44.妖精のおばさん
どうやって脱走しようかな。
それとも此処で大人しく救助を待つべきなのかな。
分からないまま悩んでいたら、ようやっと視界が広くなってくる。
今まで自分の中に閉じこもって視野が狭まっていたけれど、状況の確認をしようという意思がそうさせるのか、周囲の見えなかったものまで良く見える様になってくる。
檻に閉じられた、広い部屋。
恐らく競りにかけられることになる、『奴隷』達の部屋。
「………」
なんでこの部屋には、少女に見える妖精しかいないんだろう。
皆、先行きへの不安からか、一つ所に肩を寄せ合い、震えて怯えている。
中には私が気になる少女もいる様で、時折チラチラと視線が送られてくる。
緑の瞳、透明に震える、虹色の羽。
どこをどう見回しても、部屋の中には妖精しかいない。
少女の、私と同じくらいの姿に見える…妖精。
「……………また、間違えられた」
剥き出しになってしまう殺意が、じりりと湧き上がってくる。
私を妖精と間違える者共の目を、抉り出してしまいたい。
暫く殺意と仲良くしていたら、妖精の少女達は更に怯えて遠ざかる。
そんな中、何故か私に興味深そうな目を向けてくる少女が一人。
「あら…?」
おっとりと首を傾げ、優しく微笑む柔和な笑顔。
不思議とその顔に、見覚えがある気がした。
もう一度じっくり、まじまじと眺めてみる。
紅と金が混じり合った様な、華やかな巻き毛。
白く小作りな卵形の顔。
緩く曲線を描く眉に、瞳は初夏の緑。
弧を描く唇は、紅く形良く。
絶世の美少女だ。
部屋の中にいる、どの妖精よりも美しい少女。
誰がどこから見ても、とびきりの美少女だった。
そしてどう考えても、私とは初対面。
だけど美少女は私を凝視しているし、私も凝視している。
互いに何か、感じるモノがある。それだけは分かった。
互いに空間を挟んで見つめ合うこと、暫し。
いつしか美少女がじりじりと躙り寄ってきた。
「あの、何か…」
「はろはろー。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけどぉー」
顔に似付かず、美少女は妙に軽く親しげだ。
儚げな生き物が多い妖精の中でも、物怖じしない性格らしい。
この、外見と中身の妙なギャップに…何やら、覚えがあった。
思い至った心当たりを、ポツリと口に出す。
「ラティ?」
口にして、確信した。
この美少女は、何から何まで、ラティに良く似ていると。
美少女は、私が口にした少年の名前に、分かりやすく顔をぱあっと輝かせた。
「あ、やっぱり『解放軍』の参謀さんなんですね!」
「あの、もしかして貴女は、ラティの…」
妹さんか何かですか…?
そう続けようとした言葉は、美少女の言葉で打ち砕かれた。
彼女は元気に勢いよく、右手を天に掲げて宣言した。
「はぁい! 私、ラティちゃんのおかあさんでぇっす!」
………。
……………。
「おかあさん。…お母さん?」
「はいな」
にこにこと微笑む、その顔は。
どこからどう見ても、若々しくも瑞々しくて。
魔族でいえば、私と同年代。『人間』であれば、十代半ば?
どう見ても未成年っぽくて。
いくら外見がいつまで経っても若々しい、年齢不詳が専売特許の妖精であっても。
どうしようもなく、大きな子持ちのお母さんには見えない。
若々し過ぎる。
特に、言動まで。
それより何より、まず気になるのは。
「なんで、此処にいるんですか」
「うふふ! それを言われると、おばさん困っちゃう!」
しかも一人称、「おばさん」………。
意外なところで遭遇した、意外すぎる人物に。
何故か私の気が抜けて。
脱力した私のふらついた身体を、ラティのお母さんは軽々と受け止めた。
その言動にそぐわない包容力は、確かに母性を感じさせるものだった。




