地底世界の罠作り(調子に乗って凝り出した奴がいる)
いきなり主戦力と離れたところで、敵の本体を迎え撃つことになってしまった。
その事実に混乱極まるのは、圧倒的に直接戦闘を苦手とするメイラ達。
現場指揮にしても、戦闘の指揮をした経験は皆無に近い。
そんな状態で、彼等は無事に夜明けを向けることができるのだろうか。
むしろ、加減を知らない彼等に立ち向かって、敵の身は無事で済むのだろうか。
何となく微かに、此処でも血の雨が降る予感がした。
多くの仲間達を囮に、彼等は任務の達成を至上の名誉と、死に急ぐ。
自分達の実力を正確に測れないのは不幸だと、冷めた目の青年が内心で毒づく。
本音を言えば、囮の一人として戦闘に参加し、どさくさに紛れて逃亡するつもりであった。
だが、不本意ながら青年は仲間内でも指折りの実力者。
その命の使い道を、ただの使い捨てにすることは許されていなかった。
慎重に慎重を重ね、今まで用心深く振る舞ってきたツケが、これなのか。
自分の末路を思うと、何と自分の人生は報われないのだろうと嘆く気持ちが湧き上がる。
それでも未だに生を諦めていないのは、彼が雑草並みにしぶとく図太く生きると決めていたから。そうでなければ、自分がこの世に生まれた意味など、当に見失っていただろうから。
雑草の様な自分でも、雑草なりに生まれた意味を得体と願うことを止められないから。
簡単に死ぬことだけは、青年の矜持が許さなかった。
こんな所で死ぬ為に、今まで泥にまみれて生きてきた訳ではないのだ。
自分の命を屑程度にしか思っていない者達の為に、命を投げ打つ事だけは、許せない。
いつか一矢報い、自分の安住の地を得られるまでは。
その時までは、生き続けることを決して止めないと誓っているのだ。
いつ機会が巡ってくるとも知れぬ、仄暗い復讐心。
それを満たす為だけに、青年は生き残る為の活路を必死に探していた。
裏技を交えつつ、超特急で罠の補充を急ぎつつ、魔族は網を張り巡らす。
どうせ、殲滅に走っているアシュルー達がいるのだ。
彼等に任せていては、まともな生存者も出るまい。
そうなると、情報を得ることができない。
一応理性的な魔族も何割かいるので、そこに淡い期待をしていたのだが。
折角こちらへお客様が向かっているのだから、尋問可能な捕虜を確保しよう。
そんな方針を決めた後、メイラ達は一気に張り切っていた。
「でも、ラティ君がいて、助かりましたー」
「え? そうかなぁ」
「はい。ラティ君の銀の刺草は大活躍ですし、本当に良い技を開発してくれて助かっていますよ。魔族程効果覿面ではありませんが、魔法で身体強化している『人間』にも有効みたいですしね」
「『人間』はねー。無意識から常に魔力補助を無意識に使ってる魔族に比べると効きが悪いんですけどねー。完全に動きを封じるに至りませんし」
「そこはやはり、魔力補助が自然になってしまっている魔族と、平時は身体能力のみで動いている『人間』の違いが大きいんでしょうね」
「そうだねぇ。使っても、魔法効果の打ち消しにしかならないから。要改良かなぁ?」
「…今以上に改良されると、魔族にも危険度が高すぎて怖いんですけど」
「あはははははっ」
「笑い事じゃないですからね?」
この度、見事に魔族から危険人物認定を受けたラティは、絶妙な位置に銀の刺草を植え付けながら、メイラの指示に従って忙しく立ち働いている。
「ラティ君、こっちにも穴を掘って下さい」
「はぁーい」
ラティは地上の妖精族。信仰の対象は大地と草木の女神だ。
その為、大地の精霊との親和性も高い。
破壊こそを旨とする魔族の魔法に比べ、単純に穴を掘るなどの『作業』としては、魔族の魔法よりも妖精族の精霊術の方が無理も少なく効率的に事が進む。
派手に爆裂することもないので安全性も高く、味方が巻き込まれて吹き飛ぶこともない。
何よりも、罠を作っているのだ。
派手さは必要なく、静かに事が済む精霊術は、この状況下では有難くて涙が出る。
「本当に、ラティ君がいてくれて良かったですよ。情報も集めてくれるし、穴は掘れるし」
特に、穴を掘れるし。
内心で強調した部分が感じ取れたのだろう、ラティは心底可笑しそうにカラッと笑う。
「人力で掘るには時間が足りず、魔法を使えば何をしたかバレバレ。悩みどころですねー」
「今度、静かに迅速に穴だけを作る魔法を開発するべきかしら…?」
「それができたら、僕とどっちが効率的に穴を掘れるか競ってみますー?」
「ふふふっ 完成したらね」
作業が滞りなく予定よりも早く進むと、何となく気持ちに余裕が生まれる。
彼等は自分達の凶悪的な作品とは裏腹に、和やかな気持ちで『お客さん』を待っていた。
--『お客』の地獄がオープンするまで、あと10分。
斥候に先行していた者が、指揮官に己の見た異様を伝える。
その情報に顔を険しくしながら、彼等は遂に地底への入り口に近いところまで到達した。
「…なんだ、あれ」
