銀の刺草、妖精の邪悪な笑み
引き続き、ラフェス視点。
俺が死ぬか、アシュルーが死ぬか。
最早『試合』で済まない惨劇を繰り広げようとした時。
俺とアシュルーの体を同時に縛めたのは銀の刺草。
俺達を易々と拘束して見せた事と良い、色と良い、絶対に普通の植物ではない。
十中八九、俺達に驚愕の目を向けている妖精ラティの仕業だろう。
全身を苛む、刺草の棘。
何やら急激に、全身から魔力を抜かれて…吸い取られていく感覚。
耐え難いレベル一歩手前の苦痛。
ラティよ。
お前が俺達の殺し合いを止めたいのはよく分かった。
こうして水を差された以上、これ以上続けるつもりはない。
少なくとも俺はそのつもりだし、アシュルーも興醒めた顔をしている。
…なのでいい加減、この無駄に刺々しい刺草を撤去してはくれないだろうか。
地味に痛くて、ダメージが大きいんだが。
俺達から刺草が取り除かれることは、何故か後回しにされた。
またいつ暴れ出すか分からないし、勝手に殺し合おうとした仕置きだと言う。
おいおい。俺も一応、無理矢理巻き込まれたので、被害者なのではないか?
はっきり言って、本気で応戦しなければ死んでいたんだぞ? 不可抗力だろう。
全て悪いのはアシュルーだと主張してみれば同意が返ってきた。
だが、それとこれとは話が別だと言われた。理不尽だ。
「そもそも、どうして殺し合うことになるんですか? お二人とも、馬鹿だったんですか?」
小首を傾げ、本気で不思議そうにラティが言う。
その無邪気そうな仕草は、本気で俺達の頭を案じている様で、心に無用な傷が付く。
「だぁってよー、あの無駄にでかいオッサンが強さを証明しねぇと武器くれねぇって」
「それで嬉々として、アシュルーが無用な争いを提案し、俺は巻き込まれた訳だが」
「…だから、何故そこで戦うんでしょ。そんな必要もないのに、無駄じゃないですか」
どう見ても年下という風貌の相手に、本気で呆れた目で見られる。
先程よりも心が痛い気がする。
だが、苦い顔をする俺達の横で、心底賞賛の目を向ける者が一人。
「ラティ君、もっと言ってやって下さいよ! この二人、こちらの苦労なんて全然察してくれないんですから。貴重な戦力を二人も失って帰ったら、どんな処罰を受けるか…察してくれないんですから」
「大変ですねー、メイラさん。でも、そんな心配する前に、二人を止めれば良かったのに」
「止められたらこんな事になっていませんよ。そもそもの根本として、地底王から快諾して貰っていればこんな事にはならなかったのに………」
「そこが分からないんですけどー?」
ラティが今度は先程とは反対方向へ首を傾げる。
「こんな事にならない様、快く武器を提供して貰える様、リンネちゃんから秘策を授かってこなかったんですか? 今回の任務を与えられた時に、渡されてたでしょ、賄賂」
「は? え? 賄賂?」
「おい。そんなもん、貰ってたのか?」
「いや、心当たりはないのだが…」
「え。それは変ですよ。地下妖精との交渉に賄賂を付けるのは常識ですよ? リンネちゃんだって知ってるはずだし。何か受け取ったでしょ」
「常識なのか?」
「常識です。とにかく、何か預かった筈だよ。鉱石とか金属塊とか貴石とか、その辺」
鉱石、金属塊、貴石…。つまり、鉱物?
はて。そんな物を貰っていただろうか………
「あ」
「ん? なんか心当たりあんのかよ」
「あー…そう言えば、出立の際に『原材料兼お土産』とやらを」
「それ、どこにあるの?」
「持ってくる。だから、この刺草をどうにかしてくれないか?」
困り顔を意図して作って懇願してみると、ラティは何やら悩ましげに眉を寄せる。
しかし実際に『賄賂』の用意が必要だと思ったのだろう。
彼が手を一振りすると、あっさりと刺草が解けていく。
俺の分、だけ。
「おいおいおいおい、俺は?」
「アシュルーさんは油断ならないので、未だ駄目です」
「チッ」
面と向かってきっぱり言われ、アシュルーはそっぽを向いてしまう。
しかし、凄いな。
「だけど、凄いですねー」
俺が心中で呟いたのとほぼ同じ事を、メイラが感嘆の声で告げる。
「魔族の拘束魔法でも強行突破してしまうお二人ですよ。特にアシュルーさんはマゼラさんでも捕らえることはできないって話なのに。そんなお二人をあっさり捕縛してしまうなんて。ラティ君、いつの間にそんな高度な術が使える様になったんですか? しかもこれ、精霊術でも魔法でもないですよね?」
そうだ。アシュルーは、己を縛しようとするモノは、道具でも魔法でも何であろうと力尽くで振り切り、引きちぎってしまう。実際に、その場面を見たことがある。
高度な魔法を使っても捕まえられない相手、アシュルー。
それを、精霊術師としては中級といっても良い、この少年が捕まえた。
今も未だ、拘束し続けている。
そのあまりの快挙に俺やメイラはただ感心するしかない。
同じ術で先程まで指一本動かせずにいた身としては、どんな術なのか聞いてみたいが…
「こんな難易度:最上の相手を容易く縛すなんて、どんな術なんですか?」
聞いて良いものかどうか逡巡していると、代わりにメイラが質問してくれた。
その目がキラキラしているところを見ると、純粋な好奇心に押されてだろう。
