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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
帰ってきた危険人物達
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37.喧嘩を売って、穀倉地帯



 何かを考え込む様な、難しい顔。

 初めて知った魔族の実状、その情けなさ。

 影君は頭痛を堪える様な顔で、寄っていく眉間をしきりに伸ばしていた。


「ええと? それでその『神器』? 取り戻す当てはあるのか」

「一応、目処は立っています。現状での達成は難しいですが」

「何故?」

 影君の疑問にお答えすべく、私は机の上に大きな羊皮紙を広げました。

 大陸の、地図です。

 影君が、目を丸くしました。

「これは…」

 言葉の響きに、畏怖の様な何かがあります。

 ああ、彼は『人間』の国で育ったので、『人間』の常識に縛られているんでした。

 

 地形や国教を明確にしてしまう地図を『人間』は秘匿しようとします。

 それは国防を意識してのことでしょうし、他にも魔族には計り知れない事情があるのかも知れません。聞いたところによると、『人間』は己が領地とする土地を更に細切れにし、互いに所有権の関係で大もめに揉めたりするそうです。同族同士で。

 そんな彼等ですから、地形の情報やらは大層大事に管理されているとのこと。

 聞いた話によると、書き込まれた情報が詳細で正確な地図は高値

 …どころか、所持するどころか目にするだけで下手したら大逆扱い。

 悪くしたら地下牢に繋がれて拷問を受けた挙げ句、縛り首だそうです。大変ですね。


 ですがそんな事情、魔族には関係ありません。

 『人間』の事情でモノを考えてしまった影君は詳細な地図の存在に狼狽えていますが、私達には見慣れたモノです。秘匿する意味も解りません。秘匿しても、魔族には無意味ですし。

 何せ私達、少なからず飛べます。

 というか、飛びます。特に、羽根の人が。

 妖精族や竜人族だって飛べるのです。

 この大陸で血反吐を吐く様な努力をしないことには空を飛ぶこともできない種族など、『人間』くらいです。何故彼等の親神は、過剰な能力を与えてやらなかったのでしょうね?

 彼等の神の教義は『堅実に生きろ』だそうですが、功を奏しているのでしょうか。


 話が逸れました。

 まあ、とにかく、私達は空を飛べるのです。

 それはつまり上空から、大陸の地形を見放題と言うことで…

 自然と地図の技術が向上したのは、自然なことでしょう。

 そして魔族や妖精族は国境線など端から気にしません。

 そんな私達に地形の機密保持などという概念がある訳もなく。

 誰でもやろうと思えば肉眼で確認できることから、特に地図の情報は秘匿もしません。

 こんなところにも種族間の違いが現れて、影君の今後の苦労が偲ばれました。



「いつまでも見入っていてどうぞと言ってあげたいのですが…」

「はっ」

「こちらをご覧下さい」


 地図を前に硬直していた影君を正気づかせ、私は説明を続ける。

 私は大陸のほぼ中央に位置する、ある場所を指し示す。

 魔族の土地として蘇るのを待つ、『父祖』の地を。


「ここに何かあるのか?」

「此処が我等、魔族の父祖の地。私達の故郷にして、いつか取り戻すべき場所」

「こ、此処が?」

 影君がギョッとした顔で、まじまじと私の顔を見つめてくる。

 まるで、私の正気を疑う様な、その躊躇いがちな視線。

「此処は…俺の記憶が確かなら、此処は、『人間』にとって最大の穀倉地…」

 己の記憶から土地の情報を引き出し、影君は青ざめた。


 今となっては『人間』にとっても重要な、肥沃な大地。

 いつしか『人間』達の冬を越す為に欠かせない場所、生命線となっていた場所。

 土地全体で『大きすぎる貯蔵庫』と呼ばれるのは、すっかり変わり果てた魔族の地。

 此処を得ようとすれば、『人間』からの激しい抵抗が予想される。

 其処を取り戻すとの宣言に、影君は目と口を開いて絶句した。

「幾ら何でも、無茶な」

「無茶でも、やらなければなりません。先刻言った、『神器』が関わっているんです」

「…何か、嫌な予感が」


「言ったでしょう? 私達の父祖が、魔族の地に『忘れて』きたのだと」


 そして、その魔族の地が今では『人間』の国最大の穀倉地帯…。

 影君の顔が、絶望で引きつった。

「通常『神器』は、授けられた種族の者にしか触ることはできません。つまり、魔族の『神器』は魔族にしか移動させられません。『神器』はまだ、我等が父祖の地にあるのです」

