3.初接近遭遇+里の教え=目潰し
私達が『人間』に遭遇したのは、里を覆い隠す樹海を出てすぐだった。
初めて向けられた蔑みの目に、家畜を吟味する様な仕草に、心が折れそうになる。
思えばぬくぬくと守られて育った私達。誰かに悪意を向けられたのは初めてだった。
覚悟していた筈なのに、分かっていたはずなのに・・・
だけど生まれて初めて天敵に遭遇して、硬直するなと言う方が無理だ。
私もアイツも里のこんな近くに『人間』が出没するなんて知らなかった。
お陰で高まる緊張感と怯えと驚きで、体が上手く動かない。
私達は恐怖に包まれている。
聞いた話によると、『人間』に捕まった魔族の多くは魔力を封じる首枷をつけ
られ、『ドレイ』として連れ攫われるらしい。そして、『人間』の家畜に
されるのだ。里に逃げて来た魔族にも、『人間』から逃げ出してきた元『ドレイ』
の人が沢山いた。皆、心も体もボロボロで、元気になるのには本当に長い時間と
慎重な対応が必要とされる。
屈強な筈の魔族が、老若男女関係なくボロボロになる『ドレイ』というもの。
詳しくは聞かされていないが、情報が不明瞭な分、想像力が恐ろしいと訴えてくる。
普段は脳天気なアイツも、今は顔面蒼白。体はガチガチ。
ぎゅっと繋いだ手から伝わる、体の震えは私のものか、アイツのものか。
それでも無意識に私を庇おうする姿に、「ああ、アイツも男の子だったんだなぁ」
と悠長に思ってしまったのは、多分、現実逃避だ。
「おい見ろよ! 魔族と…妖精のガキか? 珍しく逃げないぜ」
「ははっ 俺達の恐ろしさに竦んじまってるようだなぁ」
ニヤニヤ笑いがあまりに下品で、吐き気の様な嫌悪を憶える。
と言うか…妖精? 何を言っているんだろう。
ここには『人間』以外は私とアイツしかいない。
そして私もアイツも魔族以外の何者でもない。
だと言うのに、『人間』の男達は私とアイツを指差して「魔族と妖精」と言う。
…もしや、妖精というのは私のことだろうか。
確かに、たまに「妖精っぽい」とは言われるのだが…。
私の背には妖精の羽など生えておらず、血統も魔族の純血だと言うのに。
だのに、私のことを、妖精、と……?
言い様のない苛つきを感じた。頭の中で、『人間』の男達への罵倒が踊る。
初めて気付いたが、私は自分の種族に誇りを持っていたらしい。
だけど悲しいかな私は子供で、『人間』への対抗手段がない。
そもそも、私は魔族なのに攻撃魔法が使えない。
…ああ、だから尚更に妖精扱いが気に入らないのか。
「節穴な目玉なんて、失明させてやる…」
ボソッと呟いた言葉は、きっと誰の耳にも届かなかった。
里で耳が痛くなる程に繰り返し聞かされてきた言葉がある。
即ち
『人間』に会ったらダッシュで逃げろ。全力で逃げろ。一目散に逃げろ。
卑怯でも何でも良いから、手段は選ばずダッシュで逃げろ!
私達は、その言葉を噛み締めた。
内心苛々していた私は、恐怖でぎこちなくしか動かない体に更に苛立ちを
募らせながら、それでも自分にできる最大限の逃亡手段を繰り出した。
ええ、全力の目潰しを。
私は残念ながら攻撃魔法が使えないが、それ以外の治癒や補助といった魔法
はそれなりに上手く使える自信がある。無茶無謀を日常的に繰り返すアイツに
付き合っている内、アイツの怪我の手当と自衛で勝手に上達したのだけど。
上達したモノは活用しないと無駄になる。だから活用すべきだ。
私は自分の決意を実践すべく、目潰しの方法に光魔法を選択した。
元々は数十時間持続する、ほんの灯り程度の魔法。その、オリジナルアレンジ。
長い時間保つ筈の光を、一瞬に集約すればどうなるだろう。
六年位前、好奇心に負けてやってみたら、物凄く後悔することになった。
その後悔を今、解き放ってしまおう。
あの悪戯心と好奇心。後で何が役に立つか分からないというけれど、頭を
悩ませて完成させたアレンジ魔法が無駄にならなくて良かった。
「《閃光:鮮烈な光》」
私の魔法が発動し、周囲を光の爆発が包み込む。
殺傷能力はゼロの筈だが、視覚へのダメージが酷すぎる。
この魔法の効果を身を以て知っていたアイツは、ちゃんとしっかり私の意図を
読んで準備をしていたらしい。『人間』が視力を失ったのを見計らい、派手な
音と煙が出るだけの魔法(悪戯用)で『人間』達を攪乱する。
一時的にか永続的にかは不明だが、目が見えずに混乱する『人間』達。
音に怯え、煙に巻かれ、右往左往する様は、子供の私達から見ても隙だらけ。
この隙とばかりに、私とアイツは全速前進。ダッシュで逃げた。
主人公達の隠れ里がある森は、魔族の攪乱魔法がかかっています。
『人間』にとっては生きて戻れぬ迷いの森。
なので里に近づける『人間』はいませんが、その手前までなら結構いる設定。
そのこともあり、里の子供達は里から出ることを禁じられています。