、すっかり牢名主なのよ?」
「つまり、長く居すぎて、この牢部屋を仕切っていると」
今ではすっかり名物扱いで、競りでもなにやら余興扱いされているとか。
これだけ売れないと『奴隷娼妓』として専用の館に移されるものだが、彼女は独特で強すぎる我の為に、それもないという。その性格のお陰で特をしている…というべきか?
意外なところで出会った意外な人は、性格と実績も意外だった。
彼女との出会いが吉となるか、どうなるか。
私にはまだ分からなかったけれど、この『奴隷市場』をよく知る人材と遭遇できた幸運を、どうにか活かすべきなのではないだろうか。
そんな事を思いながら、先ずは競りで売れ残る秘策を授けて貰うことにした。




