天上の国、昼と夜の間にて
主人公達とは全く別の場所、天上から見守る方。
それは神様。
黄金よりも豪奢で、金の穂波の様に豊かな髪。
白く輝く、白磁の肌。薔薇色の頬。
金の睫毛に縁取られた瞳は、空の色としか表現できない蒼。
誇り高く清廉な内面を表す、意志の強い眼差し。
高潔にして思考の存在。
彼女は、昼と日を司る女神。
手に握るは金の錫杖「空の覇権」…天上の王を示す権威。
神々しい錫杖の中央には、大きな紅水晶が煌めいていた。
金の髪を靡かせて、女神は扉を開く。
彼女の住まう水晶の城の奥深く、ただ一つ黒く塗られた扉の向こう。
そこは夜の神が住まう、黒曜の城と通じる世界。
昼と夜の間…時の止まった、永遠の夕暮れと暁の世界。
求める姿を追って、女神は足を踏み出した。
「こんな所にいたのか。探したではないか」
深く分け入った先に、銀の水盤。
その傍らに見つけたのは、黒く艶めく真っ直ぐな髪の後ろ姿。
地に引き摺る程に長い、烏の濡れ羽色。
手に持つ錫杖は銀。紫水晶の輝く、「空の覇権」と同じ意匠の杖。
振り向いたのは、女神とは趣の違う麗しき美顔。
白く透き通る顔に、満月の輝きの瞳。
それは、地上にいる魔族の少年と同じ色をしていた。
「姉上か、どうなされました」
夜と月の神は、己を探していた女神に心なしか不思議そうだ。
弟の疑問を気にすることなく、女神は弟に近づいた。
「また、地上をみておったのか」
「ええ。今は種の存亡を賭ける時、片時も目が逸らせませぬ」
「種…そなたの民、魔族か」
「はい。かなり頑丈に創ったというのに、六種族で最も先に種の存亡を問うことになるとは思いもよらず…今は心配でなりませぬ。最初に滅びるのは、姉上の民だと信じていましたのに」
「さり気なく、失礼な奴よ。しかし心配とは言うても、そなた、己の民が滅びぬ様に色々と細工をしておったではないか。近頃も、他の神々に手を回したり、色々と」
「ええ。女神達や弟にも加護を頼み、協力を約束させました。私の民の中にも、特に厚い加護を与えた者を誕生させ、反撃の要になる英雄の候補と致しましたが…」
「そこまですれば、簡単には滅ばぬであろうに、浮かぬ顔をしておるな」
「…もしかすると、私はまたやりすぎたのかも知れませぬ」
「またか」
弟の告白に、女神は呆れた面持ちで更に距離を詰める。
そのまま弟の見ていた水盤を見てみれば、映し出されるのは地上の風景。
中央に見えるのは、夜の神が得に厚き加護を与えた者達。
中でも一際強い加護を持つ、夜の神と同じ色彩の少年。
女神は少年を見て、益々呆れた。
少々、地上の者に与えるには加護が厚すぎる。
これでは、少年のすることなす事、全て上手くいく様になってしまうだろう。
加えて、加護を授けられているのは少年だけではない。
少年ほどではないにしろ、それでも充分以上に加護を持つ者が少年を囲んでいる。
この様な者達が集っては、敵対する者は一溜まりもないだろう。
しかし地上は争い、乱れている。
いっそこの位の方が丁度良いのだろうかと、女神は首を傾げた。
あまり地上に関わらない彼女では、加護を与えるにも加減が分からなかった。
心配性な弟の、過剰気味な保護欲を、今まで度々諫めてきたというのに。
「私も、まさか全員が集まるとは思うておらず。これだけ与えれば、幾人かは集って反旗を翻すかと考えての事でしたが…まさか、全員集結してしまうとは」
「なんだ。そなたにも予想外のことであったか」
「ええ…。民が哀れだからと、強化しすぎてしまい…今では逆に、穀物神の民を絶滅してしまうのではないかという危機感が募ってきております」
「そなたも、そなたの民もやりすぎる傾向にあるからのう。しかし、そうさせる訳にはいかぬであろう。どうするのだ? ただでさえ、今は穀物神がおらぬ。そなたが殺してしもうた」
「はい…」
夜の神は苦り切った顔で、肩を落とす。
それは『人間』の他種族に対する横暴が現れだした頃。
最も迫害を受けた魔族を守護する夜の神は、涼やかな風貌に合わず、少々短気だった。
彼は己の民が受けた仕打ちに怒りを感じていたが、まさか地上の弱小な民に怒りをぶつける訳にも行かず…『人間』を創った、穀物神に怒りを向けた。
だが穀物神は中級の神。夜の神は最上級に位置する神の一柱。
その全力の怒りを受けて、穀物神は命を落としてしまった。
「弟に比べると、それ程短気でもないつもりであったのですが」
「あれと比べるでない。そなたも十分に短気であろう」
「それを言うと、姉上も短気です」
「しかし、どうするかのう…穀物神が復活するまで、500年は経るであろう。我等にとっては大した年月とも言えぬが、地上ではそうもいかぬ。500年の間、穀物の実りは悪く、穀物神の民には加護が与えられぬ」
「ええ。だからこそ。私の民は、加護によってかつて無く力を持っている。それに相対する者達は、加護がない。これでは本当に、滅んでしまうのではなかろうか…と」
「そなたの自業自得ではないか。しかし滅んでしもうては、穀物神が復活した時に哀れよのう。あやつが泣くと、鬱陶しくて敵わぬ」
「姉上の部下ではないですか。薄情な物の言い様ではありませぬか?」
「殺したそなたが何を言う」
「私も、このような事になるとは」
「そなた、穀物神を殺すのは三度目ではなかったか?」
