地底世界の襲撃者(油断大敵不用心)
地上で野営する様になって数日。
規則正しい毎日を取り戻し、ラフェス達はかつて無い程に活性化していた。
「生活習慣ってこんなに大事だったんスね」
「朝と夜の静けさが、こんなに心地良いものだったとは」
ラフェスに従って地底までついてきていた部下達も、充実した顔で笑う。
例えその場所が生活するには厳しい峻厳な岩山であっても。
生息できる根性を持つ生物が極端に少ない呪われた岩山あっても。
それでも彼等は、地下に比べればマシという共通意見の元、清々しい夜を過ごしていた。
地下での生活の反動で、彼等の調子は今までで絶好調に達していた。
そんな彼等の、ある意味逃亡生活が、まさか功を奏すなんて。
遠く離れた地にいる、彼等の敬愛する参謀殿でさえも、まさか予想はしていなかった。
その『人間』達に課せられた使命は、一筋縄ではいかない困難な物だった。
しかしそれでも、自分達ならやれるという自負。
今までの功績と、日頃の鍛錬による自信。
自分達にできなければ、他の誰にも無理だという自任。
彼等は『人間』の中では最高に近い練度と経験を持つ者達であったが、
それでも、彼等自身が自分達の実力を知っているつもりで、知らないことがあった。
井の中の蛙大海を知らず。
彼等は自分達が正に井の中の蛙…『人間』という種族の中に限っての猛者であること。
数を頼りに圧倒していた他種族が、本来は自分達よりも頑強な種族であること。
数での有利を失えば、自分達が他種族にとって対等以下の存在であること。
自分達があくまで、『人間』であること。
そういった諸々のことを、知らずにいた。忘れていた。思い出しもしなかった。
彼等はいつまでも、複数でかかれば他種族など敵ではないのだと、そう思っていたのである。
そんな自覚の低さで、他種族の本拠の一つに潜ること。
それも敵意を持って、少人数で。
その稚拙さ、あまりの危うさ。
それでも自分達ならばやれると思いこんでいたことが、彼等を地獄に招いた。
数の利に頼って強者であり続けた種族は、数を揃えねば弱者である。
その当然の断りを、失念していたが為に。
上から申し渡された使命を、疑問にも思わず素直に享受してしまったが為に。
地下妖精の国へ、強奪に、略取に、拐かしに向かった者達。
『人間』、五十余名の隠密部隊。その、無謀で密やかな行軍。
己の思い上がりと、他種族を侮った国の上層部による命によって。
その為に。
彼等は、これから死ぬのである。
誰も見送る者のない、夜の道。
列を成し、ひっそりと岩山へ向かう黒ずくめの『人間』達。
まるで、厳粛に執り行われる夜の葬列。
自分達自身の葬列に参加しているとは知らずに、彼等は月の下を行く。
彼等を加護しない、夜の神の眼差しの下を。
彼等は知らず、冥府の神の御許へ向かって歩く。
初めに異変に気付いたのは、夕餉の調達の為、狩りに出ていたラフェスの部下であった。
野営を続ける日々の中、彼等は自然と周囲への警戒を怠らず続けていた。
日頃から彼等は、『人間』を警戒する癖がついている。特に、仲間の元を離れている時には。
その習慣から、簡易の罠や鳴子を設置するのは、彼等にとって生活の一部と言っても良い。
「何だか、様子がおかしい」
部下から挙がってきた報告を受け、ラフェスは眉間に皺を寄せていた。
「あ? どうした。そんな皺寄せてっと、すぐ老いぼれるぞ」
「…余計な世話だ。それよりも、森の様子がおかしいと報告があった」
「森? 岩山の下に広がる、あの森か?」
「ああ、獣の様子が変だと。それに、張り巡らせていた鳴子の一部が切られていたらしい」
「私の方にも報告がありました。人為的に、罠を破壊した形跡が見られるそうです」
そこへ深刻な顔をしたメイラも加わり、得たばかりの報告を付け加える。
「メイラの部下が張った罠を、誰かが撤去した…?」
「そりゃ…獣の仕業じゃありえねぇな。ある程度、鍛えられた人の仕業か」
「ええ。使われた道具も、鋭利な刃物のようです。近隣の妖精の仕業かとも思いましたが、そもそも妖精は体重が軽すぎてかからない類の罠ばかりですから。可能性は低いかと」
「時に敢えて、見つけ出した罠をわざと破壊するのが、妖精だがな」
「あいつら、悪気無く悪さすっからな」
「そうですね。そこが判断を鈍らせてくれるんですけど…ですが、妖精以外の可能性もあります。今後、警戒しておくに越したことはないかと」
ピリピリと、全身から針鼠の様な警戒心をメイラは立ち上らせる。
妖精の領域に程近い場所だ。元より、妖精が周囲にいることを前提として罠は張られている。
だが、地上の妖精も地下の妖精も、鳴子や罠など意味を成さない種族である。
地下妖精は土の中を移動するし、地上の妖精は短い距離でも歩くより飛ぶ方を好む。体重が軽すぎて、歩くよりも飛ぶ方が楽なのだと、以前ラティが言っていた。また、体力値も低い。
罠にしても、彼等は煩わしく思って壊すと言うことがない。
むしろ、罠を見つけたら面白がって改良していくのが妖精だ。
それが、罠を壊したという。
それではただの悪意であり、妖精の面白がる余地がない。
いつでも余裕を蓄え、悪戯ができる機会には全力を出す。それが妖精の一般的な認識だ。
彼等の知る妖精という種族を考えた時、鳴子や罠を壊すことはないように思われた。
では、誰が壊したのか…?
魔族の三人の脳裏には、あまり考えたくない予測が生まれようとしていた。
「…『人間』にとっても、地底の国は宝の宝庫だからな」
「むしろ、今まで襲われなかった方が奇跡じゃね?」
「今までは、我等魔族や妖精の森が障壁となっていましたから。ですがなりふり構わない程追いつめられれば、どんな暴挙に出るか分からないのが人というものです」
「地底妖精の本拠を襲撃しようなんて、正気の沙汰じゃないがな」
呆れた顔を隠すことなく、ラフェスは己の愛剣を強く握った。
もしかしたら、予想した襲撃は来ないかも知れない。
その時は、それで良いのだ。
平穏であることに越したことはないし、敢えて襲撃など受けたい訳はない。
だが、もしもという考えの前に、何の準備もしないなど有り得ない。
どんな攻撃でも、身構えていないと堪えるのは辛い。
もしかしたらあるかも知れない襲撃に備え、魔族達は迎え撃つ準備を進めた。




