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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達は生活習慣の違いに苦労中
63/193

地底世界の攻防戦(彼等は実力の違いを知らなかった)

サブタイトルがしっくりこない…。

良くあることですが。


今回は残虐な表現が御座います。

血とか何とか、苦手な方はお気を付け下さい。



 先ず初めに、『人間』達の退路が断たれた。

 彼等が潜む少し後方、底まで連なる道を封鎖する様に。

 道の両端に聳える崖の上から、次々と土砂が降り注いだ

「しまった…!」

「ちいっ 気付かれていたのか!?」 

 退路を断たれた袋のネズミたちは、閉じ込められたことに狼狽えを見せる。

 それでも直ぐに冷静さを取り戻したのは、今までに乗り越えてきた過酷な訓練故。

 だがしかし、今回はどうだろう。

 これまで越えてきた試練の様に、越えることのできる者が何人いるのか。

 果たして自分達を挟む様に聳える前後の壁を、生きて乗り越えることができるのだろうか。

 自分達の命運も解らぬまま、唐突に開かれた戦端に、彼等は強制的に巻き込まれていった。 



 道を塞いだ土砂を補強するが如く、銀の刺草が斜面を覆っていく。

 刺草が土の上に描き出していく文様は、どことなく銀細工の様にも見えたけれど。

 それはまるで、有刺鉄線に似ていた。

「なんだ、これ…!?」

 異様な成長を見せ、意志を持った様に絡み合っていく植物に、動揺を見せる男達。

 魔法の技だと予測するものの、自分達の知る常識とは懸け離れた植物に、異質なモノを嫌って排除しようとする『人間』の性質は嫌悪感を隠せない。

「クソッ」

「あ、馬鹿」

 憤慨した男の一人が、忌々しげに刺草を踏みにじった。

 しかし植物とは思えない程に硬く頑丈な刺草は、その位では千切れもしない。

「お前…どんな悪意が、仕掛けがあるかも分からんのに」

「浅慮が過ぎる。毒液でも噴き出したらどうする」

 顔を顰め、行動を咎める者達も、植物の異様に薄気味悪そうにしていた。


「あ。」

「ラティ君?」

「今…誰か、あの男達の誰かが」

「どうしたんですか」

「僕の可愛い子供達、刺草の28号を…踏みにじりやがりました」

「………。一体、どれだけばらまいたんですか、刺草」

「僕の可愛い子供達を踏みつけにするなんて、良い度胸です」

「あれ、もしかしてさり気なく、最高に激怒してます?」

「さり気なくも何も、激怒してます。いけ、刺草! そして殺れ、土の精霊!」

「ああ、ラティさんまで予定にない行動をする様に…!」


 土砂を覆ったところで落ち着いていた刺草が、突如として暴走的に成長速度を速めた。

 それはまるで、己を踏みつけた男に激怒する様に。

 踏みにじられた部分を中心として、みるみる増殖していく。

 棘に覆われた蔦は踊る様に勢いよく飛び出し、比較的近くにいた者から順に絡みついていく。

 絡め取り、取り込もうという様に。

 取り憑き、寄生しようとする様に。

「ぅあっ かっ くぁぁ…!」

 最初に絡みつかれたのは、刺草を踏みつけた男だった。

 その足に、まるで付着した痕跡を追跡するかの如く。

 幾重にも束ねられ、強度を増して、強靱にしなやかに。

 鞭の様な激しさで、足にまとわりつき、縛り上げていく。

 絞られる肉体は血流を乱し、千切らんとするばかりの締め付けで。

 食い込んだ刺草は、男の足を挽き潰しながら這い登っていく。

 伝い上がり、骨を砕き、小さく小さく潰していきながら。

 圧力に押され、血が噴き出す。

 刺草の鋭すぎる棘が傷つけた場所から、押し出されて飛び散っていく。

 血は、男が味方と呼んだ者達を緋に染めていく。

 男の悲鳴は、吹き上がる血煙は、この夜の惨劇を暗示していた。

 足下から喉元へと伸びていく、刺草。

 まとわりついていくごとに、縛り潰され、縮んでいく男の体。

 喉から迸る悲鳴も、やがて刺草の中に消えていった。

 もう、何処に何があるのか分からない程、小さな肉塊になってしまって。

 それすらも、刺草に覆われて、既に何も見えない。

 土砂を覆う刺草の元へ引き寄せられ、草間に消えた。

 それはまるで、踏みつけられた傷を癒す為、養分として吸い取る様に。

 銀色の蔦を伝い落ちる、血の泉だけが、男の死の痕跡であった。


「ぅあっ ああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁっっ」


 刺草に絡め取られた者達が、絶望の叫びを上げる。

 異様な刺草に対して。

 死という、本能的な恐れに対して。

 養分にされてしまう、具体的な姿を見せた男の死に対して。

 これから自分達も同じ目に遭うのだという、逃れられぬ恐怖に対して。

 味方と呼んだ者達は、刺草への恐怖に…巻き添えとなる恐怖に、近寄ろうとしない。