将来的に、自分達に害意となって向けられるかもしれないという懸念は感じ取れない。
アシュルーも自分を捕らえる刺草の正体が気になっているのだろう。
結果として、三人で好奇心に満ちた目を、ずっと小さな相手に向けてしまう。
身長にして頭一つ二つ分も背の高い相手から視線が集中して、ラティがたじろぐ。
中身は既に大人らしいが、ラティの外見は小さな子供だ。
そのせいもあり、普段から子供扱いを受けることが多い。
それがいきなり、こんな風に教えを願う目を向けられて、戸惑っているのだろう。
「こ、この刺草ですか? 確かにこれは魔法でも精霊術でもありませんが…」
「魔法で真似できますか?」
「いえ、これは妖精以外には真似できないと思います。この刺草ですけど、これは僕の『分身』の『子株』を改良したモノなんです。僕達妖精は、自分の『分身』と同種の植物ならばある程度操ることができます。それが『分身』から分けられたモノなら、より強く自在に操れるんです」
「つまり、これは特殊な刺草を使っているからこその術だと?」
「だから、術じゃなくて技なんですけどね? 僕は前からアシュルーさんを見て思ってたんですよ。彼をいざというときに止める手段がないのは大変だろうなぁって…」
「「「………」」」
「何か止める手段はないかなって思ったんですけど、知ってます? 魔族や竜族って、身体能力が凄いのは、普段から無意識に魔力を使って身体を補強してるからなんですよ?」
「え。そうなんですか?」
「意識してないから気付かないだけで、そうなんですよ。それで、普段から魔力で補助してる分、その補助に回している魔力を奪ってやったらどうなるのかなー。動けなくなるんじゃないかなーと思って研究してみたら、案の定だったみたいですね」
「「「……………」」」
つまり、それは、魔族・竜人族限定で強制的に身体の自由を奪う?
絶対的な手段だということだろうか…?
いきなり現れた魔族・竜人族にとっての脅威。
なんだか同族の未来が急に心配になり、背がゾッとした。
ラティは俺達の危惧など気付かず、のほほんと解説を続ける。
「この刺草は普通の植物とは違って、絡みついた相手から身体に巡る魔力に限って吸収する様に改良したモノなんです。生命活動に問題はありませんが、指一本動かせないくらいに細かく吸いますよ」
「お、お前…なんて恐ろしいモノを」
それは予想以上の危険植物なのではないか?
話を聞いているだけで、戦慄が走る。
何より、全身から魔力を吸われたというのに、確かに生命力は減っていない。
その、微細な力加減を可能としている技術感に恐怖を感じる。
力業でどうにもならない抑止力が誕生したのではないだろうか?
現実に、アシュルーでさえも止めてしまうという現実に恐れ入った。
「前からこの技の研究してたんですけど、魔族の『砦』にいたら指導したり相談に乗ってくれる相手がいませんからね。やっぱり、同じ妖精じゃないと改良点も指摘してくれませんから。それでこの頃は故郷の森に帰ってたんですけど、アシュルーさんが地底に向かったって聞いて、追ってきたんですよ」
「何の為に?」
わざわざ里帰りして新技の練習とは感心なことだと思う。
だが、何故それでアシュルーを追ってくる。
妖精の森と地底国に通じる岩山は確かに近いが、わざわざ来る程近い訳ではない。
それでも急を要する用事が何かあったのだろうか。
何となく、会話の流れで推測できる気もしたが、俺の頭はその考えを拒否していた。
しかし妖精の少年は、俺の内心の葛藤など知らぬげにあっさりと言うのだ。
「完成の目処がある程度立ったので、実験に。どんな魔族であろうと確実に捕まえないと、完成とは言えませんから。後はアシュルーさんとはタイプ別の魔族…そうですね、魔術特化のフェイルさんかマゼラさん、両方のバランスが良い…例えばグター君を捕縛できるか実験しないと」
「なっ…貴様、我が主君に何をするつもりだ!?」
こ、この危険人物(予定)が…!
我が主君に害を成すつもりならば、先んじて何か手を打っておくべきだろうか?
それも全て少年の思惑次第だが、ラティはこちらの内心を知っているのか否か。
ただ、分かるのは。
目の前で妖しく笑う少年が、何となく得体が知れないと言うことだけ。
「ふふふ…捕まえて動きを封じるだけですよ。はい、封じるだけです」
「その間に何をするつもりだ!?」
ラティの幼い顔に似つかわしくない邪悪な笑みに、今日一番の寒気を感じた。
背筋のゾワゾワが、止まらない。
それは俺だけではないらしく、隣でメイラが小刻みに震えている。
アシュルーでさえ、どこか危機感を滲ませた目でラティを見ていた。
「魔族の未来考えたら、このクソガキは此処で排除しておくべきじゃねぇか?」
アシュルーの言葉に、一瞬だけ同意してしまいそうになる。
だが、ラティはあくまでも友誼の為に妖精の森から出向している精霊術師。
その身柄にわざと害をなそうモノなら、首一つでは責任を取れない問題になる。
そんなことになった時、『解放軍』にどれだけの損害をもたらすだろう。
そう思い至り、俺は何とか危険要素を排除したいという欲求に耐えるのだった。




