5.この指とまれ
今回はちょっと長めです。
でも中身は結構ぐだぐだ?
私とアイツの子供二人旅を危なっかしいと心配し、何故か出会ったばかりの
お兄さんが私達についてきた。何となく二人して微妙な顔を見合わせるが、
お兄さんの化け物みたいな戦闘能力を直に見ているだけに、強く好意を突っぱね
るようなことは言いにくい。また、お兄さんがそれを分かっていそうなので、
ますます逆らいにくい。
仕方がないので私達はお兄さんの提案を素直に受け入れ、旅立ち三日目(森
の中を二日彷徨った)にして最初の仲間を得ることになった。
多分、悪い人ではない。
むしろ子供に優しい、同胞に親切ないい人だと思う。
だけど仇敵『人間』を目にした時のキレっぷりが恐かった。
ああ、今日も血の雨が降るよ。
私とアイツは、傘と雨具の必要性をひしひしと感じていた。
二人連れから三人連れに変わっても、私達の旅の目的は変わらない。
お兄さんは今まで特に目的もなくふらふらしていたらしく、やりたいこと
といえば、『人間』に溜まった鬱憤を晴らしたいことだけだそうで。
良い笑顔で私達の護衛を名乗りますが、本音は弱々しそうな私達につられて
現れた『人間』を殴りたいだけじゃないかと私は疑っている。
元々私達は仲間を捜していた。
最初の一人がこのお兄さんでも、問題はない。色々なことに目を瞑れば頼りがい
のある相手だとも思う。色々…性格面に問題はありそうだけど。
表面上は和気藹々と仲良く和やかに、私達はお兄さんに接しました。
「アー兄、今日の獲物はなに!?」
アイツが、尻尾を振る犬の様にお兄さんに飛びつきます。
「馬鹿、飛びかかんな。それと、その呼び名止めろ? なんか語感が女の名前みてぇだ」
「えー…じゃ、アー…アー…アー…あ、アニィ!」
「お前…なんか残念な奴だなぁ」
お兄さんは哀れみの目でアイツに大きな袋を渡している。中身は今日の獲物だ。
「あ、ウサギさんだ」
「毛皮で手袋でも作ってやろうか?」
お兄さんが仲間になって、一つだけ確実に良かったと言えることがある。
それは、食生活の向上。
旅なんて今までしたことは無かったけれど、里でしっかり必要な物を調べ、
私達は準備を整えてから出発した。勿論食料だって持っている。だけどそれは
「非常食」と呼ばれるモノで、例外なく固かったり、ぱさぱさしていたりする。
一応必要かもしれないと最低限の調味料を持ってはいたが、調味料はそもそも
食材が無ければ使わないという盲点に気付いたのは旅立った後。私達は箱入りで、
狩り自体やったことがない。…そう気付いた時、私は旅の間の食生活を諦めた。
味気ない、水分を奪うばかりの乾物と格闘していた数日間。
だけどお兄さんと合流して、そんな毎日がすっかり様変わりした。
お兄さんは喧嘩が強いだけでなく、狩猟本能全開の外見に相応しい狩りの腕を
持っていた。移動の連続で狩場らしい狩場も見つけにくいだろうに、お兄さんは
毎日一回は私やアイツのお腹を一杯に満たして余るだけの獲物を見つけてくる。
このお兄さん、もしかして狩人か何かだったんだろうか…?
「今日はウサギさん。どう料理してやろうかしら」
私は今日も、お兄さんが捕まえてきた獲物を料理する。
ほんの数日で作業分担はきっちり別れ、お兄さんが獲物を捕ってきて、
それを私とアイツとで美味しく変身させるのがお約束になってきた。
決めた。今日はシチューにしよう。
必要な材料を必要なだけ用意していると、何だか物足りない物を感じた。
「グター、ちょっとその辺で香草探してくるから、お鍋見てて」
「一人で行くのか? 大丈夫か?」
「大丈夫。それよりもお鍋見てて。絶対に焦がさないでね」
「…う。分かった。食べ物は大事だもんな」
「嬢ちゃん、あんまり遠く行くなよ。何かあったら叫べよ?」
「そうだ、叫べよ!? 叫んだら絶対に駆けつけるから、叫べよ!?」
