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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
番外 青年達は剣を求める
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星の石、流れ流れて落ちてきた


 妖精ラティの実験により、引き続きアシュルーは拘束中。

 メイラは既に、騒ぎにならない分にはマシだと割り切った様だ。

 俺はアシュルーの恨みがましい視線から逃れる様に、荷物を取りに走った。

 だが、拘束しているのは俺じゃない。 

 一人だけ先に自由になったからといって、何故睨む?

 そんな文句が頭に浮かんだのは、既にアシュルーの視線を振り切った後だった。



 我等が聡明な参謀殿に渡された荷物を、俺は『ちょっと大きな漬け物石』だと思っていた。

 それが俺の無知のなせる思考だと知らされたのは、荷物をラティに見せた後。

「こ、これ…」

「ああ、どう見ても漬け物石だろう? 少し、いや、かなり大きいが」

「ら、ラフェスさん…これ、漬け物石じゃな…っ」

「馬鹿ですか!? これ、星の石じゃないですか!!」

 いつもはもう少し控え目な態度のラティが、信じられないモノを見る目で見てくる。

 無意識の動作だろう。

 少年の右手は、本人の意思によってか、俺の頭を思いっきり叩いていた。

 そんな、わざわざ空を飛んでまで頭を叩かなくても良いだろうに。

 余程何かが堪りかねたのだろうが、俺にはその『何か』が何か分からない。

「星の石とは、なんだ?」

「星の欠片ですよ。星です、星。文字通り、空から降ってくるんですよ!」

「つまり、流れ星なんですよぉ、ラフェスさん…」

 俺の目の前で、ラティとメイラが頭を抱えている。仲が良いな。

 しかし、なんだ?

 流れ星?

 あの、空を光って横切る、アレだろうか。

 だが、俺の記憶ではこんな感じではなかった様な…

「光ってないぞ?」

「地上に落ちたら、空にある時みたいに光らないモノなんですよ」

「しかし、光っている訳でもない星など。こんなモノを、地下の連中が欲しがるのか?」

「ラフェスさんは知らないみたいですけど、流れ星の欠片からは良質な鉄が取れるんですよ? 星の石で作った武器は、一級品です。しかもこの大きさですからね。こんな大きくて状態の良い星の石は、地下妖精が相手でなくても高値で取引できますよ。そして地下妖精なら何が何でも家宝にします」

「そんなものなのか?」

 しかし、これから良質な鉄が…

 俺の目には、今でも漬け物石に見えるのだが。

 いや、だが、確かに漬け物石にしては大きすぎる…か?

 もしかしたら、この大きさでは沓脱石と言った方が相応しいかも知れない。

 どっちみち、俺の目には高値が付く様に見えないのだが。

 まあ、俺は世知に疎いらしいからな。自分の目を信用するのも無駄なことか。

「そんなに高価なモノを、よく参謀殿が持っていたな。しかも二つ」

 うちにそんな金、あっただろうか?

「これは商人から買った訳じゃないんですよ、ラフェスさん。商人は権力者へ持っていって、『解放軍』みたいに先行きに不安が残る組織には持ってきません。そんなに溜め込んでませんし」

「ん? 何か知っているのか、メイラ」

「これ、偶然星の石の落下情報を入手して、争奪戦で手に入れたんです。私とディフェーネさんが参謀に命じられて勝ち取ったんですよ。凄かったです」

「争奪戦…ということはつまり、他にも手に入れようと言う勢力があったのか」

「ええ、『人間』と地下妖精と、魔族の商人軍団が………」

「…それは、さぞかし苦労しただろうな」

 その顔ぶれで奪い合いになったのか。良く勝ち取れたモノだ。

 『人間』は数に物を言わせた組織力が曲者だし、鉱物を女神の賜物として崇拝する地下妖精は珍しい鉱物を手に入れる為なら手段を選ばない。そして魔族の商人は抜け目なく、魔法と体技の合わせ技という力尽くの手段が得意で、利益の為なら山賊化することもあるという。

