39.四年目のはじまり
私とアイツが里を飛び出して、気付いたら四年目の春がやって来た。
日は柔らかく、温かく、一年のどんな日よりも心地よい風が吹く。
新年のお祭りに、大陸各地が沸き立つ季節の到来。
それは魔族も妖精族も竜人族も、『人間』も変わりなく、本当に全ての種族に。
私達は共通の暦を使っている訳ではない。
何しろ、それぞれ大事にする基準が違う。
だけど、年の始まりだけは。
春に霞む銀の月、始まりの満月。
常に金に輝く月が、年に一度だけ銀色に輝く特別な夜。
分かりやすく目にも美しい、特別な月の夜。
毎年、どの種族も合わせて、その日が新年を告げる日となっている。
この日の前後、一週間を祭りとするのは、どの種族でも同じ。
私達は、この日に合わせて進めている計画があった。
長い冬が終わり、春には新たな食材も多い。
冬の間、秋に溜め込んだ食料で食い繋いでいた者共は、厳しい季節の終わりに歓声を上げる。
新しい食材と、冬の間に見飽きた保存食料。
それらをふんだんに使って、祭りの特別な料理が振る舞われる。
古い食材を使い切り、冬の憂さを晴らす為。雪の季節に終止符を。
また秋が来て作物が実り、冬に備える蓄えに頭を悩ませるまで。
食料に関する心配は終わりと、皆は羽目を外した。
何処も例外はなく、普段は厳しい警戒をしいて襲撃に備えるべき所まで。
皆が浮かれて、羽目を外して、心の心配の種と一緒に、大事なモノを吹き飛ばす。
どこだって今日は祭りだと知っているから、警戒が薄くなる。
今日ばかりは、今日も含め、祭りの間は襲撃などないと。
警戒など、無用とばかりに。
その危うさに、誰も気付かないまま。
私達、『解放軍』は思いもせぬまま。
私達の『砦』は、幸いにして爆破魔さんと羽根の人のお陰で防備は万全。
そして、他の場所は私達の様にはいかないと知っている。
これはつまり、攻めろという天の啓示だろうか?
そんな風に思う私は、もしかしたら心が歪んでいるのだろうか。
でも、このご時世。
汚い心もある程度持っていないと、到底生き残れない。
清い心のままじゃ、目標なんて達せない。
仲間達も皆、私の提案に合意を示す。
そんなこんなで、私達は祭りの季節の到来にもかかわらず、襲撃の準備をしていた。
向かう先、目標は『奴隷市場ロセン』
最初の奴隷市場を潰し、私達の拠点と変えてから、ずっと。
私達は『人間』の薄汚い欲望によって造られた『奴隷市場』を一つ一つと潰しては、新しい仲間と物資、拠点を手に入れてきた。
そうやって勢力を拡大し、増やす拠点で押して、『人間』の防衛線を後退させていった。
『人間』を拒む地を、増やしていった。
流石にどこもかしこも爆破魔さん達によるエグい境界線を敷くことはできない。
彼等にも、驚いたことに限界があるらしい。
そのお陰で『人間』の立ち入りまで封じることはできないけれど。
奪い取った『奴隷市場』は魔族の襲撃を想定しているだけに、防備は整っていて。
一度奪ったからには、易々と奪還はさせない。
単独では無理なことでも、複数の戦力を束ね、協力すれば可能となる。
拠点の維持管理だって、同じ事。
アイツの発想から始まった私達の戦法は、方々で功を奏していた。
そうして着々と『奴隷市場』を取り込んでいき…
次で最後。これで最後。ようやっと、最後。
私達は大陸に残る、最後の『奴隷市場』を襲撃しようとしていた。
此処さえ潰してしまえば、当分の間は魔族や妖精が売り買いされることはなくなると。
此処を手掛かりに、また多くの仲間を取り戻せるのだと。
私達は、『最後』という言葉にとても張り切っていた。
回復要員として私が随行することに、アイツは最後まで渋い顔をしていた。
そんな、今更足手纏いになんてならないのに。
私だって、自分が戦闘能力皆無なことは自覚している。
戦闘になったら直ぐさま逃げ隠れ、仲間の厚い警護から飛び出すつもりはない。
…あ。もしかして、護衛に人員を割くことに難しい顔をしているのだろうか。
そこは私も、少し申し訳なく思っているけれど…
まともに回復魔法を使いこなせる人材は少ない。
そして戦場には万一と言うこともある。
アイツだって参加するのに、私が置いてきぼりにされる訳にはいかない。
アイツが怪我することだって、もしかしたらあるかも知れないんだから。
「グー様、また何か、参謀殿が一人で勝手に誤解してそうな空気を…」
「良いよ。気にすんなよ。俺、もう無理に分かって貰おうなんて思ってないよ」
「そう言う割に、背中が煤けてるけど」
「そりゃ、分かって貰えないのは俺だって寂しいよ」
「参謀殿、完璧に分かってないね。グー様はただ、心配なだけだってのに」
「…リンネのヤツ、俺がリンネの護衛をどんだけ考えて配置したか、分かってないんだろうな」
「グー様、また遠い目」
最近、何故かアイツが黄昏れることが多い。
ずっと遠いところに目を向けて、憂う様な顔をしている。
アイツにもこの頃リーダーとしての自覚が出てきたみたいだし。
何か思うところがあるみたいだけど、何故か頑なに私には相談してくれない…
アイツの相談できる相手は今や私だけじゃないけど、私が一番近くにいた筈なのに。
いつしかアイツの世界も拡がって、私にばかり頼るアイツじゃない。
それを理解しているつもりなのに、寂しいと思う。
ずっと一緒にいたんだから、仕方ない。
そう呟いて自分を誤魔化すけれど、疎外感は薄れない。
不意に、泣きたくなった。
アイツに今まで以上に差を付けられて、今度こそ本当に置いて行かれる様で。
そんなことは絶対に嫌だから、私だって役に立つのだと照明したい。
今度の遠征では、絶対に役に立たなければ。
手柄を立てるとまではいかなくとも、アイツの傍にいられるだけの能力があると示したい。
争いごとは、本当は好きじゃない。
それでも頑張らなければならない時がある。
私は回復役に過ぎないけれど…
アイツの為に、アイツに置いて行かれない私でいる為に、やるべき事がある。
私はいつにない覚悟と決意で、遠征の計画に向き合った。