「なんだか、何も無くても叫べと言われている気分。本当にすぐそこだから!」
おろおろとアイツが狼狽えるのは、多分慣れない土地で私を一人にするのが
不安だから。前はこんなに心配性じゃなかったし、色々気を遣われているんだろうな。
なるべく心配をかけない様に、アイツが情けない顔をしない様に、私は絶対に
遠くまでは行くまいと決めた。幸い、探している香草はどこにでも生えている物で、
探すのにも慣れている。さっきもチラリと見かけた気がするし、すぐ見つかるでしょう。
私が木々の間を掻き分け、茂みに入ってすぐ、お兄さんの声が聞こえた。
どうやら、私が本当にすぐ近くにいるとは思っていない様子。
危機感無く遠くに行く無謀な子供だと思われている? だが、それはアイツの特権だ。
私がいないところで、どんな内緒話をするつもりなんだろうか。
趣味が悪いと思いつつ、ついつい聴き耳を立ててしまう。
「なあ、グー坊。お前に一つ、聞きたいことがある」
「なになに? 鍋を掻き回しながらで良いなら答えるけど」
「これからするのは男同士の話だ。絶対に、嬢ちゃんには言うなよ」
「…え?」
何故、そこで言葉に詰まる。
男同士の話と聞いて後ろめたさを感じたが、余計に聞いてみたいとも思った。
それと同時に、私に内緒と言われて固まったアイツの反応も気になった。
そんな、親に何でも話したがる子供でもあるまいし、アイツは私に何でも相談
しなくては気がすまないのだろうか。それをアイツの信頼だと思いながらも、ちょっと
アイツの甲斐性の有無が気になった。…うん、頼りないなんて思ったのは内緒にしよう。
「えーと…言うなって言うならリンネにも言わないけど、何が聞きたいの?」
アイツの声に、隠しきれない戸惑いが滲んでいる。
続いて、お兄さんの苦笑混じりの声がする。
「そんな深刻な顔をするな。別に小難しいことじゃあない。難しいことなら、最初っから
嬢ちゃん本人に聞くさ。グー坊でも答えられることだから気負うんじゃねぇよ」
「それもどうだな。うん、難しいことならリンネに聞いてるか」
「そこで納得するのもどうだかなぁ…」
先程までの戸惑い一転、声からもアイツのキラキラ笑顔が目に浮かぶ様な晴れやか
さ。お兄さんは苦笑を益々深めたようだったけれど、ようやく本題の「男同士の話」
らしき問いかけを口にする。
「それで聞きてぇことってのは他でもないんだけどよ。お前等みたいなちまいガキが
一緒に旅なんてしてんだから、気になって仕方ねぇことがあんだよ」
そう言って、お兄さんは更に声を潜める。
「あの嬢ちゃんのことだが。一緒にいるってことは、あの嬢ちゃん…
お前の、コレか?」
コレって何だよ。
声だけじゃ何を指しているのか分からなくて、私はそっと葉陰の隙間から二人の
様子を覗いてみた。アイツはこちらに背を向けているから顔が見えないけど、代わり
にお兄さんを真っ正面から見る形だ。お兄さんはアイツに視線を合わせる様に身を
屈め…何故か、小指を立てて示していた。
話の流れから考えるに、多分お兄さんの言う「コレ」とは小指が示す何かなのだろう。
…とんでもないことだ。本当に、とんでもないことだ。
後ろ姿のアイツも、首を傾げている。きっと、私と同じ事を連想している。
放っておいたらアイツが何か言っただろうけれど、私は我慢できずに二人の前へ。
野営地に足を踏み込んだ私に、お兄さんがギョッとしている。
だけどそんな事は気にせずに、私は真っ向からお兄さんの言葉に反論していた。
「グターにとって私は、そんな存在じゃありません!」
「嬢ちゃん…堂々と立ち聞きを宣言か」
お兄さんが困り顔だけど、そんなことを気にしている場合ではない。
誤解は素早く、速やかに訂正しておかなければ。
「小指だなんて…よりにもよって、グターにとっての私が小指だなんて…!