 そんな集団の中へ分け入り、乱闘を繰り広げたのか…

 まあ、ディフェーネがいたのなら、案ずることはなかっただろうが。

「結局、一番大きな二つの欠片を私達が、中くらいの欠片を『人間』が勝ち取り、残った細々した欠片を地下妖精と商人達が奪い合うという修羅場が開催されました」

「…生きて戻れただけ、俺は誉めるぞ」

「あの時はディフェーネさんに一杯助けられました。

 我等が血華女神は、いつだって道を切り開く。 

 というより、爆走した後に血にまみれた道を造る。

 彼女がいたからこその成果が、この目の前の漬けも…ではなく、星の石なのか。

 有り難がって丁重に扱えと言う、ディフェーネの声が聞こえてくる様な気がした。

 ああ、幻聴か。危ないな。


 俺達は星の石を恭しく包装し直し、改めて謁見の間へ向かった。

 …其方では、酒宴が催されていた。

 先程までの厳粛な雰囲気は何処に? 否、アシュルーが口を開いた時点で砕けていたが。

 どんちゃん騒ぎのへべれけ会場に、俺は大いに戸惑った。

「これは一体…」

「気付いてなかったんですね。先刻、ラフェスさん達が頃試合を始めた頃に、お二人を肴に宴会しだしたんですよ。お二人が止まった頃には、既に肴などそっちのけで酒を浴びてましたけど」

「地下妖精のお酒好き・宴会好きは有名ですからね」

「酒の肴…俺達の扱いは、そんな物だったのか」

 結構本気で、生命の危機が迫っていたんだが。

 そうか。俺達は地下妖精の娯楽に使われていたのか。

 何となく、世は無常という言葉が脳裏を過ぎる。

 俺達は酔っぱらって腹踊りを披露している地底王を玉座に引きずり戻した。

 地下妖精から一気にブーイングを食らったが、気にしない。気になどしてやるものか。

「王よ、貴方にお見せしたい物があるのですが…」

「岩女神が喜ばぬ様な物はいらぬぞ」

「それは見てからお決め下さい」

 いきなり大きな輿を持って入ってきたので、注目が集まっている。

 王の腹踊りを妨害したことも、関心を集めるのに一役買っていた。

「こちらの品を、どうぞご覧下さい」

「………!!」

 輿に乗せた星の石。

 その上に被せていた布を取った瞬間、謁見の間が無言でざわめくのが分かった。

 魅入られた様に、全ての地下妖精が星の石に視線を吸い寄せられている。

「こ、これは…!」

 ここまで効果覿面だとは。

 予想以上の注目を集めたことに内心で冷や汗が流れる。

 地底王は呆然とした面持ちのまま、ふらふらと星の石に近寄ろうとする。

 それをすかさず制したのは、アシュルー。

 いくら全長5mの巨体とはいえ、この男の妨害を踏み越えていくのは容易ではあるまい。

「王よ。見て頂きたいとは言いましたが、まだ差し上げるとは言っていませんが」

「!!」

 ギョッとした顔で、こちらに振り返る地底王。

 なんだ、その顔。何故に期待を裏切られた様な顔でこちらを見てくる。

 まるで目の前で貰えるはずのお菓子を取り上げられた幼子の様じゃないか。

 無駄にこちらの罪悪感を煽る、無邪気で素朴な絶望感。

 そんな目を向けられても、俺としては毅然と接するしかない。それが仕事だからな。

「こちらは我等が『砦』の近くに落ちてきた星の欠片です。この大きな欠片が、二つあるのは見ておわかりでしょう。我等の要求は、星の欠片の片方を使って二振りの剣を拵えて頂くこと。それを引き受けて下さる気があるのなら、もう一つの欠片は成功報酬として献上させて頂きます」