ポカンと口を開けて、見入っている者がいる。
「物々しいな」
自分まで呆けた面を晒しそうになって、青年は慌てて顔を引き締めた。
その真面目な顔の下では、ひたすら逃亡したくて仕方がない。
事前に情報を調査した段階ではなかったはずの土壁が立ちはだかり、男達を威圧する。
遠目にも物見が目を光らせているのが分かり、迂闊に近づくこともできない。
「一週間前の情報では、あんなものは無かったはずだが…」
「隊長、常に情報は新しくなるもんですよ。一週間前の情報が変わっていても仕方ありません」
青年はそれらしいことを言いつつ、口に出さない本音では毒づいて頭を抱える。
一夜どころか、まさかほんの2~3時間でこんな壁ができたなど、誰が思うだろう。
「侵入しようにも、これでは経路がぐっと限られるな」
「回り道しようにも隙がありませんし、そもそも、彼処が最終到達地点だし」
「物陰に潜みながら行こうにも、隙がありません」
だからといって、正面から馬鹿正直に行くには兵力が足りない。
ここが、最後の岐路だと青年は思った。
引き返すのならば、此処が最後だと。
此処で引き返さなければ死ぬのは分かっている。
それでも尚、無謀に突っ込む程、同僚達は愚かなのだろうか。
見限るにも、命を繋ぐにも、今後を見極めるにも。
此処が最後の分かれ道だと、一人、既に行く先を選んだ青年は仲間達を観察していた。
これで引き返すことを選択できる賢明さが残ってるのなら、青年は彼等と暫くは今後も道を同じくするだろう。今回の任務で芽生えた仲間達の過信に対する不信感は拭えないだろうが。
だが、ここで自分達の命を無駄にする様な選択を選んだ時には…
仲間と呼んだ者達全てを犠牲にしてでも、青年は、自分だけが助かる様に動くだけである。
一人だけ一歩引いたところから、青年は冷たい目で指揮官の判断を待つ。
やがて彼は、一度だけ黙祷する様に瞳を閉ざし…
未練を振り払い、諦めと共に目を開けた。
新しい世界を見る様に、開かれた瞳。
そこには、それまでは見られなかった鋭い光が宿っていた。
刃物の様に鋭すぎる…非情で冷酷な、他者に犠牲を強いる光だった。
魔族が勢い調子に乗って作成した、土壁。
それを前に今後の相談をこそこそ『人間』がしている頃。
壁の向こう側で、魔族達も完璧に身を隠しているつもりの『人間』の存在に気付いていた。
「あれで、隠れているつもりなんでしょーね」
「まあ、そこら辺に生えてる刺草が、まさか敵の耳目とは思わないでしょう」
「何たる意外性。何たる盲点。僕って素敵!」
「ここのところの活躍と、眷属が重宝がられたことで調子に乗ってますね?」
「こういう時に調子に乗らないで、いつ乗るんですか?」
「できれば、戦いのない時にして下さい。その方が実がいなくて助かります」
「それじゃ、全部終わってから存分に調子に乗らせて貰いましょーかね」
「そうして下さい」
二人は全てを見下ろす位置に作られた司令室(仮)の上、実は色々な意味で丸見え状態の敵を確認しながら、手持ちの地形図に書き込んだ罠の位置を確認している。
「人数は二十弱って所でしょう。何とも無謀ですね」
「狙いは何か、漏らしましたか?」
「ああ。どうやら我等が地底の同胞の優れた技術力を狙っているみたいです」
「まあ、概ね予想通りですね」
「妖精だからといって、舐めすぎですよ。そりゃ、魔族や竜族に比べたら戦闘向きとは言えませんけど。だからといって、地底族の本拠にあんな少数で潜入するつもりだなんて」
「このご時世、『人間』は目立ちますからね。自覚ないんでしょうか」
「その認識の甘さが命取りです。ということを教えてやって下さい、メイラさん!」
「あ。そこのところは私達に投げちゃうんですね」
「丸投げです。だって僕、荒事は苦手な妖精族ですから」
「どの口で言うんでしょ。最近、随分と魔族に毒されているみたいじゃないですか」
「僕はあくまで毒されているだけで、本家本元、破壊の使者様には敵いませんって」
「破壊の使者…」
その表現は、あながち間違っていない。
否定できないと思い、少しだけメイラは暗い気持ちになった。
その不満を、敵にぶつけることする(理不尽)。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
そう言って、メイラは部下に合図を送った。
『人間』達にとって、恐ろしいことが起こった。
PVが10,000、ユニークが1,000を越えました。
これも読んで下さっている皆様のおかげです。
わぁい、嬉しいなぁと、ただ今浮かれ中です。
誰かに読んで頂けるのは、本当に嬉しいことです。
これからも頑張って書いていこうと思えます。
今後も拙かったりおかしかったりする部分はあるかも知れません。
なるべく良い作品になる様、努力は続けるつもりです。
皆様に読んでいただき、少しでもお暇潰しになればと願いつつ。
どうぞ今後も、よろしくお願い致します。