いい? お兄さん。小指なのはむしろ、グターの方だから」
「は?」
「そして私は小指じゃなくて、どちらかといえば薬指。薬指ポジションだから!」
「薬指って、…は? どういう意味?」
いつも泰然自若として余裕たっぷりのお兄さんが、困惑顔を向けてくる。
わあ、初めて見た。
「リンネ! お前にとっての俺って小指なのか!?」
お兄さんが鈍くしか反応できずにいる隙に、馬鹿が食いついてきた。
口許を歪め、情けない困り眉で私に問い詰めてくる。
「俺とお前は同じ年生まれだろ。どっちかっていうと俺の方が二ヶ月早く産まれたって
聞いたことがある。つまり、俺の方がほんの少しお兄さんだ。なのに何で、リンネが
自分のことをお姉さんだって言うんだよ!」
「え、日頃の態度? グターがいつも私に面倒をかけるから?」
「何だよ、それ! 大体、いつもいつもいつも! ままごとする度、俺に子供役押しつけ
てくるし、子供扱いするし、俺の扱い偏ってないか!?」
「また古い話を持ち出して…」
わやわや言い合う私達に、お兄さんが呆れた顔で手を挙げた。
「あ~…なんだ。どうも認識に食い違いがあるみたいだが、お前等、このジェスチャーを
なんだと思ったんだ? ちょっとお兄さんに言ってみ?」
そう言って、小指をぴんと立てるお兄さんに、私とアイツの声が揃った。
「「あかちゃん」」
「なんでだよ!!」
間をおかず、即座にお兄さんが吠えたてる。
なんだろう。地域によって解釈に差があるのかな。
「えーと、それじゃアレだ。薬指は?」
「「おねえさん」」
またもや声の揃った私達に、お兄さんの眉が下がる。これもまた、初めて見る表情だ。
「それ、初めて聞いたな。もしかすると、他の指も?」
「うん。五本の指がそれぞれ家族の役割に対応してるんだ。アー兄が知らないなら、
もしかして俺達の里だけの言い方かなぁ」
「私が薬指でグターが小指なら、ウェアン君は中指?」
「だから、なんで俺が小指? ウェアンも、アレはお兄さんってガラじゃないって。
大体、ままごとの時だって捻くれて殺伐とした家族構成の姑役志願する奴だった
じゃん。ままごとで嬉々として姑とか言い出す様な黒い奴、俺はお兄さんだなんて
認めない」
あ、アイツも彼のこと、黒いと思ってたんだ。
指の話から昔の不満を思い出したらしいアイツが、頬を思いっきり膨らませる。
子供丸出しの仕草に、お兄さんも可笑しそうに笑っている。
「お前等、ままごととかすんのか。平和で仲良いな」
「あ、今はしないぜ。昔だよ、むかし。遊び相手が俺とリンネともう一人の友達の三人
だけだったからさ。日替わりでそれぞれのやりたいことに順番で付き合ってたんだ」
私と、アイツと、里長の息子。同年生まれで家も近いが、趣味趣向は三人バラバラ。
それなのに遊び相手は他におらず、折り合いを付けた結果、それぞれのやりたいことに
大人しく付き合っていた。そんな昔があるから、私達は今でも仲が良い。
だから、後のことは全部、里の友達に残してこられた。
幼い頃から培った、信頼と絆。
遠く離れ、次にいつ会えるのかも分からないけれど…
大事な友達だから、彼に任せておけば大丈夫だと信じられた。
友達と仲間は違うのかもしれないけれど、彼みたいに信じられる仲間を、私達は
探しに行く。見つかるかは、分からないけれど。
でも、見つかれば良いと思った。
もしかしたら、このお兄さんが「信頼できる仲間」の最初の一人になるかもしれない。
私達の旅についてくると言って、お兄さんは私達の仲間に入ってくれた。
アイツとじゃれるお兄さんの姿に不安も感じるけれど、これから次第だと自分に
言い聞かせ、不安は見えないふりで料理の続きに取りかかった。
私達は仲間を捜しに旅立った。
仲間に入ってくれる「誰か」を求めて、出会う同胞達を誘わなくてはいけない。
子供の頃の、この指とまれの合図の様に。
一人、また一人とアイツが立てた指に誰かがとまる様に。
沢山、たくさんの「誰か」が仲間に入ってくれる様に。
願うだけじゃなく、望むだけじゃなく、声をかけて誘わなくては。
一人じゃできない事が沢山ある。私とアイツは、それに気付いたから旅立った。
遊びだって、一人じゃできない時は仲間を募る。
気まぐれに仲間に入ったお兄さんみたいに、私達を気に留めて、耳を傾けてほしい。
そう願いながら、私はお兄さんの存在に望みをかけた。
困ったところはあるけれど、『外』に詳しく、子供に優しい。私達を同胞として
大切にしてくれる。彼の様な大人に会えたなら、他にも沢山会えるかも、と。
このお兄さんを呼び水に、少しでも多くの同胞の意識に留まるようにと。
そう願うだけでなく、努力もしなければ。私はこれから先に思いを馳せた。
決して、失敗などがない様に。
…まあ、そう気をつけていればいる程、何か失敗するものだけど。
夕食の席、できたてのシチューを食べながらお兄さんが首を傾げた。
「そう言えば、お前等、なんでガキの癖に二人で旅なんてしてんだ?」
「え? 今になってそれ聞くんだ?」
「…今まで、知らないのに一緒にいたんですか」
うわぁ、いまさらだ! でも、そう言えば事情を説明していなかった。
早速あったよ、失敗。今まで全然気付かなかった…。
私達は、大慌てでお兄さんに思ったこと、考えたこと、何をするつもりなのかという
これからのことを言葉を尽くして説明した。何故か、主に私が。
今になって説明する私達も私達なら、今になるまで目的を聞かなかったお兄さんも大概だと思う。
…私達とお兄さんが出会ってから、数えてみれば一週間近く経っていた。
その間、私達と共に行動しながら、何も疑問を口にしなかったお兄さん。
大らかと言えばいいのか、大雑把と言う方が相応しいのか。
大物なのだろうかと悩みつつ、私は微かに先への不安が増したのを感じた。
お兄さんの口調が安定しません。
ちょっとアレッ?と思うところがあるかもしれません。