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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
最後の『奴隷市場』
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40.暗躍する影には気付かず



 今回の遠征を計画する上で、予想以上に役に立った人がいた。

 仲間になったばかりの苦労人、影君だ。

 彼は昔取った杵柄で、『ロセン奴隷市場』の図面から警備計画まで入手してくれた。

 どこでどうやって手に入れたと、追求してはいけない。

 どうせ、後ろ暗い手段で手に入れたのだとは、皆が分かっているのだから。

 此処は素直に正直に、感情の赴くまま褒め称えておいた。

 だって本当に助かったし。


 そうしたら何故か、アイツが頬を膨らませて拗ねていた。

 存外子供っぽい仕草は、もう外見にそぐわない。

 折角悪くない顔立ちをしているのに、そんな事をしていたら台無しだ。

 リーダーって言うのは、外見に伴うイメージも大事なのに。

「グター、何拗ねてるの」

「拗ねてねぇよ」

 私に対する口調も、いつもより若干刺々しい。

 ああ、これはもしやアレだろうか?

 影君は、アイツと行動を共にする内にアイツの濃すぎる師匠達に絡まれる様になった。

 現在では完璧にアイツの弟弟子扱いで、何かと比べられる機会も多いと聞く。

 これはアレだろうか? 年が近く、同じ師につく弟子同士、ライバル意識というアレ?

 影君は功績を誉められているのに、自分は何もしていない。

 というか、できない。アイツは計画を立てる時点ではほぼ役立たずの時が多い。

 偶にハッとする閃きで状況を打開してくれるが、今回はそんなに困っていない。

 何故かアイツの閃きは窮地にこそ発揮されることが多く、今回は何もない様だ。

 だからアイツは、今日は誉められていない。

 比べられる相手は役に立っているのに、自分は本当に何もない。

 きっとそれがつまらないのだろう。

 本当に、アイツときたら子供っぽいんだから。


「グー様、また参謀殿が一人で何かに納得してるけど」

「あの顔は今更何か言っても無駄だ。今は何を言っても、「ああ、うん。そうね」で流すれる」

「グー様、また遠い目してるが」

「あの顔してる時って、大抵俺のことを子供扱いして納得してるんだよなー…」

「それは居たたまれないな」

「それよりお前も、他の皆みたいに見て見ぬふりができる様になれよ。早く。俺が辛いから」

「…了解」


 何がそんなに辛いのか、気付いたらアイツは悲しそうな目で溜息をついていた。




 私の知らない場所で、暗躍する者達がいた。

 私の知らない間に、裏で動く者がいた。

 それらは私達を助ける様に、力となる様に動いていた。

 そんなこと、遠い地にいる私は全然知らなかったのだけれど。


 黒く染めた装束は、己を夜の眷属と自負する心の現れ。

 例え純粋な魔族では無かろうと、自分達で己はそうだと決めていた。

 今こそ、その心を示す時。

 今こそ、その覚悟を示す時。

 夜に蠢き、月光に冴える彼等は、初めて自分達を求めてくれた雇い主の為…

 今まで一度も貢献したことのない、同族と定める者達の為…

 闇の中に身を浸し、姿を隠して街の仲間で忍び寄る。


 『奴隷市場ロセン』


 ただ『奴隷市場』としてあるだけの地ではない。

 他の場所とは違い、大きな街に併設する形で発展した場所。

 その中に潜り込み、息を潜めて陰に身を隠す。

 そうして彼等は、雇い主の定めた合図があるのを待った。

 街の要所要所、重要な要となる位置の把握に努めながら。

 深く街の中に食い込み、自分達の表向きの身分を固めながら。

 彼等はただ密やかに、 計画の開始となる合図を待っていた。



 見事な細工が施された角笛を、少年は手の中で弄んでいた。

「若様、ご所望の角笛、具合はいかがでしょうか」

「うん。大分良い感じだよ。これなら合図にもぴったりだ」

「急遽勧誘されて雇い入れられた者達も、無事に配置につきました」

「そう。彼等は本当に優秀だね。グターやリンネの役に、たっぷり立ってくれそうかな」

「問題はないと思われます。一応、監視役に部下を付けていたのですが…」

「必要なかったでしょう」

「は…」

 己の及ばぬ慧眼を見せる主に、男は平伏する体を更に低く屈める。

 今更自分の意見などが参考になるとも思えなかったが、ふと思い立った一節が浮かぶ。

「全ては若様の御心のままに」

 従順なのは良いけれど、詰まらないとの辛らつな言葉。

 自分の思い通りにならない存在など、今まで本当の意味では二人しかいなかった。

 その貴重な二人である友人を助ける為、少年は今日も裏から手を回す。

「人魔混血の者達は身を置く拠り所…今まで自分達を拒絶していた場所とは違う、自分達の居場所を欲してる。いても良いんだよ、と言ってくれる誰かを待ってた」

 僕には都合の良いことに、と呟く声は部下の背筋を限りなく冷やす。

 相手は尊敬する主ではあるけれど…これから、ある意味で目を付けられた、混血達が味わう辛苦を思えば…先の先まで、主に使われ続ける苦労を思えば、切なくならずにはいられない。


 仲間達の為、自分達と同じ境遇で苦労する混血達の為。

 そう言って、ウェアンが雇った者達は『奴隷市場』に潜り込む。

 パッと見、『人間』にも見える容姿を利用して。

 彼等は己を掬い上げ、誇りとできる使命を与えてくれたウェアンに感謝を捧げていたが…

 彼とのその付き合いが、これから先も年月をっけて続いていくなどとは…

 まるっきり、予想もしていないことだった。





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