 独力での脱出を迫られた男達は、死に物狂いで武器を握った腕を振るった。

 魔法を使おうにも、不思議と魔法は発動しない。

 それどころか、生命力の様なモノを血肉より先にと、刺草に奪われていくのを感じる。

 完全に恐怖で我を忘れ、抵抗らしい抵抗も、刺草には通じず。

 更に四人の男が、刺草の中に消えた。

 血溜まりは、ますますあかく、範囲を広げていく。

 伝い広がるその様は、黄泉からの不気味な呼び声に似て。

 耳に残る断末魔が、残った者達を苛む。

 足下の血溜まり。

 あかい泉から咲くように、蔓延る銀色の刺草。

 そして、肉を挽き潰す音と、時折混じる掠れた声。末期の叫び。

 それら全てが、異質な空気を造りあげていた。

 此処は、自分達の知らない場所なのだと、改めて突きつけるようで。

 別の場所どころか、地上ではない場所…

 まるで此処そのものが黄泉であるかのような、異界ででもあるかのような。

 そのような錯覚で、残った者達の感覚がおかしくなっていく。

 狂って、いく。

 狂気が伝染し、広がって染まりゆく。

 普通の神経で正気を保ち続けるには、此処はあまりに恐ろしすぎる。

 此処は決して、彼等を受け入れない。

 今更ながらに頭を過ぎる言葉に、彼等は抵抗できない。

 隠しようのない身震いは、自覚の証。

 今になってようやっと、彼等が己の立場を認識したことを表していた。


 それ程離れていない、物見櫓の上。

 敵を襲った惨状をつぶさに見ていたメイラは、顔を引きつらせてラティから一歩離れた。

「え、えげつない…」

「そうですか?」

「そんなに、そんなに怒ったの? そんなに許せなかったの?」

「え。でも。アシュルーさんやらディフェーネさんやらも、似たような惨劇作ってますよね?」

「あの人達は、単純攻撃しかしないから、殴殺とか斬殺はするけど。同じ惨殺でも、あんな怖いことはしない。マゼラさん達は魔法一発で吹き飛ばすから、逆に一瞬だし。皆、苦しまずに死ねてると思う。あの、『銀の刺草養分の刑』に比べたら」

「変な技名、付けないで下さいよ」

「ねえ、アレって技? 本当に、アレって技?」

「あの刺草は僕の子供同然ですから、意思の疎通くらいできますよ?」

「…アレって、刺草の意思? 刺草の仕業? こわっ」

「僕の怒りを動力に、僕の魔力を燃料に、刺草を暴走させただけですよ」

「それ、『だけ』って言うには、あまりに結果が酷いと思う…!」

「もう、何ですか。さっきから。アレは敵なんだから、別に良いじゃないですかー。僕、五人も倒したんですよ? 怖がるよりも、誉めて下さいよー」

「倒したって言うか…」

「倒したは、倒したでしょ。文句のでない結果じゃないですか」

「確かに、文句はないけど…でも、折角作った罠なのに。被検体が減っちゃいましたよ」

「あー…そこですか。引っかかってたのは」

「折角作ったんです。余すところ無く、活用したいと思って当然でしょう」

 生け捕りにできるよう、威力を制限したのにーとブツブツ零し、メイラは頬を膨らませる。

 年上の子供っぽい仕草に、ラティは苦笑を漏らした。

「流石に、やりすぎでしたね」

 ここは反省の色を見せておこうと、メイラの下出に出て機嫌を取ることにした。



 刺草の惨劇に、後方への恐怖が増した彼等。

 生き残る道は、既に前方にしかないと、彼等の覚悟が定まる。

 退路はない。後退は悲惨な死を呼ぶ。

 既に彼等を突き動かすのは、任務に対する達成意欲ではなく、生への渇望。

 死の恐怖を払拭する為、自然とがむしゃらになっていく。

 連携や、姑息な小技。

 そういったモノに頼ってこそ、死地を免れる道も見えただろうに。

 一種の恐慌状態に陥った彼等には、冷静な判断が難しい。

 無謀であろうと、死に物狂いで責め続けるだけ。

 勢いに任せるところの多い猛攻こそが、彼等の恐怖を慰める手段となる。

 考える為の思考は、どうしても先の光景を思い出して繰り返す。

 であれば、思考など邪魔だ。考えることなど、無理だ。

 『考えること』を放棄した彼等は、無心に前進することで思考を凍結させる。

 そう言った時の勢いこそが、激しい流れを作り出す。

 その流れが時に圧倒的で敵わない相手をも押し流すこともある。

 そこに思い当たることはなかったが、無意識に希望を見ていた。

 状況を覆すには、あまりに過酷な力の差が立ちはだかっていたのだが。

 地力の強い魔族を覆すには、手段らしい手段も残されていなかったのだが。

 それでも彼等は、逃げることができない。

 逃げることは死だからだ。だからといって、進むことも死だが。

 最早此処が死地であり、自分達の道は死のみだと分かっていた。

 それでも、彼等は進むしかない。

 その先にあるのが、絶望と苦痛の中にまみれた狂気だとしても。


 たった一人、顔を青ざめさせながらも、一人の青年だけが死から逃げる道を探していた。




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