「だからといって、此処を襲撃するのは無謀では」

「無謀でもやります。私達にとって父祖の地を取り戻すのは悲願でもありますしね」

「だが此処は『人間』にとって命綱。取り戻すなると、『人間』の抵抗がどう出るか」

 悩ましげに頭を振る影君。

 だけど問題は、それでは済まない。

 私達は確実に、『人間』に恨まれる。

 それが分かっていて、やらなければならないことがあるのだ。

「どの道、私達と『人間』の衝突は避けられません。それに、何はともあれ『神器』の奪取が最優先ではあるのですが…どうも、この地の豊かさは『神器』の力に寄るモノのようで」

「え………」

「ちょっと、そう言う神話があるんですよ。夜の神の力が穀物の神に干渉するっていう」

「それは、日の女神の方じゃないのか?」

「とってもマイナーな神話なので、知らない人の方が多いです。日の女神も確かに確かに穀物神とは密接な関係ですが、夜の神はそれと別方面からのアプローチというか…色々、あるんです」

「なんだかとても、納得しづらい説明なんだな…」

 納得いかないという顔で凝視してくる影君から、私は急いで目を逸らす。

 『人間』の血を引く彼に対して、微妙に居心地の悪さを感じた。

 そう、『人間』が一大穀倉地帯に育て上げた土地を、私達は取り上げる。

 そのことに関して、既に割り切ったはずなのに。

 当然の権利として、恨みを買ってでも取り戻すと決めたはずなのに。

 何故か、相手に責められると思うと尻込みしてしまう。

 ああ、未だ私は心が弱いのか。

 自覚したら、情けなくて泣くかと思った。


「…何にせよ、『神器』を取り戻したら、どのみち恨まれるんです。それなら土地ごと取り戻しても良いじゃないかというのが私達の総意です」

「………元々、種族間の溝は深いと思ってた。だが、対立を避けようのない決意だな」

「何とでも言って下さい。父祖の地と、『神器』の奪還は魔族の悲願です」

「間違いなく?」

「ええ、間違いなく」

 そう、それだけは間違いようがない。

 建国を宣言するのならば、あの土地でなければ。

 あの『神器』を取り戻し、父祖から取り上げられた土地を奪還してでなければ。

 私達の、魔族の矜持だけではない。

 それだけでなく、魂から求めるモノがある。

 郷愁とも呼べる切なさは、私達が父祖の地を取り戻すまで晴れないだろう。




 先祖の魂を慰め、私達の心から欲する『建国』を成し遂げる。

 それをやり遂げる為ならば、私達はきっと何でもするだろう。

 その為に『人間』に恨まれ、種族間の争いが激化しようとも…


 そうなっても構わないと、獰猛に笑う人がいる。

 どうせ最初から関係は険悪なのだと、爽やかに笑う人がいる。

 本を正せば向こうが悪いのだと、綺麗に笑う人がいる。

 自業自得は恐ろしいと、顔を青ざめさせる人がいる。

 豊かな表情を全く顔から抜け落ちさせて、仕方がないと呟く人も。


 色々な人がいて、それらをとりまとめていかなければいけないが…

 この地の奪還だけは、誰一人異論を持つ人はいなくて。

 纏めるまでもなく、彼等が纏まってしまう程、魔族にとっては当たり前のことで。

 

 私達は未来で、血の大河を築いてでも実行するだろう。

 関係悪化必定の、大規模な種族間闘争を。


 


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