「なっ…!」

 地底王は絶句して固まるが、直ぐに目まぐるしく表情が動き出す。

 それは星の石に対する欲望が、隠しきれていない物で。

 俺は内心、勝ったと思った。

「う、うむぅ…。星の石の対価となると、剣を鍛えぬ訳にはいかぬの。また、素材が星の石となると、そんじょそこらの粗悪品を作る訳にもいかぬ。この素晴らしき素材に対して、逸品に造りあげねば冒涜も良いところ。そのようなこと、岩女神もお許しになりますまい」

 悲しそうな口調に、観念したと言わんばかりの声音。

 残念そうな様子を装いながらも、表情は隠しきれずに嬉しそうに興奮している。

 ああ、これは俺でも分かる。

 星の石という楽しい玩具を前に、興奮が押さえきれない顔だ。

 好きな様に弄り倒して、最終的に良い剣となるのなら良いだろうとか、考えていそうだ。

 謁見の間の他を見渡しても、地下妖精達は似た様な顔つきで、星の石に目を輝かせている。

 この妖精達に任せて良いのだろうか。不安が押し寄せてきた。

「うむ。素晴らしき業物を鍛えてやろうではないか。楽しみにしておれ!」

 そう言いきった地底王は、俺達に強さを見せろ云々と言ったことは忘れていそうだった。

「…それと、品質は若干落ちても良いので剣を200、槍を300、ナイフを1000ほどお願いします。其方の報酬も、星の石とは別に用意して御座います」

 俺の隣でメイラが言い添え、手に持った巾着から煌魔水晶を…魔族の魔法が封じ込められた特殊な水晶を一掴み取り出してみせる。地底王の視線は、星の石から煌魔水晶へと移る。

「ほう。この色は治癒の十二番か。これは稀少な物を…」

 魔法が封じ込められた水晶は、込められた術に応じた色の光を放つ様になる。

 持っているだけで地味に込められた魔法の効果を発揮するのが煌魔水晶だが、一気に中の魔力を燃やせば込められた物と変わらぬ術を発揮し、芸術品としての価値もある。元となる水晶自体は珍しくないが、必ず魔族の手を通さなければ完成しない、実用性も含めた宝石だ。勿論、稀少価値は高い。

 おまけに込められる術は本人の得意な物のみ。ある程度の威力を持つ術でなければ水晶に込めても持続しない。そのせいもあり、込められた魔法が珍しければ価値も跳ね上がる。

 そしてメイラが持っている巾着の中身。

 込められた魔法は治癒の術。希少価値は最高に近く、実用性も高い。

 それを巾着一杯に詰めているのだから、1500の武器に対して多すぎる報酬に思える。

「この対価に対し、剣200に槍300、ナイフ1000とな」

「もしや足りませんか?」

「否。多すぎる。我等は取引に置いて公正さを重視する。多すぎる対価はいらぬ」

 取引に賄賂は常識と前面主張する種族の分際で、何を言う。

 身の程を弁えた取引が一番と言うには、あまりに説得力がない。

「その分、品質を上げてほしいということですよ」

「成る程。この様子では、我等も本気を出さねばならぬようだな…」

 どことなく疲れた様子で肩を下げる地底王。

 しかし瞳の煌めき具合といい、気力の充実具合といい、本音は別だろう。

 疲れたどころか、熱意が漲っている。瞳が滾っているじゃないか。


 この分なら、我等の求める大量の武器も、品質は安心だろう。

 後は出来上がるのを待つばかり。

 指摘するまで全然気付かなかった『贈り物』のお陰、ではあるのだが。

 俺一人では無理だったと思う。

 だが、同僚や妖精の知恵を借り、俺達は無事任務達成にこぎ着けたのだった。

 後は準備が整うまで、地底で待ち続けるのみである。

 しかしそれが一番大変そうな気がするのは、俺の杞憂だろうか………?



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