かつて険悪になった弟と部下の板挟みとなったことを思い出したのだろう。
女神は不機嫌に弟を睨み付ける。
何度も何度も、穀物神に責任があろうとも、彼が悪い訳ではない理由で夜の神と穀物の神は対立するのを繰り返してきた。その度、怒りにかられた夜の神が穀物神を斬ってきたのだが…
それで何故か仲が悪い訳ではないのだから、昼の女神にはよく分からない。
「これからどうするのか。このままでは本当に、穀物神の民は滅んでしまうぞ」
「何かしら、手を打つつもりではありますが」
「この様なことになれば、魔族が盛り返して『人間』を追いやる未来は決まったものとなろう。それからどうするつもりか。穀物神の復活は、それに間に合わぬ。穀物の実りは一層悪く、『人間』は難儀するであろうな。500年の間、『人間』は増えること叶わぬであろう。あれらは弱い。減っていくことも考えられるのう…他の種族の、力添えがなければ」
「………。そこまで、地上の民草も非情ではないと」
「しかし、『人間』どもの行いは悪すぎるであろう? 本当に援助するとは思えぬのだが」
「いっそのこと、神の代弁者…巫女の存在を復活させませぬか」
「それは止めておけ」
「良い手とは思いませぬか?」
「今は地上が荒れておる。そなたの民も、自分達の力で再起を図っておろう? そのような時に神の声など投げかけても、混乱を深め、迷走させるだけで邪魔となろう」
そもそも、夜の神は庇護対象へ過保護にすぎる。
そんな彼が今更地上へ声を届けても、悪い方向へ向かう予感がした。
「では、これでは? 地上の争いに決着がついた後、我が民は国を成し、王を戴く予定とか。その場に私が姿を見せ、言祝ぎ、王権の後押しとなりましょう。その場で巫女の存在を示し、建国の王が統治する機関に限り助言を示す。この形で『人間』の保護も命じるのでは」
「…だから、そなたは」
弟はどこまでもやりすぎ傾向が強い。
救いは彼がやりすぎる対象が魔族だけであることか。
「そなたの意見は一時留め置き、後で他の神とも協議しよう。その必要がある」
「他の神々にも意見を求める必要は、確かに」
魔族のやりすぎ、そして弟のやりすぎ。
それに伴う、魔族より深刻になりそうな『人間』の存亡。
それら諸々を、女神は後で絶対に他の神々と話し合おうと心に決めた。
だけど取り敢えず。
『人間』が今現在、どの神からも加護を得ていない状況は、深刻。
このまま魔族とぶつかれば、確実に滅ぶから。
誰かが仮の加護を『人間』という種に与えなければならない。
それが自分になる確率が高いと、昼の女神は肩を落とす。
面倒くさい。
それが彼女の正直な感想なのだが。
しかし彼女は穀物の神の上位神。そして、殺害した神の姉。
穀物の神と近しい植物の女神も、穀物の神を殺した夜の神も。
彼等の加護する民は、今は穀物神の民である『人間』と対立している。
そのような状況で、昼の女神以外に加護を与えられる神はいまい。
彼女が正式に加護を与える相手は、地上の翼持つ民だけではあるが。
それに劣るモノとなっても、何かしら生き残る力を与えるべきだろう。
最終的には、「加護を与えた」という事実が残ればいいかと、女神は内心で投げた。
何となく、己の民の関わっていない争いで、自分が割を食うのは腹が立った。
「所で姉上、何用で私を捜しておられたのです」
「ああ」
弟に声をかけられ、姉は面倒だという思考から脱した。
用事を思い出し、手に持った錫杖を弟へ突き出す。
「昼と夜、交代の時間よ」
「もう、そのような時間でしたか」
弟も姉の用件に納得し、差し出された「空の覇権」を受け取る。
次いで、弟が差し出した銀の錫杖を姉が受け取った。
互いの杖を交換したのと同時に、それぞれの杖の水晶が色を変える。
姉神が手に持つ銀の杖は、紅水晶に。
弟神が手に持つ金の杖は、紫水晶に。
それぞれの位置が確かに変わったのだと、それを示すかの様に。
「何故、私達の父神様はこのような面倒な手順をお決めになったのか」
「毎度のことではありませぬか。今更姉上が嘆いても意味はありますまい」
「正直、面倒でならないのだけど」
彼等が毎日の昼と夜との切り替わりに錫杖の受け渡しを怠れば、昼と夜のどちらかがずっと続いてしまう。そうなれば下界では均衡が崩れ、大きな災厄となる。
事実、嘗て姉神が部屋に閉じこもって出てこなくなった時、錫杖の受け渡しができずに一年も夜が続いてしまったことがある。その時、地上の民はすべからく滅びかけた。
実際に滅ぶまではいかなかったのは、彼等の与えた加護と頑丈さに由縁する。
「父上は、特に姉上を心配なさっておいででした。姉上の…引き籠もり癖を」
「私としては、余計なお世話と言うほかにはない」
「この様に定めておけば、少なくとも日に二度は外出せねばならぬだろうと、父上なりの予防策であったのではありませぬか?」
「外に出るなど…陽射しが眩しすぎて、嫌気が差すだけだというのに」
「希に思うのですが、姉上は昼を司っておられる自覚をお持ちですか?」
「で、あればこそ、私が外に出るとあの様に明るくなるのではなくて? 余計なことに」
「…昼を司るからこその、明るいところ嫌いなのですね」
引き籠もりがちの日女神。
彼女の外出嫌いは、彼女が庇護する地上の民達…
超引き籠もりで有名な、天翼族にもしっかりと引き継がれていた。




